15 / 68
5.気まずい結婚式(1)
しおりを挟む
オレリアがハバリー国にやってきて七日目。
ラフォン城の隣にある礼拝堂で挙げられた二人の結婚式に立ち会ったのは、ハバリー国の関係者のみ。もちろん、トラゴス国の人間は誰もいない。
――ハバリー国も舐められたものだ。
――子どもじゃないか。
――まるでままごとだな。
そういった声も聞こえてきたし、そう言われるだろうとオレリアもわかっていた。
アーネストと並んで歩いても、彼の胸元にも及ばない身長。どこからどう見ても子ども。
誓いの口づけは、アーネストがかがんでオレリアの額に唇を落としてくれた。どうしてアーネストがここまでよくしてくれるのか、オレリアにはわからない。
だけどこれで彼とは家族になった。その事実がオレリアの心に光を灯した。
結婚式が終わって食事会が開かれる。もちろんその中心となるのはアーネストとオレリアである。
「緊張したか?」
食堂へと向かう途中、アーネストがオレリアを気遣って声をかけてきた。
アーネストは、相変わらず軍服姿であるが、今日だけはその色が白だった。これがミルコ族の正装のようだ。派手な装飾もない、動きやすそうな軍服であるが、色がかわっただけでも雰囲気ががらりとかわる。
「……はい。今も、緊張しております。粗相をしてしまわないか……」
「気にする必要はない。知っての通り、ハバリー国にはたくさんの部族が集まっている。今日、招待したのも各部族の族長たちだ。彼らは、自分たちの伝統に従って食事をするから、相手の作法がどうのこうのとは言わない」
まるでオレリアの心を読んだかのような言葉に、気持ちが軽くなった。
プレール侯爵夫人からは「作法がなっていない」と幾度となく怒鳴られ、打たれた。その恐怖が心のどこかに巣くっているのだ。
「そのドレスも、よく似合っている。俺はそういったことに疎いが、あまり見たことのないデザインだな」
メーラがサイズを合わせてくれた純白のウェディングドレスは、スカート部分のレースが細やかな花柄になっている。胸元にも絹糸で花柄の刺繍が施され、光の当たり方で輝きがかわる。ドレスのいたるところに花の模様が描かれているのは、シーニー国が花の国と呼ばれているためで、母国を忘れないようにという意味が込められているからだ。
それを教えてくれたのはもちろんメーラである。
「これは、母が結婚式で着たドレスです。母はシーニー国からトラゴス国に嫁ぎました。トラゴス国の……側妃として嫁いできたのです」
「だが、この国は一夫多妻を認めていない。俺の妻はお前だけだ。それを覚えておけ」
乱暴にそう言ったアーネストは、オレリアの手を取った。
食堂に入ると、結婚式の間にも感じた視線がオレリアにまとわりついた。だけど、アーネストが手をつないでくれたことで、その視線に強く立ち向かえる。
この結婚を疎ましく思っている者がいる。それは覆すことのできない事実。事実であれば、それと堂々と向き合えばいい。
教えてくれたのは、もちろんアーネストである。
ドレスのまま食事をするのも、オレリアにとっては気が引き締まる思いだった。さらに、ナイフとフォークを使わず、手づかみで食べる料理も多い。そういった食べ物は逆に苦手である。
スープを少しずつ口元に運ぶオレリアに気づいたアーネストは、大きな骨付きの肉塊から、食べやすいようにと肉だけをそぎ落とした。それをさらに細かく切って、オレリアの皿に取り分けてくれる。
驚いて彼を見上げると「これは、ミルコ族の祝いの席で出される伝統的な料理だ」と言う。
ギトギトとした油で覆われているような肉であるが、食べてみると見た目と違って意外とさっぱりしていた。もう一口、もう一口とフォークを運んでいるうちに、皿の上の肉はなくなっている。
視線を感じてアーネストに顔を向けると、彼は慌てたように顔を逸らし、ダスティンに向かって声をかけていた。
「アーネスト殿」
広い食堂でも、通るような張りのある声。
「お相手がそのような子どもでは、世継ぎの問題があるのでは?」
オレリアは身体をピクリと震わせてから、口元へ運ぼうとしていたフォークを途中で止めた。
「世継ぎの問題? それは、私に言っているのか?」
答えたのはアーネストではなかった。
「悪いが、私はまだまだマルガレットと二人だけの生活を楽しみたいのでな。期待に答えられず申し訳ない。あと、五年くらいは待っていてほしい」
ははっと笑ったダスティンは、隣のマルガレットの耳元で何かをささやく。すると彼女は、ひしっと身体を硬くして顔を真っ赤に染め上げた。
「私が知る限りでは、ゴラン族の族長が十三歳の女性を後妻として娶ったという話もあったはずだが?」
ダスティンは、先ほど「世継ぎの問題」と口にした男を厳しく見つめる。
「確かそのときの族長は、四十過ぎていたのでは? あぁ、それはお前の祖母の話か」
ダスティンがくつくつと笑えば、マルガレットが静かに叱責する。
「失礼した。祝いの場で話すことではなかったな。私もアーネストがやっと結婚をしてくれたから、少し浮かれすぎたようだ」
グラスに注がれた葡萄酒を、ダスティンは口に含む。
そんなやりとりを、オレリアは身体を小さくしながら眺めていた。
少なくともダスティンはオレリアの味方である。いや、アーネストの味方なのだ。そして他の部族は、この結婚を認めたくないようだ。
ラフォン城の隣にある礼拝堂で挙げられた二人の結婚式に立ち会ったのは、ハバリー国の関係者のみ。もちろん、トラゴス国の人間は誰もいない。
――ハバリー国も舐められたものだ。
――子どもじゃないか。
――まるでままごとだな。
そういった声も聞こえてきたし、そう言われるだろうとオレリアもわかっていた。
アーネストと並んで歩いても、彼の胸元にも及ばない身長。どこからどう見ても子ども。
誓いの口づけは、アーネストがかがんでオレリアの額に唇を落としてくれた。どうしてアーネストがここまでよくしてくれるのか、オレリアにはわからない。
だけどこれで彼とは家族になった。その事実がオレリアの心に光を灯した。
結婚式が終わって食事会が開かれる。もちろんその中心となるのはアーネストとオレリアである。
「緊張したか?」
食堂へと向かう途中、アーネストがオレリアを気遣って声をかけてきた。
アーネストは、相変わらず軍服姿であるが、今日だけはその色が白だった。これがミルコ族の正装のようだ。派手な装飾もない、動きやすそうな軍服であるが、色がかわっただけでも雰囲気ががらりとかわる。
「……はい。今も、緊張しております。粗相をしてしまわないか……」
「気にする必要はない。知っての通り、ハバリー国にはたくさんの部族が集まっている。今日、招待したのも各部族の族長たちだ。彼らは、自分たちの伝統に従って食事をするから、相手の作法がどうのこうのとは言わない」
まるでオレリアの心を読んだかのような言葉に、気持ちが軽くなった。
プレール侯爵夫人からは「作法がなっていない」と幾度となく怒鳴られ、打たれた。その恐怖が心のどこかに巣くっているのだ。
「そのドレスも、よく似合っている。俺はそういったことに疎いが、あまり見たことのないデザインだな」
メーラがサイズを合わせてくれた純白のウェディングドレスは、スカート部分のレースが細やかな花柄になっている。胸元にも絹糸で花柄の刺繍が施され、光の当たり方で輝きがかわる。ドレスのいたるところに花の模様が描かれているのは、シーニー国が花の国と呼ばれているためで、母国を忘れないようにという意味が込められているからだ。
それを教えてくれたのはもちろんメーラである。
「これは、母が結婚式で着たドレスです。母はシーニー国からトラゴス国に嫁ぎました。トラゴス国の……側妃として嫁いできたのです」
「だが、この国は一夫多妻を認めていない。俺の妻はお前だけだ。それを覚えておけ」
乱暴にそう言ったアーネストは、オレリアの手を取った。
食堂に入ると、結婚式の間にも感じた視線がオレリアにまとわりついた。だけど、アーネストが手をつないでくれたことで、その視線に強く立ち向かえる。
この結婚を疎ましく思っている者がいる。それは覆すことのできない事実。事実であれば、それと堂々と向き合えばいい。
教えてくれたのは、もちろんアーネストである。
ドレスのまま食事をするのも、オレリアにとっては気が引き締まる思いだった。さらに、ナイフとフォークを使わず、手づかみで食べる料理も多い。そういった食べ物は逆に苦手である。
スープを少しずつ口元に運ぶオレリアに気づいたアーネストは、大きな骨付きの肉塊から、食べやすいようにと肉だけをそぎ落とした。それをさらに細かく切って、オレリアの皿に取り分けてくれる。
驚いて彼を見上げると「これは、ミルコ族の祝いの席で出される伝統的な料理だ」と言う。
ギトギトとした油で覆われているような肉であるが、食べてみると見た目と違って意外とさっぱりしていた。もう一口、もう一口とフォークを運んでいるうちに、皿の上の肉はなくなっている。
視線を感じてアーネストに顔を向けると、彼は慌てたように顔を逸らし、ダスティンに向かって声をかけていた。
「アーネスト殿」
広い食堂でも、通るような張りのある声。
「お相手がそのような子どもでは、世継ぎの問題があるのでは?」
オレリアは身体をピクリと震わせてから、口元へ運ぼうとしていたフォークを途中で止めた。
「世継ぎの問題? それは、私に言っているのか?」
答えたのはアーネストではなかった。
「悪いが、私はまだまだマルガレットと二人だけの生活を楽しみたいのでな。期待に答えられず申し訳ない。あと、五年くらいは待っていてほしい」
ははっと笑ったダスティンは、隣のマルガレットの耳元で何かをささやく。すると彼女は、ひしっと身体を硬くして顔を真っ赤に染め上げた。
「私が知る限りでは、ゴラン族の族長が十三歳の女性を後妻として娶ったという話もあったはずだが?」
ダスティンは、先ほど「世継ぎの問題」と口にした男を厳しく見つめる。
「確かそのときの族長は、四十過ぎていたのでは? あぁ、それはお前の祖母の話か」
ダスティンがくつくつと笑えば、マルガレットが静かに叱責する。
「失礼した。祝いの場で話すことではなかったな。私もアーネストがやっと結婚をしてくれたから、少し浮かれすぎたようだ」
グラスに注がれた葡萄酒を、ダスティンは口に含む。
そんなやりとりを、オレリアは身体を小さくしながら眺めていた。
少なくともダスティンはオレリアの味方である。いや、アーネストの味方なのだ。そして他の部族は、この結婚を認めたくないようだ。
450
お気に入りに追加
1,776
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
酷いことをしたのはあなたの方です
風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。
あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。
ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。
聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。
※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。
※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。
※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる