上 下
6 / 68

2.突然の縁談(2)

しおりを挟む
 近頃、城内がなんとなくピリピリしているのを、幼いながらオレリアも感じ取っていた。兵士の数が多いとか文官が慌ただしく行き交っているとか。

 プレール侯爵夫人も、蛮族がどうのこうのと、授業の合間にぼやく。

 大陸には大小合わせて六つの国があり、その中でももっとも権力が強いのがトラゴス大国である。そして二年前、この大陸に七つ目の国ができた。どこの国にも属していなかった部族が手を結び、一つの国を形成したのだ。それがハバリー国である。
 それらが少数の部族のままであれば、トラゴス大国だってこれほどまでに反応しなかった。だが、小さなものが集まって大きくなれば、それなりに驚異となる。

 トラゴス大国以外の五つの国は、いつの間にかハバリー国と友好的な協定を取り付けていた。十以上の部族からなるあの国はまだ統一性がないものの、さまざまな文化をまとめた国は非常に興味深く、大陸にとっても新しい風を吹かせる国となるだろう。というのが、諸国の考えだった。

 ハバリー国はこれ幸いに、協定を結んだ諸国に教えを乞い、日に日に成長を見せている。

 しかし、所詮は野蛮の塊である。大陸の中でもっとも歴史の長いトラゴス大国から見れば、嫌悪の対象ともなる。それでも諸国がハバリー国を認めている以上、トラゴス大国も歩み寄らなければならない。
 と、プレール侯爵夫人が、忌々しそうに教えてくれたのだ。

 近頃、プレール侯爵夫人の機嫌が悪いのは、このハバリー国に原因があるようだ。

 授業の合間にぼそぼそとこぼすプレール侯爵夫人の言葉を要約すると、ハバリー国をトラゴス大国に取り込むためには、人質として誰かを嫁がせるとか。その誰かが誰になるのかで、国の偉い人たちは頭を抱えているとか。
 第一候補は、王女であるミレイアだろう。

 だがミレイアはそれを拒絶している。となれば、マッシマ公爵令嬢ではどうかという意見もあるようだ。マッシマ公爵は、現国王の弟にあたるため、マッシマ公爵令嬢とミレイアは従姉妹同士。その従姉妹たちが、互いに互いを譲らないらしい。身分的にはミレイアのほうが上であるが、マッシマ公爵令嬢もなかなか負けていない。

 だからミレイアの機嫌はよくなく、周囲に当たり散らす。それはマッシマ公爵令嬢も同じで、それらの被害に合うのは彼女たちよりも下の身分のもの。

 どうやらプレール侯爵夫人もその一人のようだった。そうなれば、プレール侯爵夫人にも鬱憤はたまり、そのはけ口がオレリアとなる。

 最近、彼女の鞭捌きが激しいのはそれが理由であった。

 ――トントントン

 珍しく扉が叩かれた。
 オレリアがこの部屋にいるときに、誰かが訪れたことなど今まで一度もない。プレール侯爵夫人は忌々しく顔をゆがませてから、扉を開けた。

 オレリアは扉に背を向けて書き取りをしているため、誰がやってきたのかはわからない。ただ、ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。

「オレリア様」

 プレール侯爵夫人が、オレリアをこのように呼ぶのは珍しい。まさしく晴天の霹靂ともいえるような状況である。

「陛下がお呼びとのことです。お待たせしないように、準備をなさってください」

 準備も何もない。

「いいですね? 陛下にお会いになられたら、わたくしが教えた通りご挨拶をなさるのですよ?」
 オレリアが失敗したら、その責任は教育係のプレール侯爵夫人にのしかかる。だから、鋭い視線で威嚇してくる。
「……はい」

 感情を押し殺した声で、返事をする。

 迎えに来た兵士とプレール侯爵夫人に連れられ、付属棟から本棟へとうつる。円天井の大広間を抜けてゆるやかにカーブを描く螺旋階段をあがる。ギャラリーを通り抜けた先にある扉を超えるとそこに国王の執務室があった。

 オレリアたちをここまで案内してきた兵士が扉を叩き、幾言か告げてから中に入る。
 部屋に入った途端、プレール侯爵夫人に小突かれた。ここで挨拶をしろという意味らしい。

 すっと片足を引いて腰を下げる。

 壁面は書棚で埋め尽くされた部屋。その前にある黒檀の執務用の席には誰もいなかった。
 藍白の天井には小さいシャンデリアが二つ、ぶら下がっている。

「悪くはないわね」

 顔をあげ、声がしたほうに視線を向けると、血のような色合いの椅子に四人の人物が座っている。
 国王、王妃、そして彼らの子の王太子と王女。オレリアから見たら、父親と義母。そして腹違いの兄、姉となる。オレリアは、このトラゴス大国の第二王女になるが、王妃が産んだ子ではない。

「お前たちは下がれ」

 国王は、オレリアをここまで案内した兵士とプレール侯爵夫人に下がるようにと命じた。プレール侯爵夫人は、どことなく不満そうな表情を浮かべていたものの、国王の命令には逆らえない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...