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16.約束を守ってからだろう(1)

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 時間が自由に使えるライトと違って、魔導士団長という立場のトラヴィスはそんなに簡単に魔導士団の仕事を休めるわけではない。しかもカレニナ家からの持ち出しを禁止したベイジルの謎の資料。このベイジルの資料を外に出すのはいろんな意味で危険であるという二人の判断による。
 というと、トラヴィスにとってその資料を解読するための時間がというものは限られてくるわけで。

「だから、毎日、我が家で寝泊まりか」

 すっかりカレニナ家の客人として扱われているトラヴィス。そんな二人を「まぁまぁ」とニコラが宥める。
 トラヴィスは、昼間は魔導士団の仕事、そしてライトの家に帰宅して、そこからベイジルの資料の解読、と、なかなかハードな生活を送っていた。
 魔導士団の仕事が休みの日は、ライトが不在であってもカレニナ家の書斎を占領しているようだ。
 ニコラがお茶を出すと、トラヴィスは御礼を言ってからそれに手を付ける。ニコラが何かしら自分に期待をしているのだろうということを感じとってはいた。でも、その期待を、あれ以降口にしないのは、ニコラなりの優しさなんだろうな、とも思っていた。
 トラヴィスは気付いた。ベイジルの資料はよくできている。特に薬草のレシピに見えるそれだが、やはり薬草の知識が無いと解読ができない。だから、ニコラに教えてもらうことも多かった。
 こういった、こつこつとした解読については、ライトよりトラヴィスの方が向いていた。努力で魔導士団長まで上り詰めた男だから、こつこつと解読する作業は苦では無いらしい。それに引き換え、ライトは天性の魔導士。壁にぶつかると、乗り越えるのではなくぶち壊すタイプ。仕方ないからライトはその壁になりそうなところに印をつけ、それをトラヴィスへ任せるという荒業に出る。
 だが、その二人の分担が意外にも功を奏しているようだった。

 そんな二人の荒行を見せて一月ひとつき
 一つの謎が解けた。

義母かあさん。ベイジル様の本当の死因がわかりましたよ」

 ライトが義母を書斎に呼び出し、放った言葉はそれだった。

「魔力の枯渇、ではなくて?」

 テーブルの上には白い湯気が漂うお茶が三つ並べてある。淹れたのは侍女ではない。ライト。この話をするために、使用人には退席してもらった。

「魔力枯渇が起こったとしても、すぐには生命力の枯渇に直結しないようなのです」

 それがあのベイジルの謎の料理本を解読した結果。
 魔力枯渇から約一年後、生命力の枯渇が始まるらしい。しかし、ベイジルは魔力枯渇後、一年も経たないうちにその命を落としている。つまり彼の死は魔力枯渇とは無関係ということになる。

「ニコラさんには、これを。ベイジル様の資料を書き写して、解読したものなりますが。ニコラさんにはこれを読んでもらいたい」

 トラヴィスは一冊にまとめた資料をニコラに手渡した。

「これは?」

「ベイジル様の日記のようでした。解読のために、中身を読んでしまいました。すいません」

 トラヴィスは頭を下げる。

「いいのよ。そこは気にしないで。ありがとう、トラヴィスくん。これは、後でゆっくりと読ませてもらうわ」
 ニコラの笑みは優しかった。
「なんとなく、気付いてはいたのだけど。あの人が亡くなったのは、遺伝性の病でしょ?」

 トラヴィスは頷いた。

「あの人ね。気にしていたの。あの人の両親もそれで亡くなったみたいで。もしかしたら、自分もそうなるんじゃないかって」

 いくら魔導士だって万能ではない。死んだ者を生き返らせることはできない。怪我を治すことはできるが、身体の中を蝕んでいく病を取り除くことはできない。それが魔法の限界。

「もしかして、レインも?」
 ライトが尋ねた。

「あー、それは大丈夫よ。若いうちは発症しないみたいだから。仮にレインがそうだったとしても、あれの薬はあるし」
 病には魔法よりも薬草が効く場合もある。
「二年前にこの家を出たのも、その薬草を探していたというのもあるんだけれどね」
 そこまで言ったニコラは恥ずかしくなったのか、お茶を口に含んだ。
「トラヴィスくん。ありがとうね。あの人のことも、そしてレインのことも」

「いえ。まだ、レインの魔力を回復させる方法はわかっていないので、このままいけば彼女の生命力は、一年も経たずに枯渇します」
 生命力の枯渇、それはすなわち――。
 だが、それだけは絶対に避けたい、とトラヴィスは思っていた。それを想像しただけでも、胸が痛む。だから、何が何でももう一冊の謎の薬の作り方を解読する必要がある。

 だが、魔力枯渇から一年という期間がわかっただけでも前進したと思わねばならない。
 いつ生命力が枯渇するか、という不安からは解放される。彼女の命が尽きるまで、あと九月くつきというところか――。



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