上 下
23 / 61

11.できるわけがないだろう(2)

しおりを挟む
☆~~☆~~☆~~☆

 レインが森で薬草を採っていたら、サクサクと土を踏みしめる音が聞こえてきた。誰か、いる。だが、この歩き方は祖母ではない。誰だ。レインは身構える。

「レイン」

「え、お兄様?」

 聞き慣れた声。そして、本来であればそこにいないだろう人を見つけ、レインは顔をクシャクシャにして笑顔を浮かべた。

「あ、おい。危ないから」
 ライトの制する声も聞かず、レインは走り出し、そしてその一歩手前から飛びついた。
「お兄様」
 レインの両腕がライトの首元に絡まる。と同時に、ライトは後ろに尻もちをついてしまった。それだけレインの勢いが強すぎたのだ。

「お前は、変わらないな」

 尻もちをついたライトは目の前の妹の顔を見上げた。だが、そう言ったものの、変わらないのはその中身だけで、外見が以前と違うようにも感じられた。
 以前よりも、大人になっている。その変わりように、少しドキリとする。

「お兄様。二月ふたつきぶりですね」
 レインは兄の顔を見た。
「お兄様もお変わりがないようで、安心しました」

「俺はそんなにすぐには変わらないよ」

 ライトのそれに、うふふと、レインは声に出して笑った。それはライトに会えた嬉しさからだろう。

「ところで、今回はどうされたのですか? 何をしに?」

「なんだ。俺が意味もなくここに来てはいけないのか?」
 ライトはわざとそう答えた。少し、妹を困らせてみたいといういたずら心が働いたのかもしれない。

「そうではありませんが。だって、お兄様も忙しいのでしょう? その、研究所の方が」

「まあ、忙しいと言ったら忙しいかもしれないが。研究員は、時間は自由に使えるからな。それが研究員の特権だ。ここに来たのも研究の一つと言い切ればいいだけだ」

「まあ」
 レインが目を見開いて、大げさに驚く。だが、その目はすぐに細くなり、目尻は垂れ下がる。

「レインに会いに来たんだ」
 ライトは妹の背中に両手を回すと、ライトはレインの胸元に顔を埋める形となる。

「お兄様?」
 いつもと違うようなライトの態度に、レインは少々戸惑いを覚える。だがそれもほんの数秒の出来事で、ライトはレインからぱっと離れた。

「とにかく、元気そうで安心した。思っていたより、顔色もいいな」
 右手を伸ばしてきたライトは、レインの頬に触れた。相変わらず、彼女の肌は滑らかだった。だがこれ以上、妹とくっついていたら自制心が効かなくなる恐れがある。そっと、彼女を引き離した。

「レインは今、何をしていたんだ?」
 平常心という名の面をつけ、ライトは尋ねた。

「えと、薬草を集めていました。やはり、こういった薬草はこの地方の森にしか無いようなので。あとは、もっと珍しい薬草は、日の当たらない洞窟とかにあるようです」

「なるほど。だから、薬師は王都には少ないというわけだ」

「そうなんです」
 ライトが理解してくれたことが嬉しかった。
 彼は、立ち上がりついた埃を手で払う。レインは薬草の入った籠を手にする。

「お兄様。今日は泊っていかれるのですよね」

「できれば、そうさせてもらえると助かる」
 ライトはひょいとレインが持っている籠を奪い取った。
「お兄様」
 妹が見上げてくる。

「このくらい、俺が持つ」
 笑顔を浮かべて言うと、彼女もニッコリと笑顔で返してくる。この笑顔は昔から変わらない。
 二人並んで、祖母が待つあの質素な小屋へと向かう。その間、レインはここに来てからどんなことを学んで、どんなことをしていたのかを、身振り手振りを交えながら教えてくれた。こんなに楽しそうに笑って話す彼女を目にしたのは、いつぶりだろう。
 学園に入ってからは彼女の顔から笑顔が遠ざかっていた。家にいるときは笑っているけれど、学園の中ではのっそりとした表情。魔導士団に入ってからはどうだろうか。トラヴィスがいてくれるから平気、と言っていたような気もするが。

「ただいまもどりました」

「はいはい、おかえり。あら、ライトくんかい?」
 祖母はレインの後ろにいるライトを見つけると優しく声をかけてくれる。そう、レインの家族は皆、優しい。ニコラもまた然り。

「また、遊びに来てしまいました。ご迷惑でしたでしょうか?」
 突然の訪問を受け入れないところも多い。だから、あえてライトはそう尋ねる。

「迷惑なわけがあるかい。久しぶりにライトくんに会えて嬉しいよ。さて、レインちゃん。帰って来たばかりで悪いけれど、ライトくんをもてなす準備をしておくれ。薬草はそっちに置いといてね。これは、あとで教えようね」

 てきぱきと指示を出す姿は、義母のニコラと重なる部分がある。やはり親子なのだろう、と思った。

 それからレインは祖母の指示の通りにライトにお茶を出して、お菓子を並べる。こんな山の中でどうやってお菓子を調達したのかと思ったら。
「私が作りました」
 と恥ずかしそうにレインが言う。その答えが意外だったので、目を丸くしてしまうライト。

「私は、外で薬草を仕分けているからね。二人で、積もる話もあるのだろう」
 気を利かせてか、祖母はそんなことを言うと、薬草の入った籠といくつかの空の籠を抱えて外に出て行く。パタンと乾いた音を立ててしまる薄っぺらい扉。

「それで、今日は、どうかされたのですか?」
 レインは尋ねた。それは突然、こんな山奥まで訪問してきたライトへの言葉。と同時に、会話のとっかかり。
「それは、さっきも言っただろう? レイン、お前に会いに来たんだよ」

「まあ。お兄様って、案外、寂しがり屋だったのですね」
 嬉しそうに首を傾ける。

「そうかもしれないね」
 笑って、ライトはお茶を一口飲んだ。家族に飢えているのは、あながち間違いではない。

「あ、お兄様」
 思い出したかのように、レインは口を開いた。
「なんだ?」

「その、トラヴィス様はお元気でしょうか」
 なぜか彼女の表情は曇る。

「気になるのか?」

「少し」

 トラヴィスはレインの婚約者だ。気にならない方がおかしいかもしれない。それに、いまだ婚約解消にまでは至っていない。レインはそれも知っている。

「トラヴィスも、レインの魔力枯渇について調べてくれている。俺も調べているし。だから、もしかしたらレインの魔力も戻るかもしれない」

「そうなると、よいのですが」
 テーブルの上に置いてある両手をきゅっと握りしめた。

「レイン」
 ライトはその妹の両手に自分の手を重ねた。

「また、てもいいか?」

「はい」
 その返事からはあきらめ、というものが感じられた。だが、そのあきらめは現実だった。

「お兄様? どうでしたか?」
 レインに声をかけられ、ライトはふと我に返る。

「うん、魔力はゼロのままだ」

「そう、ですよね」
 レインは力無く笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...