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7.知らなかったのか(1)
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北の森の魔物討伐へと赴いていた一行が戻ってきた。だが、今回は負傷者が多いということで研究所所属の魔導士たちも駆り出された。何より、騎士団の人たちの負傷が激しいらしい。救護院に駆けつけると、熱気と血の匂いが立ち込めている。
ライトは見知った顔を見つけた。いつもくだらない言い合いをしている相手。その彼でさえ、そのローブが血や泥でまみれている。
「おい、トラヴィス。何があったんだ?」
「ああ。ライトか。悪いが、隣の部屋の回復を頼む」
「ああ。わかった。だが、今回はなぜこんなことに?」
ライトの問いにトラヴィスはぐっと拳を握りしめた。
「レインがいなかったからだ」
その答えに驚いて、ライトは再びトラヴィスの顔を見た。
「私たちがどれだけ彼女に頼っていたのかということを、今回は実感させられた。彼女がいなければこのザマだ」
ふっ、とトラヴィスは息を吐いた。
「ところで、レインは?」
ライトが一番恐れていた問いだった。だが、今はそれに答えている余裕など無い。
「レインは、ここにはいない。いたとしても役には立たない。それよりも先に負傷者の手当だ」
ライトはトラヴィスに指示された通り、隣の部屋の負傷者の回復に向かった。ライトは一緒に来ていた部下には、研究所にある魔力回復薬をありったけ持ってくるように指示をした。ライトが担当した部屋には、もう動けないような者たちもいた。ただ幸いなことに、身体の部位を欠損しているような者はいなかった。失った者を再生させるような魔力を持つ者は、レインしかいない。だが、そのレインも今ではそれを行うことができない。つまり、欠損部の再生を行えるような魔導士は今、この国にはいないということになる。
最後の負傷者の治療を終えたころ、日は西に沈みかけていて、空はオレンジ色から紫へのグラデーションを作っている。しばらくすれば、この空も闇に飲まれてしまうのだろう。
ライトは救護院のロビーにあるソファのひじ掛けに頭を乗せ、横向きでぐったり座っていた。むしろ寝ていたという表現の方が近い。足は、反対側のひじ掛けからはみ出している。他の者たち、つまり部下たちは帰らせた。今、彼はトラヴィスを待っていた。
魔導士団の方もほとんど引き上げた。残っているのは、泊まり込みで回復を担当する者たち。回復の担当と言っても、容体が悪化した時に対応するだけで、四六時中回復魔法をかけ続けるわけではない。
「手伝わせて悪かったな」
トラヴィスが使い捨て用のカップに入れた飲み物を手にしながら現れた。そのカップをライトの額の上に置いたため、すかさず彼もそれに手を添えた。
「なんだ、お前がこれを寄こすなんて、気持ち悪いな」
身体を起こして向きを変え、ソファに深く座り直す。トラヴィスは満足したように鼻の先で笑うと、向かい側のソファに浅く腰かけた。
「酷かっただろう?」
トラヴィスは自虐的に笑う。両膝の上に両手をついてその手を組み、そこに顔を埋めた。
「ああ。今まで俺たちまで呼び出されたことなど、なかったしな」
そこでライトは彼から受け取ったカップを口につけた。
「別に、魔物が特別強かったわけではないんだ」
まるで言い訳をするかのようにトラヴィスが口を開いた。
「相手はいつもと同じだった。だが、こちらがいつもと違っていた。レインがいなかった。彼女がいないというだけで、この有様だ。たった一人の魔導士がいないだけで、こうなる。部下からもなぜレインがいないのかと、聞かれた。彼らが頼りにしていたのは私では無かった。レインだ」
「レインは、まだ魔力が戻っていない。だから、魔法は使えない。お前たちの期待に添えることはできない」
「分かっている。だからこそ、情けない」
そこから二人の間に言葉は無かった。それ以上、言うことが思い浮かばないのだ。ライトはお茶の残りを一気に飲み干すと、その使い捨てのカップを握り潰し、テーブルの上に置いた。
「今日は疲れた、俺はもう帰るぞ」
ライトが立ち上がると、トラヴィスが情けない表情を浮かべて顔を上げた。今にも泣きだしそうなその表情。
「レインに会いたい」
彼はそう絞り出した。
「レインはもういない」
返ってきたのは冷たい言葉。
「どういうことだ」
あれだけぐったりとしていたと言うのに、それを聞いた途端トラヴィスは立ち上がった。
「言葉の通りだ」
「遠征から帰ってきたら、レインに会わせてくれる約束だったろう」
トラヴィスはライトに詰め寄り、彼の胸座を掴んだ。いつも穏やかな表情を浮かべているトラヴィスとは思えない。その彼は目を鋭く光らせながら、ライトを見上げている。
ライトは見知った顔を見つけた。いつもくだらない言い合いをしている相手。その彼でさえ、そのローブが血や泥でまみれている。
「おい、トラヴィス。何があったんだ?」
「ああ。ライトか。悪いが、隣の部屋の回復を頼む」
「ああ。わかった。だが、今回はなぜこんなことに?」
ライトの問いにトラヴィスはぐっと拳を握りしめた。
「レインがいなかったからだ」
その答えに驚いて、ライトは再びトラヴィスの顔を見た。
「私たちがどれだけ彼女に頼っていたのかということを、今回は実感させられた。彼女がいなければこのザマだ」
ふっ、とトラヴィスは息を吐いた。
「ところで、レインは?」
ライトが一番恐れていた問いだった。だが、今はそれに答えている余裕など無い。
「レインは、ここにはいない。いたとしても役には立たない。それよりも先に負傷者の手当だ」
ライトはトラヴィスに指示された通り、隣の部屋の負傷者の回復に向かった。ライトは一緒に来ていた部下には、研究所にある魔力回復薬をありったけ持ってくるように指示をした。ライトが担当した部屋には、もう動けないような者たちもいた。ただ幸いなことに、身体の部位を欠損しているような者はいなかった。失った者を再生させるような魔力を持つ者は、レインしかいない。だが、そのレインも今ではそれを行うことができない。つまり、欠損部の再生を行えるような魔導士は今、この国にはいないということになる。
最後の負傷者の治療を終えたころ、日は西に沈みかけていて、空はオレンジ色から紫へのグラデーションを作っている。しばらくすれば、この空も闇に飲まれてしまうのだろう。
ライトは救護院のロビーにあるソファのひじ掛けに頭を乗せ、横向きでぐったり座っていた。むしろ寝ていたという表現の方が近い。足は、反対側のひじ掛けからはみ出している。他の者たち、つまり部下たちは帰らせた。今、彼はトラヴィスを待っていた。
魔導士団の方もほとんど引き上げた。残っているのは、泊まり込みで回復を担当する者たち。回復の担当と言っても、容体が悪化した時に対応するだけで、四六時中回復魔法をかけ続けるわけではない。
「手伝わせて悪かったな」
トラヴィスが使い捨て用のカップに入れた飲み物を手にしながら現れた。そのカップをライトの額の上に置いたため、すかさず彼もそれに手を添えた。
「なんだ、お前がこれを寄こすなんて、気持ち悪いな」
身体を起こして向きを変え、ソファに深く座り直す。トラヴィスは満足したように鼻の先で笑うと、向かい側のソファに浅く腰かけた。
「酷かっただろう?」
トラヴィスは自虐的に笑う。両膝の上に両手をついてその手を組み、そこに顔を埋めた。
「ああ。今まで俺たちまで呼び出されたことなど、なかったしな」
そこでライトは彼から受け取ったカップを口につけた。
「別に、魔物が特別強かったわけではないんだ」
まるで言い訳をするかのようにトラヴィスが口を開いた。
「相手はいつもと同じだった。だが、こちらがいつもと違っていた。レインがいなかった。彼女がいないというだけで、この有様だ。たった一人の魔導士がいないだけで、こうなる。部下からもなぜレインがいないのかと、聞かれた。彼らが頼りにしていたのは私では無かった。レインだ」
「レインは、まだ魔力が戻っていない。だから、魔法は使えない。お前たちの期待に添えることはできない」
「分かっている。だからこそ、情けない」
そこから二人の間に言葉は無かった。それ以上、言うことが思い浮かばないのだ。ライトはお茶の残りを一気に飲み干すと、その使い捨てのカップを握り潰し、テーブルの上に置いた。
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彼はそう絞り出した。
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返ってきたのは冷たい言葉。
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あれだけぐったりとしていたと言うのに、それを聞いた途端トラヴィスは立ち上がった。
「言葉の通りだ」
「遠征から帰ってきたら、レインに会わせてくれる約束だったろう」
トラヴィスはライトに詰め寄り、彼の胸座を掴んだ。いつも穏やかな表情を浮かべているトラヴィスとは思えない。その彼は目を鋭く光らせながら、ライトを見上げている。
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