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「なんと。エルランド・キュロ教授は、あの野蛮なベロテニア人でしたか」
壇上のマルクスの声が会場内に響くが、どことなくその声がわざとらしく聞こえた。
「まさか、このような場で獣化するなど。皆さん、危険ですから逃げてください。すぐに騎士団へ連絡を」
「出口はこちらです」
クラウスが聴講者たちを出口へと誘導する。まるで示し合わせたかのような手際の良さである。
そういえば、クラウスはエルランドがベロテニアの者であることを知っていた。ファンヌだって、エルランドが教えてくれるまで、彼がベロテニアの出身であることを知らなかったのに。どうしてクラウスはその件を知っていたのだろうか。
「ファンヌ。君も危ないから、そのベロテニア人から離れなさい」
ファンヌの腕を掴んだのはクラウスだった。他の聴講者たちの誘導を終えたのだろう。
「離して。まだ、今なら間に合うから」
オスモが言っていた。耳と尻尾が完全に生える前に、『抑制剤』を飲めば獣化を止められると。
「何が間に合う? そのベロテニア人は獣人なのだろう? それに獣になろうとしているではないか。君は、そのような男と結婚できるのか?」
「いいから離して」
ファンヌが持っていたハンドバックの中には、オスモから手渡された『抑制剤』が入っている。もしくは、エルランドが首から下げている首飾りの中にも。
「駄目だ。僕は君を危険な目に合わせたくない」
クラウスによって腕を引っ張られたファンヌは、彼によって抱き締められる形になってしまった。
「うぅっ……」
苦しそうに呻きながらも、エルランドはじっとファンヌを見つめている。
「エルさん」
ファンヌがエルランドに手を伸ばそうとしても、次から次へと騎士たちがやって来てエルランドを取り押さえた。
「やめて。今なら間に合うから。やめてください」
ファンヌの叫びも彼らには届かない。
エルランドの周囲にあった椅子や机は、さまざまな方向を向いて倒れている。四肢を抑えこまれたエルランドは、仰向けに押さえつけられているようだった。
「クラウス様。離してください。本当に、獣化なんて……。どうなるかわからない。止めなきゃいけないの」
「止める? 彼は獣人なのだろう? 人になったり獣になったりするのが当たり前だろう? 彼の意志で獣化しているのではないか? ここにいる人たちをこうやって襲うために」
「そんなの……。違うに決まっているでしょう」
ファンヌは思いきりクラウスの足をヒールのかかとで踏んづけた。慣れないヒールを履いてきてよかったと、ファンヌはこのときばかりは思った。
「くっ」
クラウスの力が緩んだ瞬間、ファンヌは彼の腕から逃げ出した。
「エルさん」
エルランドの元に駆けつけようとしたものの、次は騎士団の人間によってファンヌは拘束されてしまう。
「危ないから、近づかないように」
それが彼らの言い分だ。だが、今のエルランドがまだ危険ではないことは、ファンヌの方がよくわかっている。
「うぅ……」
騎士達に囲まれて姿は見えないが、先ほどからエルランドの苦しそうな声が聞こえてくる。
「エルさん」
「こら、暴れるな」
「エルさん」
「取り押さえろ」
ファンヌがエルランドの名を呼ぶたびに、騎士達は怒号をあげる。エルランドがファンヌの声に反応しているようにも見えた。
「うわっ」
「なんだ。こいつ」
突然、エルランドを取り押さえていた騎士たちが、次々と後方に下がり始めた。
そろりとエルランドが立ち上がる。その姿に、ファンヌも思わず息を呑んだ。
もう、エルランドは人の姿を保ってはいなかった。
その姿は獅子。
百獣の王とも言われる獅々である。それが二本の足でしっかりと立っていた。顔は立派な鬣で覆われ、その身体は黄金に輝く長い毛で覆われている。
「エルさん」
ファンヌが名を呼ぶと、エルランドは自身の周囲にいた騎士たちをなぎ倒し、目の前にある机や椅子を放り投げて、ファンヌの元に近づこうとする。
ガシャン、と椅子の一つが窓に当たり、ガラスが散らばった。
「ファンヌ。駄目だ。下がっていなさい」
ファンヌを庇うように立つのはクラウスだった。両手を広げ、彼女の姿をエルランドから隠すかのように。
「うぅっ」
唸り声をあげたエルランドは、自我を忘れたのか、身近にいた騎士たちを片っ端から投げ飛ばし始めた。
「撃ちなさい」
突如と冷淡な声が響く。声がした方へ視線を向けると、国王が獣化したエルランドを睨みつけていた。
「許可をする。その獣の命を奪ってもかまわない。やらなければこちらがやられるからな」
まるで正当防衛を主張するかのように、彼は騎士団へ命じた。
壇上のマルクスの声が会場内に響くが、どことなくその声がわざとらしく聞こえた。
「まさか、このような場で獣化するなど。皆さん、危険ですから逃げてください。すぐに騎士団へ連絡を」
「出口はこちらです」
クラウスが聴講者たちを出口へと誘導する。まるで示し合わせたかのような手際の良さである。
そういえば、クラウスはエルランドがベロテニアの者であることを知っていた。ファンヌだって、エルランドが教えてくれるまで、彼がベロテニアの出身であることを知らなかったのに。どうしてクラウスはその件を知っていたのだろうか。
「ファンヌ。君も危ないから、そのベロテニア人から離れなさい」
ファンヌの腕を掴んだのはクラウスだった。他の聴講者たちの誘導を終えたのだろう。
「離して。まだ、今なら間に合うから」
オスモが言っていた。耳と尻尾が完全に生える前に、『抑制剤』を飲めば獣化を止められると。
「何が間に合う? そのベロテニア人は獣人なのだろう? それに獣になろうとしているではないか。君は、そのような男と結婚できるのか?」
「いいから離して」
ファンヌが持っていたハンドバックの中には、オスモから手渡された『抑制剤』が入っている。もしくは、エルランドが首から下げている首飾りの中にも。
「駄目だ。僕は君を危険な目に合わせたくない」
クラウスによって腕を引っ張られたファンヌは、彼によって抱き締められる形になってしまった。
「うぅっ……」
苦しそうに呻きながらも、エルランドはじっとファンヌを見つめている。
「エルさん」
ファンヌがエルランドに手を伸ばそうとしても、次から次へと騎士たちがやって来てエルランドを取り押さえた。
「やめて。今なら間に合うから。やめてください」
ファンヌの叫びも彼らには届かない。
エルランドの周囲にあった椅子や机は、さまざまな方向を向いて倒れている。四肢を抑えこまれたエルランドは、仰向けに押さえつけられているようだった。
「クラウス様。離してください。本当に、獣化なんて……。どうなるかわからない。止めなきゃいけないの」
「止める? 彼は獣人なのだろう? 人になったり獣になったりするのが当たり前だろう? 彼の意志で獣化しているのではないか? ここにいる人たちをこうやって襲うために」
「そんなの……。違うに決まっているでしょう」
ファンヌは思いきりクラウスの足をヒールのかかとで踏んづけた。慣れないヒールを履いてきてよかったと、ファンヌはこのときばかりは思った。
「くっ」
クラウスの力が緩んだ瞬間、ファンヌは彼の腕から逃げ出した。
「エルさん」
エルランドの元に駆けつけようとしたものの、次は騎士団の人間によってファンヌは拘束されてしまう。
「危ないから、近づかないように」
それが彼らの言い分だ。だが、今のエルランドがまだ危険ではないことは、ファンヌの方がよくわかっている。
「うぅ……」
騎士達に囲まれて姿は見えないが、先ほどからエルランドの苦しそうな声が聞こえてくる。
「エルさん」
「こら、暴れるな」
「エルさん」
「取り押さえろ」
ファンヌがエルランドの名を呼ぶたびに、騎士達は怒号をあげる。エルランドがファンヌの声に反応しているようにも見えた。
「うわっ」
「なんだ。こいつ」
突然、エルランドを取り押さえていた騎士たちが、次々と後方に下がり始めた。
そろりとエルランドが立ち上がる。その姿に、ファンヌも思わず息を呑んだ。
もう、エルランドは人の姿を保ってはいなかった。
その姿は獅子。
百獣の王とも言われる獅々である。それが二本の足でしっかりと立っていた。顔は立派な鬣で覆われ、その身体は黄金に輝く長い毛で覆われている。
「エルさん」
ファンヌが名を呼ぶと、エルランドは自身の周囲にいた騎士たちをなぎ倒し、目の前にある机や椅子を放り投げて、ファンヌの元に近づこうとする。
ガシャン、と椅子の一つが窓に当たり、ガラスが散らばった。
「ファンヌ。駄目だ。下がっていなさい」
ファンヌを庇うように立つのはクラウスだった。両手を広げ、彼女の姿をエルランドから隠すかのように。
「うぅっ」
唸り声をあげたエルランドは、自我を忘れたのか、身近にいた騎士たちを片っ端から投げ飛ばし始めた。
「撃ちなさい」
突如と冷淡な声が響く。声がした方へ視線を向けると、国王が獣化したエルランドを睨みつけていた。
「許可をする。その獣の命を奪ってもかまわない。やらなければこちらがやられるからな」
まるで正当防衛を主張するかのように、彼は騎士団へ命じた。
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