2 / 79
1-(1)
しおりを挟む
(片づけをしていたら、遅くなってしまったわ。できれば神殿からの通知が届く前に帰りたかったのに)
馬車を降りたファンヌは屋敷の扉の前に立ち、小さく息を吐いた。王都にある邸宅は、赤い屋根とレンガ作りの壁が特徴的な屋敷である。
背中まであるベビーブルーの真っすぐな髪をかき上げ、耳にかける。だが、さらさらとその髪は耳から零れていく。いつもなら一つに結い上げるなりなんなりしているのに、王宮に行くときだけはその髪をおろしていく必要があった。だから今、ものすごくこの髪の毛が邪魔である。それに服装も、ドレスを要求される。今日のドレスは薄いオレンジ色の明るめのドレス。
太陽が西側に大きく傾いているため、薄いオレンジは濃く染め上げられていた。
ファンヌはもう一度小さく息を吐くと、バイオレットの瞳を伏せてから、意を決し扉に手をかける。
「ただいま帰りました」
わざと小さな声で言ったにも関わらず、執事のイーサンに見つかってしまった。
「ファンヌお嬢様。旦那様と奥様とハンネス様が、旦那様の執務室でお待ちです」
ファンヌはイーサンの言葉に顔をしかめるしかない。
(まさしく、全員集合っていう感じね……。もう、逃げられないわ……)
仕方なく、ファンヌは執務室へと足を向けた。
リヴァス王国の王都パドマ。ここは学術の都市パドマとも呼ばれている。
十歳になった子供たちは、身分に関係なくこのパドマにある初等教育学校で学問を学ぶことが許可されている。地方からも優秀な子が集まってくるくらいだ。場合によっては近隣諸国からも。
それには理由がある。というのも、その学校で成績が良ければ、十六歳になってから入学できる高等教育学校の『特待生』という枠で、より高度な学問を学ぶことができるからだ。この高等教育学校で最も力を入れているのは、学生自らが考え、調査し、結果を出す『研究』であった。
世界には様々な『魔術』があるため、主にその『魔術』について研究している者が多い。『魔術』とは自然の力を増大させる不思議な力のこと。それゆえ、研究者たちは『魔術』の魅力に取り付かれているのである。
もちろん、その様々な『魔術』は日常生活にも浸透している。簡単に火を起こしたり、水を湯に変えたりする等、生活に欠かせない魔術は『生活魔術』とさえ呼ばれている。
『生活魔術』は誰でも使える簡単なものだ。それに比べ、身体の怪我を治したり痛みを取り除いたりする『魔術』は『医療魔術』と呼ばれ、専門の魔術師しか使うことができない高等魔術である。この能力を持つ魔術師のことを『医療魔術師』と呼ぶ。
高等教育学校での研究対象は、何も『魔術』だけではない。その『魔術』を道具に付与する『魔道具』に没頭する者もいるし、『薬草』や『茶葉』、『香の効能』を専門に研究している者もいる。それらの分野をある程度極めた者たちは、それぞれ『魔道具師』『調薬師』『調茶師』『調香師』と呼ばれていた。
そして先ほど、王太子であるクラウスと婚約を解消したファンヌも『国家調茶師』の資格を持っていた。しかもファンヌは一昨年、十六歳という若さでこの国家資格を取得したのである。
しかし『調茶』というものは、まだリヴァス王国では浸透していない新しい分野であり、『調薬』の技術を発展させたものと言われている。
ファンヌは高等教育学校に入学した途端、調薬を専門とする教授のエルランドの元で、薬草と茶葉を組み合わせるという大胆な発想から『調茶』という技術を生み出した。つまり、ファンヌはこう見えても『調茶』の第一人者なのである。
馬車を降りたファンヌは屋敷の扉の前に立ち、小さく息を吐いた。王都にある邸宅は、赤い屋根とレンガ作りの壁が特徴的な屋敷である。
背中まであるベビーブルーの真っすぐな髪をかき上げ、耳にかける。だが、さらさらとその髪は耳から零れていく。いつもなら一つに結い上げるなりなんなりしているのに、王宮に行くときだけはその髪をおろしていく必要があった。だから今、ものすごくこの髪の毛が邪魔である。それに服装も、ドレスを要求される。今日のドレスは薄いオレンジ色の明るめのドレス。
太陽が西側に大きく傾いているため、薄いオレンジは濃く染め上げられていた。
ファンヌはもう一度小さく息を吐くと、バイオレットの瞳を伏せてから、意を決し扉に手をかける。
「ただいま帰りました」
わざと小さな声で言ったにも関わらず、執事のイーサンに見つかってしまった。
「ファンヌお嬢様。旦那様と奥様とハンネス様が、旦那様の執務室でお待ちです」
ファンヌはイーサンの言葉に顔をしかめるしかない。
(まさしく、全員集合っていう感じね……。もう、逃げられないわ……)
仕方なく、ファンヌは執務室へと足を向けた。
リヴァス王国の王都パドマ。ここは学術の都市パドマとも呼ばれている。
十歳になった子供たちは、身分に関係なくこのパドマにある初等教育学校で学問を学ぶことが許可されている。地方からも優秀な子が集まってくるくらいだ。場合によっては近隣諸国からも。
それには理由がある。というのも、その学校で成績が良ければ、十六歳になってから入学できる高等教育学校の『特待生』という枠で、より高度な学問を学ぶことができるからだ。この高等教育学校で最も力を入れているのは、学生自らが考え、調査し、結果を出す『研究』であった。
世界には様々な『魔術』があるため、主にその『魔術』について研究している者が多い。『魔術』とは自然の力を増大させる不思議な力のこと。それゆえ、研究者たちは『魔術』の魅力に取り付かれているのである。
もちろん、その様々な『魔術』は日常生活にも浸透している。簡単に火を起こしたり、水を湯に変えたりする等、生活に欠かせない魔術は『生活魔術』とさえ呼ばれている。
『生活魔術』は誰でも使える簡単なものだ。それに比べ、身体の怪我を治したり痛みを取り除いたりする『魔術』は『医療魔術』と呼ばれ、専門の魔術師しか使うことができない高等魔術である。この能力を持つ魔術師のことを『医療魔術師』と呼ぶ。
高等教育学校での研究対象は、何も『魔術』だけではない。その『魔術』を道具に付与する『魔道具』に没頭する者もいるし、『薬草』や『茶葉』、『香の効能』を専門に研究している者もいる。それらの分野をある程度極めた者たちは、それぞれ『魔道具師』『調薬師』『調茶師』『調香師』と呼ばれていた。
そして先ほど、王太子であるクラウスと婚約を解消したファンヌも『国家調茶師』の資格を持っていた。しかもファンヌは一昨年、十六歳という若さでこの国家資格を取得したのである。
しかし『調茶』というものは、まだリヴァス王国では浸透していない新しい分野であり、『調薬』の技術を発展させたものと言われている。
ファンヌは高等教育学校に入学した途端、調薬を専門とする教授のエルランドの元で、薬草と茶葉を組み合わせるという大胆な発想から『調茶』という技術を生み出した。つまり、ファンヌはこう見えても『調茶』の第一人者なのである。
107
お気に入りに追加
3,489
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
彼女の光と声を奪った俺が出来ること
jun
恋愛
アーリアが毒を飲んだと聞かされたのは、キャリーを抱いた翌日。
キャリーを好きだったわけではない。勝手に横にいただけだ。既に処女ではないから最後に抱いてくれと言われたから抱いただけだ。
気付けば婚約は解消されて、アーリアはいなくなり、愛妾と勝手に噂されたキャリーしか残らなかった。
*1日1話、12時投稿となります。初回だけ2話投稿します。
【完結】呪いで異形になった公爵様と解呪師になれなかった私
灰銀猫
恋愛
学園では首席を争うほど優秀なエルーシアは、家では美人で魔術師の才に溢れた双子の姉の出涸らしと言われて冷遇されていた。魔術師の家系に生まれながら魔術師になれるだけの魔力がなかったからだ。そんなエルーシアは、魔力が少なくてもなれる解呪師を秘かに目指していた。
だがある日、学園から戻ると父に呼び出され、呪いによって異形となった『呪喰らい公爵』と呼ばれるヘルゲン公爵に嫁ぐように命じられる。
自分に縁談など来るはずがない、きっと姉への縁談なのだと思いながらも、親に逆らえず公爵領に向かったエル―シア。
不安を抱えながらも公爵に会ったエル―シアは思った。「なんて解除のし甲斐がある被検体なの!」と。
呪いの重ねがけで異形となった公爵と、憧れていた解呪に励むエル―シアが、呪いを解いたり魔獣を退治したり神獣を助けたりしながら、距離を縮めていく物語。
他サイトでも掲載しています。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
[完結]麗しい婚約者様、私を捨ててくださってありがとう!
青空一夏
恋愛
ギャロウェイ伯爵家の長女、アリッサは、厳格な両親のもとで育ち、幼い頃から立派な貴族夫人になるための英才教育を受けてきました。彼女に求められたのは、家業を支え、利益を最大化するための冷静な判断力と戦略を立てる能力です。家格と爵位が釣り合う跡継ぎとの政略結婚がアリッサの運命とされ、婚約者にはダイヤモンド鉱山を所有するウィルコックス伯爵家のサミーが選ばれました。貿易網を国内外に広げるギャロウェイ家とサミーの家は、利害が一致した理想的な結びつきだったのです。
しかし、アリッサが誕生日を祝われている王都で最も格式高いレストランで、学園時代の友人セリーナが現れたことで、彼女の人生は一変します。予約制のレストランに無断で入り込み、巧みにサミーの心を奪ったセリーナ。その後、アリッサは突然の婚約解消を告げられてしまいます。
家族からは容姿よりも能力だけを評価され、自信を持てなかったアリッサ。サミーの裏切りに心を痛めながらも、真実の愛を探し始めます。しかし、その道のりは平坦ではなく、新たな障害が次々と立ちはだかります。果たしてアリッサは、真実の愛を見つけ、幸福を手にすることができるのでしょうか――。
清楚で美しい容姿の裏に秘めたコンプレックス、そして家と運命に縛られた令嬢が自らの未来を切り開く姿を描いた、心に残る恋愛ファンタジー。ハッピーエンドを迎えるまでの波乱万丈の物語です。
可愛い子ウサギの精霊も出演。残酷すぎないざまぁ(多分)で、楽しい作品となっています。
転生からの魔法失敗で、1000年後に転移かつ獣人逆ハーレムは盛りすぎだと思います!
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
異世界転生をするものの、物語の様に分かりやすい活躍もなく、のんびりとスローライフを楽しんでいた主人公・マレーゼ。しかしある日、転移魔法を失敗してしまい、見知らぬ土地へと飛ばされてしまう。
全く知らない土地に慌てる彼女だったが、そこはかつて転生後に生きていた時代から1000年も後の世界であり、さらには自身が生きていた頃の文明は既に滅んでいるということを知る。
そして、実は転移魔法だけではなく、1000年後の世界で『嫁』として召喚された事実が判明し、召喚した相手たちと婚姻関係を結ぶこととなる。
人懐っこく明るい蛇獣人に、かつての文明に入れ込む兎獣人、なかなか心を開いてくれない狐獣人、そして本物の狼のような狼獣人。この時代では『モテない』と言われているらしい四人組は、マレーゼからしたらとてつもない美形たちだった。
1000年前に戻れないことを諦めつつも、1000年後のこの時代で新たに生きることを決めるマレーゼ。
異世界転生&転移に巻き込まれたマレーゼが、1000年後の世界でスローライフを送ります!
【この作品は逆ハーレムものとなっております。最終的に一人に絞られるのではなく、四人同時に結ばれますのでご注意ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】
大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。
ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」
「……ジャスパー?」
「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」
マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。
「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」
続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。
「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」
婚約していないのに婚約破棄された私のその後
狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「アドリエンヌ・カントルーブ伯爵令嬢! 突然ですまないが、婚約を解消していただきたい! 何故なら俺は……男が好きなんだぁああああああ‼」
ルヴェシウス侯爵家のパーティーで、アドリーヌ・カンブリーヴ伯爵令嬢は、突然別人の名前で婚約破棄を宣言され、とんでもないカミングアウトをされた。
勘違いで婚約破棄を宣言してきたのは、ルヴェシウス侯爵家の嫡男フェヴァン。
そのあと、フェヴァンとルヴェシウス侯爵夫妻から丁重に詫びを受けてその日は家に帰ったものの、どうやら、パーティーでの婚約破棄騒動は瞬く間に社交界の噂になってしまったらしい。
一夜明けて、アドリーヌには「男に負けた伯爵令嬢」というとんでもない異名がくっついていた。
頭を抱えるものの、平平凡凡な伯爵家の次女に良縁が来るはずもなく……。
このままだったら嫁かず後家か修道女か、はたまた年の離れた男寡の後妻に収まるのが関の山だろうと諦めていたので、噂が鎮まるまで領地でのんびりと暮らそうかと荷物をまとめていたら、数日後、婚約破棄宣言をしてくれた元凶フェヴァンがやった来た。
そして「結婚してください」とプロポーズ。どうやら彼は、アドリーヌにおかしな噂が経ってしまったことへの責任を感じており、本当の婚約者との婚約破棄がまとまった直後にアドリーヌの元にやって来たらしい。
「わたし、責任と結婚はしません」
アドリーヌはきっぱりと断るも、フェヴァンは諦めてくれなくて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる