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生真面目夫の場合(10)
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◆◆◆◆
『もしかして。旦那様は、私のことが嫌いなのですか?』
オリビアからそう尋ねられた時、クラークの全身にはビリリと痺れが走った。
本当のことを口にすべきか。
それとも本音は隠すべきか。
だが、最後の最後に嘘はつきたくない。
彼女に憎まれてもいい。彼女がこれから幸せな人生を歩むことができるのであれば、嫌われてもいい。
「嫌い、ではない。だから、君には幸せになってもらいたい。だから、君の隣にいる男は俺では駄目なのだ」
社交界での噂も知っている。
自分と結婚してしまったために「かわいそう」と言われている彼女。
彼女がそう言われることが許せなかった。だが、それを言い負かすだけの話術もないし、それを覆すだけの器量もあるとは思えなかった。
ただ彼女の側にいて、彼女に悪い虫がつかないようにと、排除することしかできなかった。
クラークの言葉を聞いたオリビアの全ての動きが、一瞬止まったように見えた。驚いたのか藍色の目を見開き、口も閉じるのを忘れたかのようにポカンと開いている。
「オリビア……」
彼が彼女の名を口にすると、やっと口がパクパクと動き始めた。そして、テーブルの上に置いてあった飲みかけのグラスに手を伸ばすと、クラークが止める暇もないほどに、一気に中身を飲み干した。
「わかりました……。離縁しましょう。あなたがそこまで言うのなら」
彼女の目からは、静かに涙が流れている。
自ら望んだことであるのに、彼女からそう言われてしまうと、心臓がえぐられたような気持ちになる。
「あなたと離縁したら、私は本当に好きな人と結婚することが許されるのですね?」
興奮しているためか、次第に彼女の頬は赤く色づき始める。
「ああ。君は成人した。だから、結婚するのに保護者の同意は必要ない」
「承知しました」
濡れた頬を拭おうともせずに、彼女は目を伏せた。
「ですが。ちょっと離縁の手続きは待っていただけますか? 私が、好きな相手の方に振られてしまったら、元も子もないと思いませんか? 先に相手の方には想いを伝えておきますので」
その言葉にクラークも納得する。
彼女の言葉も一理ある。オリビアの好きな相手が誰かはわからないが、別れてからも彼女が独り身の時間が長ければ長いほど、新たな問題が生まれてくる。できれば、次の相手を決めてから離縁手続きに入った方がいいだろう。
クラークとは離縁したが、新しい婚約者がいる状態である方が望ましい。
「わかった」
クラークが頷くと、オリビアが安心したように微かに笑んだ。
(な、なんだ……。この顔は。めちゃくちゃ可愛いし。いや、駄目だ、耐えろ。俺。彼女との結婚生活には終止符を打つことを決めたんだ。我慢だ、我慢)
だが、目の前のオリビアは、するっとナイトドレスを脱ぎ始める。
(ちょ、ちょ、ちょっと待て。彼女は何をしようとしているんだ)
すとんと、彼女の足元にドレスが落ちる。ドレスと共にクラークの視線も落ちた。
「クラーク」
名を呼ばれ、恐る恐る顔をあげる。
「なっ……」
彼女はベビードールと呼ばれる下着姿一枚だった。白い総レースになっており、見てはいけないところは辛うじて隠しているが、身体のラインはくっきりと見えている。何よりも、彼女の肌が透けているのだ。
まして両脇を紐で縛っているショーツなど。
見てはいけないと思いつつも目が離せない。
(くっ……。耐えろ、俺。ここまできて団長との約束を破ってどうする……)
歯を食いしばり、手を握りしめる。爪が食い込むほど強く。
オリビアはその姿のままクラークに近づき、ソファの上に膝をついた。
(誰だ……。彼女にこのようなことを教え込んだのは。モーレン公爵夫人か。むしろ、モーレン公爵か)
モーレン公爵は完全にとばっちりである。
「クラーク」
いつもの無邪気な彼女とは思えないほどの、艶めかしい声色が囁く。
「私が好きなのは……」
そこで彼女の指がクラークの唇をなぞった。
「クラーク……。あなたです」
『もしかして。旦那様は、私のことが嫌いなのですか?』
オリビアからそう尋ねられた時、クラークの全身にはビリリと痺れが走った。
本当のことを口にすべきか。
それとも本音は隠すべきか。
だが、最後の最後に嘘はつきたくない。
彼女に憎まれてもいい。彼女がこれから幸せな人生を歩むことができるのであれば、嫌われてもいい。
「嫌い、ではない。だから、君には幸せになってもらいたい。だから、君の隣にいる男は俺では駄目なのだ」
社交界での噂も知っている。
自分と結婚してしまったために「かわいそう」と言われている彼女。
彼女がそう言われることが許せなかった。だが、それを言い負かすだけの話術もないし、それを覆すだけの器量もあるとは思えなかった。
ただ彼女の側にいて、彼女に悪い虫がつかないようにと、排除することしかできなかった。
クラークの言葉を聞いたオリビアの全ての動きが、一瞬止まったように見えた。驚いたのか藍色の目を見開き、口も閉じるのを忘れたかのようにポカンと開いている。
「オリビア……」
彼が彼女の名を口にすると、やっと口がパクパクと動き始めた。そして、テーブルの上に置いてあった飲みかけのグラスに手を伸ばすと、クラークが止める暇もないほどに、一気に中身を飲み干した。
「わかりました……。離縁しましょう。あなたがそこまで言うのなら」
彼女の目からは、静かに涙が流れている。
自ら望んだことであるのに、彼女からそう言われてしまうと、心臓がえぐられたような気持ちになる。
「あなたと離縁したら、私は本当に好きな人と結婚することが許されるのですね?」
興奮しているためか、次第に彼女の頬は赤く色づき始める。
「ああ。君は成人した。だから、結婚するのに保護者の同意は必要ない」
「承知しました」
濡れた頬を拭おうともせずに、彼女は目を伏せた。
「ですが。ちょっと離縁の手続きは待っていただけますか? 私が、好きな相手の方に振られてしまったら、元も子もないと思いませんか? 先に相手の方には想いを伝えておきますので」
その言葉にクラークも納得する。
彼女の言葉も一理ある。オリビアの好きな相手が誰かはわからないが、別れてからも彼女が独り身の時間が長ければ長いほど、新たな問題が生まれてくる。できれば、次の相手を決めてから離縁手続きに入った方がいいだろう。
クラークとは離縁したが、新しい婚約者がいる状態である方が望ましい。
「わかった」
クラークが頷くと、オリビアが安心したように微かに笑んだ。
(な、なんだ……。この顔は。めちゃくちゃ可愛いし。いや、駄目だ、耐えろ。俺。彼女との結婚生活には終止符を打つことを決めたんだ。我慢だ、我慢)
だが、目の前のオリビアは、するっとナイトドレスを脱ぎ始める。
(ちょ、ちょ、ちょっと待て。彼女は何をしようとしているんだ)
すとんと、彼女の足元にドレスが落ちる。ドレスと共にクラークの視線も落ちた。
「クラーク」
名を呼ばれ、恐る恐る顔をあげる。
「なっ……」
彼女はベビードールと呼ばれる下着姿一枚だった。白い総レースになっており、見てはいけないところは辛うじて隠しているが、身体のラインはくっきりと見えている。何よりも、彼女の肌が透けているのだ。
まして両脇を紐で縛っているショーツなど。
見てはいけないと思いつつも目が離せない。
(くっ……。耐えろ、俺。ここまできて団長との約束を破ってどうする……)
歯を食いしばり、手を握りしめる。爪が食い込むほど強く。
オリビアはその姿のままクラークに近づき、ソファの上に膝をついた。
(誰だ……。彼女にこのようなことを教え込んだのは。モーレン公爵夫人か。むしろ、モーレン公爵か)
モーレン公爵は完全にとばっちりである。
「クラーク」
いつもの無邪気な彼女とは思えないほどの、艶めかしい声色が囁く。
「私が好きなのは……」
そこで彼女の指がクラークの唇をなぞった。
「クラーク……。あなたです」
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※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
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