上 下
21 / 29

生真面目夫の場合(9)

しおりを挟む
「あ、ここです。カトリーナ様が『お菓子の家』だから、すぐにわかるとおっしゃっていたので」
「そ、そうか……」

 クラークがこの店に入るのには、かなり抵抗がある。だが、あのジャンでさえここに入ったことがあるというのであれば、負けてはいられない。

 オリビアが顔を輝かせて、扉を開ける。扉の前に立った瞬間から、甘い香りに包まれたような気がした。

 チリン――。

 鈴が鳴る。

「いらっしゃいませ」
「あの。モーレン公爵夫人の紹介で……」
「モーレン公爵夫人の紹介ですね」

 オリビアがカトリーナの名前を出すと、妖精のようなふわふわした店員の顔がぱっと輝いた。

「お話は伺っております。どうぞ、こちらに」
 オリビアは妖精に連れていかれる。となれば、クラークはどうすべきなのか。
「ご一緒に選びますか? モーレン公爵もカステル侯爵も、いつもご一緒に選ばれております」
 ジャンの名前を出されてしまえば、なぜかクラークも対抗心を燃やしてしまう。

「では、俺も一緒に……」

 消え入るような声で言ったにも関わらず、妖精のような店員の耳にはしっかりと届いていたようだ。

 案内された店の中は、華やかな色の下着が展示されている場所と、落ち着いたデザインの下着が展示されている場所に分かれていた。

(あ、あれは……。オリビアに似合うかもしれない)

 菫色のフリルのついた下着に、つい目を奪われてしまった。

(って、俺は何を考えている。なぜモーレン公爵までもここに来るんだ?)

 人のせいにしてしまいたくなるほど、クラークは混乱していた。
 とにかく、前を見ても後ろを見ても、右も左も上も、女性向けの下着が展示してある。

「奥様。こちらなどいかがでしょう?」

 店員が手にしている下着は白。フリルがふんだんに使われている可愛らしい下着である。

(し、白だと……? 破壊力が……。これは、俺を試しているのか? おい、ジャン。お前はどうしているんだ)

 尋ねても返事など戻ってくるわけはない。

「あの。もう少し大人っぽいものはありませんか?」

 どうやらオリビアは白の下着はお気に召さなかった様子。

(いや。今のがいいだろう? 白だぞ、白。白は正義だ)

 クラークは自分でも気づいていない。彼の好みが白の下着であることに。

「では、こちらはいかがでしょう?」

 次は黒だった。こちらは、総レースの下着である。

(ちょっと待て。白の次は黒って……。この店員は天才か?)

「奥様は、可愛らしい顔立ちをしておりますから、こういった淡い色の方がお似合いかもしれませんが、ここは意表をつくのも必要だと思うのです」
 ニッコリと笑っている店員は、今の言葉を誰に向けて言ったのだろうか。
「あとは、こちらとか」

 黒の次は赤。先ほどよりも布地面積が小さくなっている。

 薦められた下着を見て、オリビアはうーん、と唸っている。その様子もクラークから見たら可愛らしい。だが、できればこれらの下着を身に着けた姿を見てみたい。

「旦那様は、どれがいいと思いますか?」

 オリビアが尋ねた。

「全部だ。全部くれ。それから、あれもだ」

 クラークが指で示した先には、菫色のフリルの下着があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の子を身篭れるのは私だけ

月密
恋愛
『もう一度、触れさせて欲しい』『君にしか反応しないんだ』 *** 伯爵令嬢のリーザは、一年前に婚約者に浮気された挙句婚約破棄され捨てらて以来、男性不信に陥ってしまった。そんな時、若き公爵ヴィルヘルムと出会う。彼は眉目秀麗の白銀の貴公子と呼ばれ、令嬢の憧れの君だった。ただ実は肩書き良し、容姿良し、文武両道と完璧な彼には深刻な悩みがあった。所謂【不能】らしく、これまでどんな女性にも【反応】をした事がない。だが彼が言うにはリーザに触れられた瞬間【反応】したと言う。もう自分に一度触れて欲しいとリーザは迫られて……。

でしたら私も愛人をつくります

杉本凪咲
恋愛
夫は愛人を作ると宣言した。 幼少期からされている、根も葉もない私の噂を信じたためであった。 噂は嘘だと否定するも、夫の意見は変わらず……

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【R18】白い結婚なんて絶対に認めません! ~政略で嫁いだ姫君は甘い夜を過ごしたい~

瀬月 ゆな
恋愛
初恋の王子様の元に政略で嫁いで来た王女様。 けれど結婚式を挙げ、いざ初めての甘い夜……という段階になって、これは一年限りの白い結婚だなどと言われてしまう。 「白い結婚だなどといきなり仰っても、そんなの納得いきません。先っぽだけでもいいから入れて下さい!」 「あ、あなたは、ご自身が何を仰っているのか分かっておられるのですか!」 「もちろん分かっておりますとも!」 初恋の王子様とラブラブな夫婦生活を送りたくて、非常に偏った性の知識を頼りに一生懸命頑張る王女様の話。 「ムーンライトノベルズ」様でも公開しています。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...