上 下
9 / 29

生真面目夫の場合(3)

しおりを挟む
 彼女にとっては不本意な結婚であっただろう。何よりも倍以上も年の離れた男を夫としたのだ。
 未成年であった彼女を守るためにはそれしか方法が思い浮かばなかったし、何しろアトロからの願いでもあったのだ。

「着替えは、準備してありますので」

 浴室を出ようとする彼女に、思わず視線を向けてしまった。
 目が合った。

 だが、それよりもしっとりと濡れそぼる彼女の全身が目に入った。
 こちらに向いている彼女の上半身。濡れたシュミーズから透けるその身体。
 膨らみのある胸元から透けて見える赤い果実。

(まっ、まずい。これは、見てはいけないやつだ。落ち着け、俺。……団長、これは事故です。わざとじゃありません)

 急いで視線を逸らすと、アトロのことを考える。
 ガラス戸の向こう側にうつる彼女を見て、ほっと息を吐いた。
 とにかく妻となったオリビアであるが、「可愛い」の一言に尽きる。

 いや、好きだ。
 ぎゅーして、ちゅーして、まぐわいたい。

 どこか幼さが残りながらも、必死に家を守ろうとする姿。双方が微妙に絡み合って、さらに彼女の魅力を引き立てている。
 凛とした姿勢を見せながらも、どこか危うさを感じる。

 そんな彼女は、結婚した今でも、たくさんの男から言い寄られているにちがいない。

 何しろ、彼女の結婚相手はクラークなのだから。
 あんな男より、俺の方がいいだろう、と誘ってくるような男がいるはずだ。

 クラークは湯につかりながら、ぐっと拳を握りしめた。

 先ほどまで抱き抱えていた彼女の身体は柔らかかった。年甲斐もなく反応した。それを悟られないようにと、体勢を整えていた。

 彼女には気づかれていないはずだ。

 十八歳。成人を迎えた彼女。
 とうとう彼女を解放するときがきたとも思う。
 だけど手放したくないとも思う。

 妻となった彼女を抱いていないのは、アトロとの約束があるからだ。彼から受けとった手紙に書いてあったからだ。

『オリビアのことを頼む。だが、成人まで手を出すなよ(笑)』

 かっこ笑いが、クラークの心を読んでいるようで恐ろしかった。アトロはクラークの心をまるっとお見通しなのだ。年甲斐もなく、彼女に片思いしていた気持ちまで。

 オリビアを知ったのは、彼女が十歳のとき。クラークがアトロの屋敷に遊びに行った時だ。危なっかしい手つきで、おもてなしをする彼女の姿に目を奪われた。
 デザートを運ぼうとしている彼女が、緊張のために絨毯に足を引っかけた時、一番近くに座っていたクラークがその身体を支えた。彼女は転ばなかったし、もちろんデザートも無事だった。

 それ以降、オリビアはクラークに懐くようになった。
 きっかけとは些細なことである。

 オリビアが十二歳を過ぎたあたりから、ぐんと体つきが大人になった。背は伸びて、体つきが丸くなる。

 彼女が十五歳になったとき、クラークはアトロに言われたのだ。

『オリビアを守って欲しい。あの子は、なぜかお前に懐いているからな。お前なら、安心してあの子を頼める』

 彼女を守る――。

 まるで彼女の専属騎士になったような高揚感に包まれた。その肩書だけでも充分だと思っていた。

 だからこそ、その約束がなければ、間違いなく手を出していただろう。クラークだって聖人君子ではない。むしろ、彼女とまぐわいたい。

 隣で好きな女性が無防備な姿で眠っていたら、むらむらとすることだってある。何しろ、彼女とはまぐわいたいと思っているのだから。
 そのたびにアトロとの約束を思い出し、己を御していたのだ。

(だが、オリビアは十八になった。これで彼女は、自分の意志で好きな男と結婚することができる……)

 十八歳になれば、親の同意なしに結婚ができる。

 クラークとオリビアの結婚は、彼女の保護者であるアトロの同意が必要だった。だが、その制限がなくなったのであれば、彼女には本当に好きな人と家庭を築いてもらいたい。

 その結果、彼女を失う羽目になったとしても、好きな人の幸せは願いたいのだ。

 何しろ、クラークは彼女を守る騎士である。

 それでも最後くらいはクラークも願いを叶えたいし、思い出が欲しい。

「少し、長い休みをもらうことができたんだ。君の誕生日を祝ってやれなかったし、誕生日の償いというわけでもないのだが、君さえよければ、どこか出かけないか?」

 食事の席で、そう彼女に提案した。
 彼女から返ってきた言葉は「考えておきます」だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

モラハラ王子の真実を知った時

こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。 父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。 王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。 王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。 いえ……幸せでした。 王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。 「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...