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姉の身代わりに

7.

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☆☆☆

 エリンが初めてリーゼルと出会ったのは、まだエリンが七歳の頃だった。マキオン公爵家のお茶会に、当時はまだ伯爵家の令嬢であったリーゼルが母親と一緒に参加していた。マキオン公爵夫人の噂もあってか、その娘であるエリンに近づこうとする子供たちはいなかった。遠巻きに自分たちが巻き込まれないような程度の距離を保って、見かけだけの付き合い。子供であるエリンにもそれを感じ取ることはできた。とにかくマキオン公爵夫人の醜聞に巻き込まれないように、という距離を保とうとしていることが。

 ――つまらない。

 同じような年の女の子が集まると聞いていた。だけど、つまらない集まり。のっぺらぼうの仮面をかぶった者たちの集まり。それは大人だけでなく、その子供たちも同様に。
 エリンは母親に一言告げると、お茶会の会場からこの庭へと逃げてきた。この庭はマキオン公爵家の自慢の庭である。庭師が丹精込めて手入れをし、それをエリンも手伝っていた。土いじりをするエリンを、母親は面白くなさそうに見ていて、その場を見られてしまうと激しく折檻された。

 ――うわぁ、きれーね。おかあさま。

 ――きっと、このお世話をされている方の心が優しいのでしょうね。お花は、世話をしている人の心を映すと言われていますからね。

 その声が気になってそちらの方へ足を向けると、一組の母娘。エリンに気付いた母親が丁寧に頭を下げる。

 ――綺麗なお庭でしょ?

 気づいたらエリンはそう声をかけていた。するとリーゼルはくしゃくしゃに顔を歪ませて「うん」と大きく頷いた。
 それがエリンにとっては、心にぽわっと光が灯るように嬉しかった。リーゼルの母親もエリンに幾言か声をかけてきた。だからエリンが庭について説明をすると、その母親も感心したように、彼女の話を聞いていた。

 ――エリンさま。また、あそびにきてもいいですか?

 ――ええ、もちろん。

 エリンはそう答えていた。
 だが、リーゼルとその母親はその後、遊びに来るようなことはなかった。
 そして、とうとうエリンの母親も、エリンと父親を置いてこの家から出て行ってしまった。マキオン公爵家の醜聞ともいえる出来事。

 それから一年後、学院に通う前にとエリンに家庭教師がつけられた。それがリーゼルの母であった。
 あの後、リーゼルの父は亡くなってしまったらしい。元々身体が丈夫ではなかったとか。そして、リーゼルの祖父の爵位はその父の弟、つまりリーゼルから見たら叔父が継ぐことになったとか。だから、リーゼルと母親は実家に戻った。
 伯爵家の方でもリーゼルとその母親を離れに住まわせようとしていたらしいのだが、最愛の人を失った場所に留まるのは辛いと、リーゼルの母親が口にしていた、とか。
 他人から聞いた話だから、それが事実かどうかはエリンにはわからない。

 そのリーゼルの母親が仕事を探していると聞きつけたエリンが、是非とも彼女に家庭教師をお願いしたいと父親に頼み込んだ。少し人間不信になりかけていた娘が、このように他人に興味を持ったことに驚いた父親は、リーゼルの母親をエリンの家庭教師として迎え入れた。

 リーゼルの母親は、家庭教師としても優秀だった。学院時代に、エリンが学年トップの成績を維持できていたのも、彼女の教えがあったからといっても過言ではない。
 悪知恵が働くエリンは、リーゼルの母親を自分の母親にしたいと言い出した。つまり、父親であるマキオン公爵家にリーゼルの母親と再婚をしろ、と迫ったのだ。エリンの言葉を聞いた二人がどう思ったかは知らないが、その後二人は再婚をし、二人の間には男の子が生まれた。だから、まんざらでも無かったのかもしれない。

 だけど、エリンには一つだけ許せないことがあった。リーゼルがエリンと出会ったことを覚えていなかったこと。それを母親に問い詰めると、きっとその後すぐに父親が亡くなってしまったから、記憶が混乱しているのかもしれないわね、と生まれたばかりの弟を抱っこしながら答えていた。

 ――それでも、あの子はね。またここに遊びに来ることを楽しみにしていたのよ。
 抱いてみる? と母親から受け取った弟は、エリンにも似ていたしリーゼルにも似ていた。この弟は二人を繋ぐ架け橋みたいな存在であると、エリンは思った。
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