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11.彼女がいなくなった日(4)

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 ヘンリーのその言葉に、コリーンは「ひっ」と息を呑んだ。髪は乱れ、目も充血している。

『とにかく、そこに座りなさい』

 急におとなしくなったコリーンは、ヘンリーの言葉に素直に従う。

『クロヴィス殿下にはまだ婚約者がいらっしゃらなかった。そこに聖女様が現れたのなら、そうなるのが自然だろう?』

 王太子と聖女。
 権力があり地位のある男女。
 となれば、そうなるのが自然なのだ。誰も文句は言わない組み合わせ。

『国家魔術師では、王太子の婚約者にはなれないよ』

 コリーンは爪を噛んだ。

『コリーン。君は聖女様の友達なのだろう? だったら、聖女様と仲良くして、周囲の者によい印象を与えたほうがいい』
『どういうこと?』
『未来の王太子妃にはなれなくても、未来の公爵夫人にはなれるかもしれない。そういうことだ』

 そこでやっと、彼女は爪を噛むのをやめた。ヘンリーの言葉を理解したようだ。

『わかったわ……。ウリヤナは私の友達だったんですもの。ウリヤナだって、慣れない王城は寂しいわよね』
『そういうことだ』

 ヘンリーの言葉を聞いて、コリーンは微かに微笑んだ。




 数日後、王太子クロヴィスと聖女の婚約が正式に発表された。

 聖女は神殿で生活をしているが、クロヴィスの婚約者として王城に足を運ぶことも増えた。

 そんなときは、コリーンが彼女と一緒にお茶を飲みながら、話に花を咲かせることもある。

 コリーンと聖女の関係は、可もなく不可もなく。まるで学院時代の友人に戻ったようだとも、コリーンは言っていた。
 それにコリーンは、王城で好ましい男性を見つけたらしい。
 相手は公爵家の嫡男で、ヘンリーもよく知っている人物だった。きっとあの相手なら、父親も反対しないだろう。むしろ、諸手を挙げて喜ぶかもしれない。よくやったと、コリーンを褒め称えるだろう。

 だが、一つが上手くいくと、一つがダメになるのはなぜなのだろう。

 ここのところ、王太子クロヴィスにはよくない噂がまとわりついていた。社交の場に、聖女ではない別の女性を連れだって参加している、とのこと。

 その様子を、ヘンリーも何度か目にしたことがある。つまり、噂ではなく事実。

 王太子と聖女の仲は冷え切っている――

 そう言った声すら聞こえてきた。

 コリーンがそれとなく探りを入れたようだが、そんな仲であっても二人の婚約は継続されたまま。
 国のために結婚するような二人だ。互いのそういった一時の感情を、大目にみているのかもしれない。

 それでも二人の距離は離れていく。

 幾度となく婚約が解消されるのでは、という噂もあった。
 そしてそれがとうとう現実となったのは、コリーンが聖女と認定されたからだ。

 二人目の聖女が誕生した。

 しかし聖女ウリヤナは、姿を消した。彼女がなぜいなくなったのかはわからない。

 その代わり、コリーンが聖女となり、王太子クロヴィスの婚約者となった。

 もちろん、この件にエイムズ子爵は反対しなかった。
 聖女を輩出した家には、聖女褒賞金が支払われる。それだけで、父親は上機嫌であった。
 だが、それとは裏腹にヘンリーの心はどす黒く染められている。

 コリーンは、エイムズ子爵家と縁を切った。聖女となった彼女は聖女であって、聖女以外の何者でもない。
 コリーン・エイムズという名の女性は存在しない。

 いるのは、聖女という女性。聖女はその名すら呼ばれることがない。

 コリーン・エイムズという女性はもういない。

 それは、青空が広がり、太陽が眩しいくらいに輝いている日の午後のことだった。
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