45 / 70
11.彼女がいなくなった日(4)
しおりを挟む
ヘンリーのその言葉に、コリーンは「ひっ」と息を呑んだ。髪は乱れ、目も充血している。
『とにかく、そこに座りなさい』
急におとなしくなったコリーンは、ヘンリーの言葉に素直に従う。
『クロヴィス殿下にはまだ婚約者がいらっしゃらなかった。そこに聖女様が現れたのなら、そうなるのが自然だろう?』
王太子と聖女。
権力があり地位のある男女。
となれば、そうなるのが自然なのだ。誰も文句は言わない組み合わせ。
『国家魔術師では、王太子の婚約者にはなれないよ』
コリーンは爪を噛んだ。
『コリーン。君は聖女様の友達なのだろう? だったら、聖女様と仲良くして、周囲の者によい印象を与えたほうがいい』
『どういうこと?』
『未来の王太子妃にはなれなくても、未来の公爵夫人にはなれるかもしれない。そういうことだ』
そこでやっと、彼女は爪を噛むのをやめた。ヘンリーの言葉を理解したようだ。
『わかったわ……。ウリヤナは私の友達だったんですもの。ウリヤナだって、慣れない王城は寂しいわよね』
『そういうことだ』
ヘンリーの言葉を聞いて、コリーンは微かに微笑んだ。
数日後、王太子クロヴィスと聖女の婚約が正式に発表された。
聖女は神殿で生活をしているが、クロヴィスの婚約者として王城に足を運ぶことも増えた。
そんなときは、コリーンが彼女と一緒にお茶を飲みながら、話に花を咲かせることもある。
コリーンと聖女の関係は、可もなく不可もなく。まるで学院時代の友人に戻ったようだとも、コリーンは言っていた。
それにコリーンは、王城で好ましい男性を見つけたらしい。
相手は公爵家の嫡男で、ヘンリーもよく知っている人物だった。きっとあの相手なら、父親も反対しないだろう。むしろ、諸手を挙げて喜ぶかもしれない。よくやったと、コリーンを褒め称えるだろう。
だが、一つが上手くいくと、一つがダメになるのはなぜなのだろう。
ここのところ、王太子クロヴィスにはよくない噂がまとわりついていた。社交の場に、聖女ではない別の女性を連れだって参加している、とのこと。
その様子を、ヘンリーも何度か目にしたことがある。つまり、噂ではなく事実。
王太子と聖女の仲は冷え切っている――
そう言った声すら聞こえてきた。
コリーンがそれとなく探りを入れたようだが、そんな仲であっても二人の婚約は継続されたまま。
国のために結婚するような二人だ。互いのそういった一時の感情を、大目にみているのかもしれない。
それでも二人の距離は離れていく。
幾度となく婚約が解消されるのでは、という噂もあった。
そしてそれがとうとう現実となったのは、コリーンが聖女と認定されたからだ。
二人目の聖女が誕生した。
しかし聖女ウリヤナは、姿を消した。彼女がなぜいなくなったのかはわからない。
その代わり、コリーンが聖女となり、王太子クロヴィスの婚約者となった。
もちろん、この件にエイムズ子爵は反対しなかった。
聖女を輩出した家には、聖女褒賞金が支払われる。それだけで、父親は上機嫌であった。
だが、それとは裏腹にヘンリーの心はどす黒く染められている。
コリーンは、エイムズ子爵家と縁を切った。聖女となった彼女は聖女であって、聖女以外の何者でもない。
コリーン・エイムズという名の女性は存在しない。
いるのは、聖女という女性。聖女はその名すら呼ばれることがない。
コリーン・エイムズという女性はもういない。
それは、青空が広がり、太陽が眩しいくらいに輝いている日の午後のことだった。
『とにかく、そこに座りなさい』
急におとなしくなったコリーンは、ヘンリーの言葉に素直に従う。
『クロヴィス殿下にはまだ婚約者がいらっしゃらなかった。そこに聖女様が現れたのなら、そうなるのが自然だろう?』
王太子と聖女。
権力があり地位のある男女。
となれば、そうなるのが自然なのだ。誰も文句は言わない組み合わせ。
『国家魔術師では、王太子の婚約者にはなれないよ』
コリーンは爪を噛んだ。
『コリーン。君は聖女様の友達なのだろう? だったら、聖女様と仲良くして、周囲の者によい印象を与えたほうがいい』
『どういうこと?』
『未来の王太子妃にはなれなくても、未来の公爵夫人にはなれるかもしれない。そういうことだ』
そこでやっと、彼女は爪を噛むのをやめた。ヘンリーの言葉を理解したようだ。
『わかったわ……。ウリヤナは私の友達だったんですもの。ウリヤナだって、慣れない王城は寂しいわよね』
『そういうことだ』
ヘンリーの言葉を聞いて、コリーンは微かに微笑んだ。
数日後、王太子クロヴィスと聖女の婚約が正式に発表された。
聖女は神殿で生活をしているが、クロヴィスの婚約者として王城に足を運ぶことも増えた。
そんなときは、コリーンが彼女と一緒にお茶を飲みながら、話に花を咲かせることもある。
コリーンと聖女の関係は、可もなく不可もなく。まるで学院時代の友人に戻ったようだとも、コリーンは言っていた。
それにコリーンは、王城で好ましい男性を見つけたらしい。
相手は公爵家の嫡男で、ヘンリーもよく知っている人物だった。きっとあの相手なら、父親も反対しないだろう。むしろ、諸手を挙げて喜ぶかもしれない。よくやったと、コリーンを褒め称えるだろう。
だが、一つが上手くいくと、一つがダメになるのはなぜなのだろう。
ここのところ、王太子クロヴィスにはよくない噂がまとわりついていた。社交の場に、聖女ではない別の女性を連れだって参加している、とのこと。
その様子を、ヘンリーも何度か目にしたことがある。つまり、噂ではなく事実。
王太子と聖女の仲は冷え切っている――
そう言った声すら聞こえてきた。
コリーンがそれとなく探りを入れたようだが、そんな仲であっても二人の婚約は継続されたまま。
国のために結婚するような二人だ。互いのそういった一時の感情を、大目にみているのかもしれない。
それでも二人の距離は離れていく。
幾度となく婚約が解消されるのでは、という噂もあった。
そしてそれがとうとう現実となったのは、コリーンが聖女と認定されたからだ。
二人目の聖女が誕生した。
しかし聖女ウリヤナは、姿を消した。彼女がなぜいなくなったのかはわからない。
その代わり、コリーンが聖女となり、王太子クロヴィスの婚約者となった。
もちろん、この件にエイムズ子爵は反対しなかった。
聖女を輩出した家には、聖女褒賞金が支払われる。それだけで、父親は上機嫌であった。
だが、それとは裏腹にヘンリーの心はどす黒く染められている。
コリーンは、エイムズ子爵家と縁を切った。聖女となった彼女は聖女であって、聖女以外の何者でもない。
コリーン・エイムズという名の女性は存在しない。
いるのは、聖女という女性。聖女はその名すら呼ばれることがない。
コリーン・エイムズという女性はもういない。
それは、青空が広がり、太陽が眩しいくらいに輝いている日の午後のことだった。
46
お気に入りに追加
2,328
あなたにおすすめの小説
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる