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9.彼女と別れた日(1)

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 カール子爵家は、昔から続く名門ではない。今の子爵の二代前が、商売で成功して財を築き、空いていた爵位と領地を授かったのだ。

 だからなのか、カール子爵は謙虚な男であった。

 誰よりも民のことを考え、そこに資金をつぎ込む。自分のことよりも他人に金を使うような人柄でもあった。
 それもあってか、民からの評判はよかった。どこの領地よりも、生活しやすい場所という声も聞こえている。

 しかし、そんなカール子爵にも欠点はある。それは、金勘定が苦手なこと。三代前は商人の出であったため、そういった苦労はなかったようだが、今のカール子爵は数字にめっぽう弱かった。

 帳簿の内容は確認するものの、それが合っているかどうかは、すべて家令に任せてある。カール子爵の仕事は、帳簿に押印するのみ。
 それが悪かったのだろう。

 ある日、娘のウリヤナから、帳簿の内容について指摘を受ける。

『お父様、こちら、数字が合っておりません。今、金庫にどれくらいの資産があるか、ご存知ですか?』

 その言葉で気づかされた。

 すべてを任せっきりで、その資産すら把握していなかったのだ。
 ウリヤナと共に帳簿を手にしながら、別邸の金庫を確認する。
 案の定、合っていなかった。

 それからすぐに帳簿を再確認し、別邸と本邸の資産を算出し直した。あっていなかったのは、別邸の金庫の資産だけ。だが、額が大きい。

 カール子爵は、眉間に深くしわを刻む。計算違いでゼロを一つ間違えたかとか、そういった問題ではなさそうだ。
 むしろ、誰かがここから盗んでいると考えるのが無難だった。

『お父様……。どうやらイーモンが……』

 驚くことに、ウリヤナがそう切り出した。

 イーモンはウリヤナよりも二つ年下の弟であり、次期カール子爵として期待している息子でもある。
 十歳から通う王都の学院に通っているが、最近、付き合っている友達がよくないようだと、ウリヤナが言っていた。

『だが、イーモンはまだ十三歳だ。勝手に金庫の金を使おうとまで考えるのか?』

 彼は学院に通い始めて三年が経ったころ。中だるみという言葉もあるように、学院の生活にも慣れ、程よい緊張感から解き放たれた頃だろう。だからって、家の金に手をつけるような子だとは思えない。

『そうですね。お父様のおっしゃる通りではありますが……』

 ウリヤナは何か考えた様子ではあったが、彼女もまだはっきりとしない何かがあったのだろう。

 特に何かを明言したわけではないが、しばらくはイーモンの様子を見守るということで、その場は終わった。
 しかし、カール子爵もウリヤナもはっきりと目にしてしまった。彼は勝手に金庫を開けて、金を持ち出していた。
 それは、しばらく続く。

 やめさせようと声をかけたこともあったが、その金を倍に増やすからと彼は言うのだ。これは何かがおかしい。
 ウリヤナと相談し、その儲け話を詳しく聞くことにした。

『お父様も、イーモンの投資話に興味がある振りをするのです。資金を出してもいいと』

 そうやってイーモンを信じ込ませ、なんとか彼の言う投資話を耳にすることができた。
 だが、イーモンの言っていることが的を射ていない。まるで、金だけを奪われるようなそんな話なのだ。

 それでもイーモンは、相手を信じ、自分を信じ、お金が増えると思っている。
 これは何かおかしい。そう思いつつも、何もできない。
 イーモンがこれ以上金庫から金をとらないようにと、その対策をするしかできなかった。

『ウリヤナ……すまない。私が不甲斐ないばかりに……。君に新しいドレスを仕立てるだけのお金がないんだ』

 ウリヤナはデビュタントを迎えようとしていた。だが、別邸で管理していた資金の多くを失ったために、それにかけるお金がない。
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