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第3話 恋人

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「私、あなたのことがとても好きだと思うの」

さっきまで、目を閉じ肩で息をしていた彼女が少し落ち着いた様子で言った。

頑張ったのは僕だ。彼女とは運動量が違う。

彼女のお腹にかけてしまったものをティッシュで拭いて、ペットボトルのお茶を飲み、ドサっという感じで彼女の横に倒れた(寝た)ところだった。

僕はまだ、息が荒い。

「ん?」

「お腹の上に、貴方あなたの暖かいものがピューってかかるのが判るの」

「・・・うん」

「前の彼にも生がいいと言われて、やってたけど、最後にお腹にかけられるのが気持ち悪くて嫌だった」

やっぱり、生が嫌なのかなと思って言った。

「コンドーム使おうか?」

「ううん、違うの。貴方の場合は、お腹の上にかけられたときに、ああ、逝ってくれたんだ、と思って、貴方の身体の一部がかかっているようで、うれしいの。相手の人によって全然感じ方が違うんだなぁって思って。前の彼、そんなに好きじゃ無かったのかなぁって」

その時はそんなものかと、あまり深く考えてなかったが、何故かその言葉を覚えている。

この彼女とは、僕が技術チームのリーダ、彼女が営業担当で初めて組んでプロジェクトを成功させた。

その打ち上げで、彼女が偶然横に座り(後で聞くと、偶然ではなかった)、宴会の途中で誰にも判らないように、僕の手を握ってきたのがきっかけで付き合い始めた。

性格は全く違った。明るく自然と人が集まる彼女。どちらかと言えば、静かな僕。

大酒飲みの彼女。酒に弱い僕。

平気で目立つことをする彼女。目立つことは避ける僕。

実は彼女との最初のセックスは、たまたまラブホテルの前を通った時に、彼女が急に手を引いて僕をホテルに連れ込んだ時だった。

でも何故か気が合い、喧嘩も全くしなかった。

そして彼女は5歳年下だったけれど、年齢差を感じさせなかった。

何ひとつ、僕にわがまま言わなかったけれど、そんな彼女が僕にひとつだけお願い事をしたことがある。

六甲山は夜景の名所だ。色々なところで美しい夜景が見られる。僕は神戸出身なので、夜景の見える場所を良く知っていて、彼女と車に乗ってデートで訪れていた。

ある冬の日、彼女が知っている夜景の見られる場所に行った。僕は全く知らない場所だった。
どう見ても道路途中の駐車場で他に何も無い。・・・が、足下に夜景が拡がりる、素晴らしい場所だった。

「すごい・・・」言葉を失い見とれていると、彼女が「きれいでしょう?」と言って僕の腕にしがみつき、頭をもたせかけた。

寒くて、しばらくお互い抱き合うように寄り添っていた彼女が言った。

「お願いがあるの」

「ん? 何?」

「私と別れた後も、ここからの夜景を他の女性ひとと見ないで欲しいの」

僕は、別れた後、にどう答えて良いのか迷って少し回答を躊躇した。

「ダメか・・・。別れた後の事まで約束するのは・・・・」

「いや、約束する。ここからの夜景は、お前としか見ない」

すると、急に顔が明るくなって、言った。

「ウソつき!! でもウソでも嬉しい!!」

僕はその約束をずっと守っている。

そして、きっと、これからも守る。

第3話 完
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