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憂鬱な前夜
しおりを挟む「伊織、なんか疲れてないか?」
「ああ、疲れに疲れきってるよ────勝手に部屋に入ってくるお前のせいでな!!」
ある日の放課後。
今日も今日とて俺のオアシスに遠慮なく踏み込んできた黒柳に叫ぶ。
親しき仲にも礼儀ありって言葉を知ってるか?できれば俺の胃をいたわってほしいんだが。
「勝手にじゃない。ちゃんとノックしたぞ?」
「ドアを叩き壊す勢いでノックされたら開けざるを得ないだろ……」
そんなに強く叩いてないけどなー?と首を捻る黒柳に冷たい視線を送る。
このゴリラが。
「……まあ、実際お前のマイペースさにも疲れてはいるけど……やっぱ何よりも転校生の面倒を見るのが疲れる」
「転校生って……小鳥遊?」
「そう、あいつがあちこちで騒ぎを起こしまくってんだよ……。
ていうか、その騒ぎの原因の一端は、お前ら生徒会にあるんだけどな」
「あー……『転校生は生徒会のお気に入り』ってやつ?」
黒柳はまるで他人事のように言うが、この噂は今や学園中の誰もが知っている。
いわく、あの怒らせると怖い俺様生徒会長が、転校生にはタメ口を許しているらしい。
いわく、高嶺の花の副会長が、転校生には親身になって面倒を見てあげているらしい。
いわく、相手に困っていないはずの生徒会会計が、親衛隊でもない転校生を自ら誘っているらしい。
いわく、頼まれたら快く部活の助っ人に来てくれていた生徒会書記が、今では放課後の時間をすべて転校生と過ごしているらしい。
この噂は、全くのデマというわけでもなく、俺の目から見ても限りなく真実に近い。
だからこそ、ダメなのだ。
「これはさすがにさぁ……荒れるに決まってるだろ」
非難の意味を込めて黒柳を見れば、黒柳は困ったような顔をして唸った。
「うーん、こっちとしても理事長から面倒見ろって頼まれてるからな。
会長がそれをOKしちゃったから、もう生徒会としては転校生の面倒を見きるしかないんだよ」
風紀にも生徒会にも面倒見ろって言ったのかあの理事長。
どんだけ厳重警護なんだよ。
「そんだけ大事にされる転校生って、一体何者なんだ……」
「俺もさぁ、理事長の血縁か何かだと思って会長に聞いてみたんだけど、会長いわく今の鳳家の分家には子息がいないし、そもそも天城派閥にすら小鳥遊なんて家は存在しないらしい」
「じゃあ、理事長はただの生徒にこんなに気を配ってるっていうのか?」
「それはそれで俺もおかしいとは思うけど……今のところは、情報が出るのを待つしかないな。
会長が『確かな筋』に頼んでおいたらしいから」
「お金持ちが言う『確かな筋』ってなんか怖いんですけど……」
どこかの裏組織とかだったらどうしよ……。うん、怖いから突っ込まないでおこう。
「まあ、何か分かるまではこの状況は続きそうだな……伊織、大丈夫か?」
「大丈夫ではないけど……頑張るしかないよな……」
がくん、と項垂れると、黒柳の手がよしよしと俺の頭を撫でる。
普段なら子ども扱いすんな!と振り払うところだが、今はそんな気力もない。
すでに疲弊しきっている俺だが、実はそれを上回るほどに憂鬱なことがある。
「てかさー、明日じゃん?……新入生歓迎会」
「……うん。てか、俺ほんとはその話がしたくて来たんだけど」
突っ伏したまま、顔をあげずにため息をつくと、黒柳から気遣うような視線が届いた。
どうやら、彼なりに俺を気遣って話題にしないようにしてくれていたみたいだ。
あの超マイペースな黒柳にさえ気を遣わせるほど、俺は疲れた顔をしていたらしい。
「うん……正直言ってめっっちゃ憂鬱。問題が起こる気しかしないんだよなー……」
転校生が来てまだまもないというのに、もう新入生歓迎会がやってきてしまった。
この短期間で騒ぎを起こしまくった転校生が、明日の超大イベントで何もしないわけがない。
絶対に面倒なことになるであろう予感がひしひしとしている。
「ほんと、タイミングが悪すぎるんだよ。せめて新歓が終わってから転校して来てくれたら、もうちょっと楽だったのに……」
「たしかに、この時期にピンポイントで転校生してくるってすごいよな。これが『王道』の力か……」
「もうやだ……」
俺は半泣きになりながら情けない声を上げた。
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