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9話 なんか私、すごい惚気られてます?

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 顔を拭った後、流石に全身が砂っぽかった為クリーンを掛けて服を着替えた。

 タオルも、普段は自分の物を使っているからどうすればいいのか勝手が分からず、とりあえず同じくクリーンだけ掛けて部屋の窓辺に日干しすることにした。

 夕食の時間も多分昨日と同じくらいでいいだろうとアタリを付け、もて余した時間で今日拾ったもぐらの魔石__本当はもぐらじゃなくて小型土竜(どりゅう)バクキード、私はめんどくさいからもぐらもぐら言ってたけど、似たようなもんだしぶっちゃけ漢字で書けば同じだからこの際気にしないことにする。

 そのバクキードの魔石をどう処理するかについてだ。

 全部ギルドに持っていってもいいけど、ぶっちゃけ金なら持て余してるし、気のせいならいいけど今回のバクキードで昼間の彼らに足付けられるのはちょっと嫌なんだよね。

 だって薄緑のお兄さんならまだしも、眼光鋭い方のお兄さんはめっちゃ怖いんだもん。めっっっちゃ見られてたし。

 それに魔石を持ってようが無かろうが、どちらにせよギルドに行くってなったら変に目立つから嫌なんだよなぁ。

 もうこの際、前々から言ってた肉体生成でマジモンの男性になってみるか?

 ………………なんか、すごく負けた気がして嫌だ。

 私はあくまで男装女子で頑張るゾイ!!!!

 まぁ、とりあえず明日はこの町から出てギルドのある町へ向かおう。

 そんで魔石は半分は売って半分は調合かなんかで実験してみよう。

 そうと決まれば今日はお待ちかねの女将さんが自慢してたクッルゥの包み焼きだからそれ食べてエネルギーチャージだな~!!





######





 周りの騒動に惑わされることなく一人静かに酒を煽る男、ヴィクトール・ロペス・クヴェルグは昼間に出会った少年__玲奈について考えていた。

 マルクは気がついていない様子だったが、あれは少年が膨大な魔力を使った跡で間違いないだろう。

 巧妙に魔力の残滓や魔獣の処理を隠していた様子だと、少なくともマルクより上……下手をしたら俺と同じレベルの冒険者かと考える。

 気掛りなのはそれだけじゃない、匂いや容姿、声、喋り方……感じうる己の全ての五感で違和感があった。

 あの少年のブルーシルバーの髪、少し青みがかったシルバーの瞳、あのシャツ越しからも伺える未発達な筋肉と華奢な体躯。

 子どもにしては落ち着いた優しい低めのアルトボイスはまだ声変わりをしていないせいなのか、普段ならここまで気にすることはないが気になってしょうがない。

 なぜだか、あの少年を__あの少年の全てを暴きたいと願わずにはいられない。

 ヴィクトールは元々騎士団所属で団長まで上り詰めた男だった。

 だが本来は亡国、黒銀狼(こくぎんろう)の国の王族の末裔であり、人間の見た目に近ければ近いほど獣人になる進化過程で得られた能力が高く純粋な肉体レベルが桁違いで、より己の本能と遺伝子に見合う番を求める習性がある。

 玲奈が日々頓服してる獣人用のホルモン剤があってしても、男の無意識下に玲奈と己の遺伝子を嗅ぎ分け、純粋な雄としての欲を持ち始めたのであった__





######





「うっ……わぁ~~~っ!! クッルゥの包み焼き……すごく、美味しそう……いただきます」

「うふふ、熱いから気をつけて食べてね」

 玲奈の目の前にはキノコ類がふんだんに使われたクッルゥ(これもキノコの類いだが味は完全に白身魚に近い)を目の前にし、包み焼き特有のソースの染み込んだ肉厚のソテーで喉によだれが溜まるのが分かる。

 女将さんはニコニコと嬉しそうに私を眺めていて少し気まずいが空腹には勝てずにフォークに突き刺して一思いにかぶり付く。

「おぃひぃ……女将さん、これすごく美味しいです……!!」

 ついつい熱くてハフハフと口で咀嚼しながら堪らずに女将さんに告げる。

 すると女将さんも満更ではないのかどこか上品に笑った。

「でしょう? 私が旦那に初めて褒めて貰った料理なのよ?」

「えっ、そうなんですか?」

 食べながらも意外すぎる事実に女将さんの顔を覗く。

「ええ、わたし旦那よりうんっと料理が苦手でね? 結婚した当初はまともに包丁すら握れなくて……旦那にいつも料理を頼んでたの」

「意外と言うか、なんというか……元からお料理上手そうに見えました」

「ふふっ、よく言われるわ だから初めて旦那の好物を聞いてみて隠れて練習してたのもこの料理……とても大切な思いでの料理なの」

「それは……なんか私、すごい惚気られてます?」

「あらっ、わかっちゃった? ふふふっ、でも……だからね最近随分物騒だったから、久しぶりに作ったこの料理が旅人さんにも褒めてもらって本当に嬉しいのよ それに、どうしてかあなたを他人だとは思えなくて」

 嬉しそうに語る女将さんとは裏腹に、私の内心はあの旦那さんの視線で人を殺す勢いのアレがないかとビビって厨房を覗く。

 旦那さんは澄ましながらもどこか照れた様子でこちらを伺っているようだった。

「あの、気持ちはありがたいんですけど……旦那さんおっかないんで」

「あらあら、うふふっ……これは私たち二人の気持ちよ? だからどうか、またこちらに遊びに来てね? ここはあなたの帰りを待つ場所なんだから」

「えっ……いや、あの……でも」

「帰る場所があるのはきっと、安心できることだから……いつか、あなたが内緒にしてることも教えてほしいわ」

 最後の一言に一瞬驚き身構える玲奈だったが、女将さんの優しいアイボリー色の瞳を覗くとただただこちらを慈愛をもって見つめていた。

 私はいままで、なんやかんやと理由を付けて人と関わるのを避けてきたし、まともに人の顔すら見ようともしてなかった。

 こんなにしっかりと相手の顔を覗き、瞳を見つめるのは随分と久しぶりな気がした。

「……玲奈です」

「うん、レーナ?」

「私の名前です」

「そう、レーナ……綺麗な響きね! 私はプリスよ、旦那はネテオ」

「プリスさん、ネテオさん……その、本当に色々とありがとうございます」

 最後の辺りはなんとなしに気恥ずかしくて、掻き込むように夕食を頂き先程借りたタオルを返す。

「あら、もう乾いたの? ずっと思ってたけど随分レーナの匂いは薄いのね……これだと番も見つけにくいんじゃないかしら」

「あれ、プリスさんも獣人なんですか?」

「ふふふ、ええ。 私はとても人に近いから本能も強くて……旦那を口説くのに苦労しちゃったわぁ」

「え"ッ!?!?」

 バッと首を反射的に厨房に向けると頭部にある耳をピクピクと動かし、片手で顔を覆うネテオさんが居た。

「ふふふっ、いつかレーナも番が見つかるといいわね」

 この世界に来て若干人間不信になった玲奈がなんの損得なしに初めて優しくされ、かつ甘えられる環境に身を置いたと思ったつかの間、その安寧の地の主は案外強かなのかもしれない。





∞∞∞∞∞∞

何ヵ所か誤字を修正しました。
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