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31話 主の不在(前編)

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「じゃあ、リオンと家の事はよろしくね。みんな」
「はい、奥様」
「モニカ、そろそろ出るぞ」

 心配そうな表情の奥様と司祭様を乗せて、馬車は教会を出発した。この土地の領主、ハワード公爵の晩餐に招かれたのだ。向こうで一泊してくるので、まだ小さいリオン坊ちゃまの為に今回私たちは泊まり込みとなった。

「正直、三人も要らない気がするんだけどね」
「ケリーさん、それだけリオン坊ちゃまが気がかりなんですよ。ねー、坊ちゃま」
「あんまー」

 事情の分かってないリオン坊ちゃまは無心に手をにぎにぎしている。夜中になったらママが居ないことに気が付くかな……ちゃんと寝てくれるといいけど。

「とは言え、旦那様も奥様も居ないからいつもよりヒマなのは確実よ。たまには羽根を伸ばしましょうよ」

 うーん、と伸びをしながらセシリーがのんびりと言った。主不在の屋敷にはなんとなくいつもと違う空気が流れている。

「じゃ、早速ちゃちゃっと掃除をするかね。そしたら今日は長めのお茶にしよう。林檎のケーキを焼くよ」
「やだ、私ケリーさんのケーキ大好きよ。沢山焼いて。アンナマリーも好きよね」
「あ、うん。じゃあ私寝室の掃除しちゃうから」

 さーてそれじゃ、午後にゆったりするためにいそいそと仕事にとりかかりますかね。交代でリオン坊ちゃまの子守をしながら、昼食をとりつつ二階の寝室のシーツを替え、窓を拭き洗い物を済ませた。厨房には香ばしい香りが漂ってくる。お待ちかねのお茶の時間が近づいて来ている。はあ、いい匂い。お昼食べたけどもうお腹が空いちゃった。この身体は食べ盛りだもんね。

「あら、お一人でいらしたんですか?」

 空腹を抱えながら階段の掃除をしていると、表玄関を掃いていたセシリーの声が扉の向こうから聞こえて来た。

「セシリー、どなたかお客様?」

 扉を空けるとそこにはエメラインお嬢様が立っていた。

「アンナマリー、なんで全然来てくれないの?」
「あらら……」

 平和な村だから多分平気だろうけど、こんな良いところのそれも美少女が一人歩きはいただけない。

「おうちの方にはちゃんと言ったんですか?」
「うう……だって待ちくたびれちゃったんだもの……」

 しゅん、としょげかえるエメラインお嬢様を見ているとなんだかこっちが悪いことした気分になっちゃうわね。

「アンナマリー。私、エインズワース邸に伝えて来るわ。エメラインお嬢様のお相手をお願い」
「悪いわね、セシリー」
「良いわよ。あ、ケーキは私の分残して置いてよ!」

 セシリーはそう言い残すと、外へ駆けだして行った。さて、どうしよう。本来なら居間にお通しするべきなんだろうけど旦那様も奥様も出かけているし、厨房のテーブルでいいかしら。

「エメラインお嬢様、それじゃあこっちへどうぞ。そろそろ私たちお茶にするつもりだったんです」
「まあ。私、お茶会に呼ばれるのははじめてよ」

 お茶会、って言う程大げさじゃないですけどね。それでもエメラインお嬢様は目をキラキラさせて厨房を眺めている。

「見た事ないものがいっぱい……! これは? アンナマリー」
「それはオーブンです。あ、さっきまでケーキを焼いていたので熱いですから気をつけて」
「おやおや、小さなお客様だね」

 振り返るとリオン坊ちゃまを抱いたケリーさんが後ろに立っていた。

「お茶会にお招きいただきありがとうございます」
「いえいえ、どうも。それじゃあお湯が沸くまで坊ちゃまと遊んでいてくれるかい」
「ええ!」

 ケリーさんはリオン坊ちゃまをゆりかごに寝かせると、ケトルにお湯を準備しはじめた。お客様に赤ん坊をわざわざ見せたりはしないから、二人は実質初対面だ。

「わぁ……小さい手……」
「この小さい手でスプーンを持ったり、私やセシリーの髪を引っ張ったりしますよ」
「あら本当に? ふふふ、やんちゃなのね」

 エメラインお嬢様はここに来た当初はまるで人形のようだったけれど、良く笑うようになったなぁ。笑うとうっすらとえくぼが出来るのね。本当に可愛らしい。

「おまたせー」
「あ、セシリー。随分かかったわね」
「うん、ちょっと家に寄ってて。ほらこれ」

 そういってセシリーが取りだしたのはカードだった。そうして片目を瞑りながら、エメラインお嬢様に微笑みかける。

「後でこれで一緒に遊びましょう。エメラインお嬢様、私ともお友達になってくれますよね?」
「もちろんよ!」
「さあ、お嬢さん方お茶が入ったよ」

 いっけない。お喋りに夢中になってケリーさんに任せきりになっちゃった。私たちは厨房のテーブルに着いた。温かいお茶がカップに注がれる。温かい焼きたての林檎のケーキが切り分けられる。これ、時間を置いても美味しいのよね。リクエスト通りに沢山焼いてくれたみたいだから後からも楽しめそう。

「エメラインお嬢様、クリームは?」
「いっぱい乗せて」
「はいはーい」

 林檎のケーキにゆるく泡立てた真っ白い生クリームがとろりとかかる。エメラインお嬢様はそれを下から覗き混むように眺めている。

「それじゃあ頂きましょうか」
「はーい」

 ああ、やっぱりケリーさんの林檎のケーキは絶品だわ。今度レシピを教えて貰おう。私たちはゆっくりとお茶を戴くと、その後カードゲームに興じた。

「あ、またアンナマリーの負けー」
「エメラインお嬢様は連勝ですね」
「手加減してくれなくていいのよ、アンナマリー」
「ははは……」

 言えない。本気でやってさっきから負け続けているなんて……。主不在の屋敷の中で、午後の時はゆっくりと流れていった。
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