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35話 蜃気楼②
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『お願い逃げて』
穂乃香のその言葉に三人とも顔を見合わせた。
「逃げてって……どういう事だい」
ようやっとミユキが穂乃香に問いかける。
『東京から逃げて。出来るだけ遠く』
「東京からってなにかあるのかい」
『これから大変な事が起こるの。危ないからみんなに逃げて欲しいけど……こんな事誰も信じないでしょ』
「大変な事……」
穂乃香の言葉を聞いて、ミユキは思案した。
「それはあの東方朔が関係しているのかい?」
『……! お母さん、それをどこで』
「どこもなにも本人がやってきて厄災が起こると宣言していったよ。あいつは瑞葉を狙って襲ってきたんだ」
『瑞葉を……?』
穂乃香が息を飲む気配がした。衛はしびれを切らして穂乃香に呼びかけた。
「なぁ、穂乃香。家族なんだ。内緒事は無しにしよう。いままでの事を話してくれよ」
『衛さん……』
「ママ、瑞葉も友達がいるの。梨花ちゃんに蓮君に知佳ちゃんに白玉に……。だから自分だけにげるなんてできないよ」
『そう……』
衛と瑞葉とミユキは固唾を飲んで穂乃香の次の言葉を待った。しばらくの無言の後に、穂乃香はこう語りはじめた。
『まず……私が居なくなったのは、今度の厄災を止める為だったの』
「そうだったのか。何か言ってくれたら良かったのに」
『ある日、龍神様が私の所に来て言ったのよ。家族を守りたかったら自分の所に来て救世の手伝いをして欲しいって……私、どう説明していいか分からなくて……ごめんなさい衛さん』
「うん……」
衛は穂乃香に言われてから、今なら龍神だのなんだのと言われてもなんとも思わないが、あの時言われてたら理解できたかどうか分からないな、と思った。
「それで瑞葉には自分に付いて行くか俺に付いていくか選ばせたのか」
『まぁ、瑞葉ちゃんと覚えていたのね』
「ちょっと待っておくれ、あたしは龍神様から何も聞いて無いよ」
『龍神様は新しい巫女の最初の仕事だと行っていたわ……体力的にお母さんは無理だろうって』
「まったく、あたしも舐められたもんだね」
ミユキは穂乃香の話にふてくされたように鼻を鳴らした。
『お母さん、私が龍神様にやらせて下さいってお願いしたの。私、その時感謝したのよ。龍神の愛し子である事で手ずから家族を守る事が出来るって』
「それであたしの所にはがきを寄越したのかい……何かと思ったよ」
『ええ、衛さんはさびしがりだし瑞葉は甘えん坊だから。お母さんならなんとかしてくれると思って』
「おかげで毎日賑やかだ」
衛はそれでミユキが家までやってきたのか、と気づいた。穂乃香の居なくなった経緯はこれで分かった。
「それで……穂乃香は今どうしているんだ?」
『龍神のお使いで六道を巡って人やあやかしを助けているの』
「六道?」
「衆生……人々が輪廻転生する六つの世界のことだよ」
「……はぁ」
「もっと砕けて言うとあの世で龍神の代わりに仕事をしてるってことさ」
「なるほど!」
これで東方朔の言った穂乃香は地獄にいるという意味が分かった。
「そっ、それで帰ってこられるのか、そのりくなんとかから」
『ええ、龍神様は私がお手伝いをしている間に厄災を抑えてくれるって約束をしてくれたの』
「それじゃあ、もう帰って来てもいいんじゃないか?」
衛がそう言うと、穂乃香は口を閉ざししばらくして絞り出すように声を出した。
『それが……龍神様が抑えている災厄をこじあけようとしてくる奴らが現れて……』
「それが東方朔って事か」
『ええ……もう間に合わないかもしれない。だからあなた達だけでも逃げてくれればと……』
「穂乃香……災厄って具体的にはなんだい」
『大きな竜巻よ。龍神様はその身を渦に投じて……』
衛がさらに問いかけるが、穂乃香の声は段々ブツブツと途切れるようになりやがて沈黙した。
「穂乃香……」
「この話が本当なら、東京はひどい事になるね」
「ミユキさん」
瑞葉はもう声を発さなくなったタニシにママ、ママと呼びかけている。
「瑞葉、ママは頑張ってるそうだ。俺達も……頑張らなきゃ」
「パパ?」
「そうだね、瑞葉のパパはこういう時は妙に度胸があるね」
「ミユキさん」
瑞葉を抱きかかえる衛の隣に立ったのはミユキだ。
「勝手に隠居あつかいされちゃ、困っちまうよ。衛、覚悟はいいかい」
「はい」
「瑞葉、ママのお手伝いに行くよ。お友達も助けなきゃね」
「うん、分かった! 瑞葉頑張る!」
元気に挨拶した瑞葉をミユキは見届けると、その手首に填めた腕輪を取った。
「衛、あんたはこれも填めておきな。いいね、足手まといになるんじゃないよ」
「はい!」
そうして三人は夜の商店街を抜けて、先へ急いだ。ミユキの行く先は深川不動尊の境内、その片隅にある深川龍神だ。
「こんな所に龍神様が……」
「気づかなかったかい? 昔からあるんだよ」
ミユキは鞄から四つの水晶玉を取りだして、泉の端に置いた。
「さぁ、龍神様の元に行って。悪さをするあやかしを成敗してやろうじゃないか。瑞葉。龍神様の真言を唱えるよ」
「うん」
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
衛は二人の真言を唱える声を聞きながら、やがて自分達が明るい光に包まれてるのを感じた。あまりの明るさに皆が目を瞑り、その後目を開くとそこはまったく別の空間だった。
「ここは……洞窟!?」
衛が気がつくと、そこには暗く湿った洞窟が広がっていた。
「衛、瑞葉。はぐれるんじゃないよ。しっかりあたしについておいで」
そう言って、ミユキは洞窟の奥へと歩を進めるのであった。
穂乃香のその言葉に三人とも顔を見合わせた。
「逃げてって……どういう事だい」
ようやっとミユキが穂乃香に問いかける。
『東京から逃げて。出来るだけ遠く』
「東京からってなにかあるのかい」
『これから大変な事が起こるの。危ないからみんなに逃げて欲しいけど……こんな事誰も信じないでしょ』
「大変な事……」
穂乃香の言葉を聞いて、ミユキは思案した。
「それはあの東方朔が関係しているのかい?」
『……! お母さん、それをどこで』
「どこもなにも本人がやってきて厄災が起こると宣言していったよ。あいつは瑞葉を狙って襲ってきたんだ」
『瑞葉を……?』
穂乃香が息を飲む気配がした。衛はしびれを切らして穂乃香に呼びかけた。
「なぁ、穂乃香。家族なんだ。内緒事は無しにしよう。いままでの事を話してくれよ」
『衛さん……』
「ママ、瑞葉も友達がいるの。梨花ちゃんに蓮君に知佳ちゃんに白玉に……。だから自分だけにげるなんてできないよ」
『そう……』
衛と瑞葉とミユキは固唾を飲んで穂乃香の次の言葉を待った。しばらくの無言の後に、穂乃香はこう語りはじめた。
『まず……私が居なくなったのは、今度の厄災を止める為だったの』
「そうだったのか。何か言ってくれたら良かったのに」
『ある日、龍神様が私の所に来て言ったのよ。家族を守りたかったら自分の所に来て救世の手伝いをして欲しいって……私、どう説明していいか分からなくて……ごめんなさい衛さん』
「うん……」
衛は穂乃香に言われてから、今なら龍神だのなんだのと言われてもなんとも思わないが、あの時言われてたら理解できたかどうか分からないな、と思った。
「それで瑞葉には自分に付いて行くか俺に付いていくか選ばせたのか」
『まぁ、瑞葉ちゃんと覚えていたのね』
「ちょっと待っておくれ、あたしは龍神様から何も聞いて無いよ」
『龍神様は新しい巫女の最初の仕事だと行っていたわ……体力的にお母さんは無理だろうって』
「まったく、あたしも舐められたもんだね」
ミユキは穂乃香の話にふてくされたように鼻を鳴らした。
『お母さん、私が龍神様にやらせて下さいってお願いしたの。私、その時感謝したのよ。龍神の愛し子である事で手ずから家族を守る事が出来るって』
「それであたしの所にはがきを寄越したのかい……何かと思ったよ」
『ええ、衛さんはさびしがりだし瑞葉は甘えん坊だから。お母さんならなんとかしてくれると思って』
「おかげで毎日賑やかだ」
衛はそれでミユキが家までやってきたのか、と気づいた。穂乃香の居なくなった経緯はこれで分かった。
「それで……穂乃香は今どうしているんだ?」
『龍神のお使いで六道を巡って人やあやかしを助けているの』
「六道?」
「衆生……人々が輪廻転生する六つの世界のことだよ」
「……はぁ」
「もっと砕けて言うとあの世で龍神の代わりに仕事をしてるってことさ」
「なるほど!」
これで東方朔の言った穂乃香は地獄にいるという意味が分かった。
「そっ、それで帰ってこられるのか、そのりくなんとかから」
『ええ、龍神様は私がお手伝いをしている間に厄災を抑えてくれるって約束をしてくれたの』
「それじゃあ、もう帰って来てもいいんじゃないか?」
衛がそう言うと、穂乃香は口を閉ざししばらくして絞り出すように声を出した。
『それが……龍神様が抑えている災厄をこじあけようとしてくる奴らが現れて……』
「それが東方朔って事か」
『ええ……もう間に合わないかもしれない。だからあなた達だけでも逃げてくれればと……』
「穂乃香……災厄って具体的にはなんだい」
『大きな竜巻よ。龍神様はその身を渦に投じて……』
衛がさらに問いかけるが、穂乃香の声は段々ブツブツと途切れるようになりやがて沈黙した。
「穂乃香……」
「この話が本当なら、東京はひどい事になるね」
「ミユキさん」
瑞葉はもう声を発さなくなったタニシにママ、ママと呼びかけている。
「瑞葉、ママは頑張ってるそうだ。俺達も……頑張らなきゃ」
「パパ?」
「そうだね、瑞葉のパパはこういう時は妙に度胸があるね」
「ミユキさん」
瑞葉を抱きかかえる衛の隣に立ったのはミユキだ。
「勝手に隠居あつかいされちゃ、困っちまうよ。衛、覚悟はいいかい」
「はい」
「瑞葉、ママのお手伝いに行くよ。お友達も助けなきゃね」
「うん、分かった! 瑞葉頑張る!」
元気に挨拶した瑞葉をミユキは見届けると、その手首に填めた腕輪を取った。
「衛、あんたはこれも填めておきな。いいね、足手まといになるんじゃないよ」
「はい!」
そうして三人は夜の商店街を抜けて、先へ急いだ。ミユキの行く先は深川不動尊の境内、その片隅にある深川龍神だ。
「こんな所に龍神様が……」
「気づかなかったかい? 昔からあるんだよ」
ミユキは鞄から四つの水晶玉を取りだして、泉の端に置いた。
「さぁ、龍神様の元に行って。悪さをするあやかしを成敗してやろうじゃないか。瑞葉。龍神様の真言を唱えるよ」
「うん」
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
衛は二人の真言を唱える声を聞きながら、やがて自分達が明るい光に包まれてるのを感じた。あまりの明るさに皆が目を瞑り、その後目を開くとそこはまったく別の空間だった。
「ここは……洞窟!?」
衛が気がつくと、そこには暗く湿った洞窟が広がっていた。
「衛、瑞葉。はぐれるんじゃないよ。しっかりあたしについておいで」
そう言って、ミユキは洞窟の奥へと歩を進めるのであった。
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