49 / 55
49話 忘れたい
しおりを挟む
「ここを押すと、ベルが鳴ります。……で、片方がそれに答えてこのボタンを押すと、互いの声が聞こえます」
「あ、ありがとうございます!」
「声が聞こえづらかったら、窓を開けてください。風の精霊の力がそれで強くなりますので」
「はい……」
マイアから円柱形の二つの魔道具を出すと、依頼人の女性はそれを大事そうに抱えた。
「大変ですね、お母さんは」
マイアはその様子を微笑んで見つめていた。彼女は輸入雑貨の店の女主人。亡き父から受け継いだ店を切り盛りしている。月に何日か、仕入れの為に家を留守にする為にまだ小さい子供達を置いて行くのを気に病んでいたのだ。
「世話は使用人にまかせられても、どうしても寂しい気持ちだけは埋めてあげられなくて……」
「これでお母さんとおしゃべりできれば気も紛れるでしょう」
「ええ」
大事そうに受け取られた通信の魔道具。マイアは満足そうにその姿を見送った。
「いいですねぇ、うちにも欲しいかも」
レイモンドはマイアの作った魔道具を見てそう言った。
「どなたかおしゃべりしたい方でもいるんですか?」
「いえいえ、従業員とのやりとりですよ」
「ああ、そういう使い方もありますね」
幼い子と母の絆を繋ぐつもりでそれを作ったマイアはレイモンドの答えにちょっと驚いたがよく考えればレイモンドの言うとおりだと思った。
「あとは、ポケットに入るお庭ですね……さっそく取りかかりますか」
「マイアさん、ちょっとお休みしましょう」
「……え」
「ここ数日、マイアさんはずっと仕事をしっぱなしじゃないですか」
「……そうでしょうか」
マイアはずっとオーヴィルの工房に間借りして休みなく魔道具を作り続けていた。その姿にさすがにレイモンドは心配になったのだ。
「そうですね、魔石も……足りなくなりますね……」
魔道具で助かる人がいるなら作るのは構わない。だけどそれには魔石をまた大量に手に入れなければならない。それにはランブレイユの森に行かなければ。アシュレイのいる、あの森に。
「マイアさん。魔石ならうちが仕入れますよ。数は少ないし、値段も張りますけど。だからそんな顔……しないで下さい」
「ごめんなさい、心配かけて」
「いえ、僕はマイアさんには笑っていて欲しいんです」
レイモンドはマイアの眼を覗き混んだ。
「街の暮らしは嫌ですか?」
「そんな事はないですよ」
マイアはそのレイモンドの目を見返しながら、答えた。
「皆さん親切ですし」
その言葉に偽りは無かった。ただ、きっとこの暮らしに馴染むまでまだ時間がいるのだ、とマイアは思った。
「そうだ、マイアさん。久し振りにランチに行きましょう。あの海鮮料理の店はどうですか」
「いいですね」
マイアの気分を切り替えようとしたレイモンドの提案に、マイアはにこっと微笑んだ。
「……なにか違う」
その頃、アシュレイはシーツとシャツを持って、裏庭のベンチに座り込んでいた。
「はぁ……」
握り混んでいる洗濯物は浄化魔法で清潔にはなっていた。だけど、違和感を覚えたアシュレイはそれをマイアがしていたように日に当ててみていた。しかしそれでも何かが違うことに苛立ちを感じていた。
『それはなぁ、この洗濯石鹸を使ってないからだな』
「カイル……ほっといてくれと言ったろう」
『マイアはこのライオン印の洗濯石鹸をいつも使っているんだ。俺が知ってるのになんでお前が知らないんだ』
「うるさい!!」
苛立ちが頂点に達したアシュレイはカイルを怒鳴りつけた。だがそれで縮こまるような精霊カイルではない。
『……大事なものを見誤るな、と言ったろう』
「そのとおりにしたが?」
『大事なマイアを手放してしまったではないか』
「大事だから……手放したんだ」
その言葉を聞いたカイルは大仰にため息をついた。
『それがあの子の為だと?』
「ああそうだ。こんな偏屈な魔術師と一緒に暮らしていたら、マイアはいつまでも幸せになれない」
『……本当にそうだろうか』
アシュレイはカイルの言葉には応えず、洗濯物を掴んだまま家の中に入るとバタンと扉をしめた。
『やれやれまた結界を……この引きこもりめ。しかし……重症だな』
カイルはアシュレイを呆れた目で見送ると、姿を消した。
「うーん、この海老のグリルぷりぷりですね」
「おいしそうだなぁ……僕もそっちにすれば良かったかな」
その頃、マイアとレイモンドはいつか行った海鮮料理の店で昼食を取っていた。マイアの頼んだ海老のグリルはシンプルに味付けは香草とレモンだけだったがとてもおいしい。
「レイモンドさん、一口食べますか?」
「え……じゃあ」
マイアにそう言われたレイモンドは口を開けた。マイアは切り分けた海老をレイモンドの口に放り込んだ。
「うん。これは鮮度がいいですねぇ……あ……」
「ん?」
「すみません、子供みたいなことをして……」
満足そうに海老を食べていたレイモンドだったが、急に我に返って顔を赤くした。それをみたマイアもよく考えたらちょっと人前でやることではなかったのではと急に恥ずかしくなった。
「いや……その……気にしないでください……」
「あはは……」
マイアとレイモンドはお互い赤面しながら気まずく頬を掻いた。それからはお互い無言で料理を平らげた。
「それじゃ、私仕立て屋にドレスの確認をしてこようかな……」
「そ、そうですか。僕は仕事に戻ります」
「ええ」
ギクシャクと昼食を終え、マイア達は店を出た。フローリオ商会とは逆方向に向かおうとするマイアに、レイモンドは声をかけた。
「あの、僕は辛抱強い性質なんで」
「は、はい……」
「商売は忍耐も必要なことがありますから……じゃなくて!」
レイモンドは自分の頬をパチンと叩いた。
「僕は待ちます。マイアさんが元気になるまで。その……アシュレイさんの事を忘れるまで」
「え……」
「ずっとその間、僕はマイアさんのそばにいますから!」
そうレイモンドはマイアに告げると、くるりと踵をかえして早足で立ち去っていった。
「レイモンドさん……」
マイアはぽかんとしてその後ろ姿を見送った。そして小さく呟いた。
「アシュレイさんの事を……忘れる……か」
そうなのだ。アシュレイの事は忘れなければならない。そのつもりで森を飛び出してきたというのに。マイアは自分が情けなくなって道端で俯いた。
「あ、ありがとうございます!」
「声が聞こえづらかったら、窓を開けてください。風の精霊の力がそれで強くなりますので」
「はい……」
マイアから円柱形の二つの魔道具を出すと、依頼人の女性はそれを大事そうに抱えた。
「大変ですね、お母さんは」
マイアはその様子を微笑んで見つめていた。彼女は輸入雑貨の店の女主人。亡き父から受け継いだ店を切り盛りしている。月に何日か、仕入れの為に家を留守にする為にまだ小さい子供達を置いて行くのを気に病んでいたのだ。
「世話は使用人にまかせられても、どうしても寂しい気持ちだけは埋めてあげられなくて……」
「これでお母さんとおしゃべりできれば気も紛れるでしょう」
「ええ」
大事そうに受け取られた通信の魔道具。マイアは満足そうにその姿を見送った。
「いいですねぇ、うちにも欲しいかも」
レイモンドはマイアの作った魔道具を見てそう言った。
「どなたかおしゃべりしたい方でもいるんですか?」
「いえいえ、従業員とのやりとりですよ」
「ああ、そういう使い方もありますね」
幼い子と母の絆を繋ぐつもりでそれを作ったマイアはレイモンドの答えにちょっと驚いたがよく考えればレイモンドの言うとおりだと思った。
「あとは、ポケットに入るお庭ですね……さっそく取りかかりますか」
「マイアさん、ちょっとお休みしましょう」
「……え」
「ここ数日、マイアさんはずっと仕事をしっぱなしじゃないですか」
「……そうでしょうか」
マイアはずっとオーヴィルの工房に間借りして休みなく魔道具を作り続けていた。その姿にさすがにレイモンドは心配になったのだ。
「そうですね、魔石も……足りなくなりますね……」
魔道具で助かる人がいるなら作るのは構わない。だけどそれには魔石をまた大量に手に入れなければならない。それにはランブレイユの森に行かなければ。アシュレイのいる、あの森に。
「マイアさん。魔石ならうちが仕入れますよ。数は少ないし、値段も張りますけど。だからそんな顔……しないで下さい」
「ごめんなさい、心配かけて」
「いえ、僕はマイアさんには笑っていて欲しいんです」
レイモンドはマイアの眼を覗き混んだ。
「街の暮らしは嫌ですか?」
「そんな事はないですよ」
マイアはそのレイモンドの目を見返しながら、答えた。
「皆さん親切ですし」
その言葉に偽りは無かった。ただ、きっとこの暮らしに馴染むまでまだ時間がいるのだ、とマイアは思った。
「そうだ、マイアさん。久し振りにランチに行きましょう。あの海鮮料理の店はどうですか」
「いいですね」
マイアの気分を切り替えようとしたレイモンドの提案に、マイアはにこっと微笑んだ。
「……なにか違う」
その頃、アシュレイはシーツとシャツを持って、裏庭のベンチに座り込んでいた。
「はぁ……」
握り混んでいる洗濯物は浄化魔法で清潔にはなっていた。だけど、違和感を覚えたアシュレイはそれをマイアがしていたように日に当ててみていた。しかしそれでも何かが違うことに苛立ちを感じていた。
『それはなぁ、この洗濯石鹸を使ってないからだな』
「カイル……ほっといてくれと言ったろう」
『マイアはこのライオン印の洗濯石鹸をいつも使っているんだ。俺が知ってるのになんでお前が知らないんだ』
「うるさい!!」
苛立ちが頂点に達したアシュレイはカイルを怒鳴りつけた。だがそれで縮こまるような精霊カイルではない。
『……大事なものを見誤るな、と言ったろう』
「そのとおりにしたが?」
『大事なマイアを手放してしまったではないか』
「大事だから……手放したんだ」
その言葉を聞いたカイルは大仰にため息をついた。
『それがあの子の為だと?』
「ああそうだ。こんな偏屈な魔術師と一緒に暮らしていたら、マイアはいつまでも幸せになれない」
『……本当にそうだろうか』
アシュレイはカイルの言葉には応えず、洗濯物を掴んだまま家の中に入るとバタンと扉をしめた。
『やれやれまた結界を……この引きこもりめ。しかし……重症だな』
カイルはアシュレイを呆れた目で見送ると、姿を消した。
「うーん、この海老のグリルぷりぷりですね」
「おいしそうだなぁ……僕もそっちにすれば良かったかな」
その頃、マイアとレイモンドはいつか行った海鮮料理の店で昼食を取っていた。マイアの頼んだ海老のグリルはシンプルに味付けは香草とレモンだけだったがとてもおいしい。
「レイモンドさん、一口食べますか?」
「え……じゃあ」
マイアにそう言われたレイモンドは口を開けた。マイアは切り分けた海老をレイモンドの口に放り込んだ。
「うん。これは鮮度がいいですねぇ……あ……」
「ん?」
「すみません、子供みたいなことをして……」
満足そうに海老を食べていたレイモンドだったが、急に我に返って顔を赤くした。それをみたマイアもよく考えたらちょっと人前でやることではなかったのではと急に恥ずかしくなった。
「いや……その……気にしないでください……」
「あはは……」
マイアとレイモンドはお互い赤面しながら気まずく頬を掻いた。それからはお互い無言で料理を平らげた。
「それじゃ、私仕立て屋にドレスの確認をしてこようかな……」
「そ、そうですか。僕は仕事に戻ります」
「ええ」
ギクシャクと昼食を終え、マイア達は店を出た。フローリオ商会とは逆方向に向かおうとするマイアに、レイモンドは声をかけた。
「あの、僕は辛抱強い性質なんで」
「は、はい……」
「商売は忍耐も必要なことがありますから……じゃなくて!」
レイモンドは自分の頬をパチンと叩いた。
「僕は待ちます。マイアさんが元気になるまで。その……アシュレイさんの事を忘れるまで」
「え……」
「ずっとその間、僕はマイアさんのそばにいますから!」
そうレイモンドはマイアに告げると、くるりと踵をかえして早足で立ち去っていった。
「レイモンドさん……」
マイアはぽかんとしてその後ろ姿を見送った。そして小さく呟いた。
「アシュレイさんの事を……忘れる……か」
そうなのだ。アシュレイの事は忘れなければならない。そのつもりで森を飛び出してきたというのに。マイアは自分が情けなくなって道端で俯いた。
0
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
やり直せるなら、貴方達とは関わらない。
いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。
エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。
俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。
処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。
こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…!
そう思った俺の願いは届いたのだ。
5歳の時の俺に戻ってきた…!
今度は絶対関わらない!
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約破棄をされて実家であるオリファント子爵邸に出戻った令嬢、シャロン。シャロンはオリファント子爵家のお荷物だと言われ屋敷で使用人として働かされていた。
朝から晩まで家事に追われる日々、薪一つ碌に買えない労働環境の中、耐え忍ぶように日々を過ごしていた。
しかしある時、転機が訪れる。屋敷を訪問した謎の男がシャロンを娶りたいと言い出して指輪一つでシャロンは売り払われるようにしてオリファント子爵邸を出た。
向かった先は婚約破棄をされて去ることになった王都で……彼はクロフォード公爵だと名乗ったのだった。
終盤に差し掛かってきたのでラストスパート頑張ります。ぜひ最後まで付き合ってくださるとうれしいです。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
迅英の後悔ルート
いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。
この話だけでは多分よく分からないと思います。
愛玩犬は、銀狼に愛される
きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。
そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。
呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…
[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます
はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。
果たして恋人とはどうなるのか?
主人公 佐藤雪…高校2年生
攻め1 西山慎二…高校2年生
攻め2 七瀬亮…高校2年生
攻め3 西山健斗…中学2年生
初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる