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49話 忘れたい

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「ここを押すと、ベルが鳴ります。……で、片方がそれに答えてこのボタンを押すと、互いの声が聞こえます」
「あ、ありがとうございます!」
「声が聞こえづらかったら、窓を開けてください。風の精霊の力がそれで強くなりますので」
「はい……」

 マイアから円柱形の二つの魔道具を出すと、依頼人の女性はそれを大事そうに抱えた。

「大変ですね、お母さんは」

 マイアはその様子を微笑んで見つめていた。彼女は輸入雑貨の店の女主人。亡き父から受け継いだ店を切り盛りしている。月に何日か、仕入れの為に家を留守にする為にまだ小さい子供達を置いて行くのを気に病んでいたのだ。

「世話は使用人にまかせられても、どうしても寂しい気持ちだけは埋めてあげられなくて……」
「これでお母さんとおしゃべりできれば気も紛れるでしょう」
「ええ」

 大事そうに受け取られた通信の魔道具。マイアは満足そうにその姿を見送った。

「いいですねぇ、うちにも欲しいかも」

 レイモンドはマイアの作った魔道具を見てそう言った。

「どなたかおしゃべりしたい方でもいるんですか?」
「いえいえ、従業員とのやりとりですよ」
「ああ、そういう使い方もありますね」

 幼い子と母の絆を繋ぐつもりでそれを作ったマイアはレイモンドの答えにちょっと驚いたがよく考えればレイモンドの言うとおりだと思った。

「あとは、ポケットに入るお庭ですね……さっそく取りかかりますか」
「マイアさん、ちょっとお休みしましょう」
「……え」
「ここ数日、マイアさんはずっと仕事をしっぱなしじゃないですか」
「……そうでしょうか」

 マイアはずっとオーヴィルの工房に間借りして休みなく魔道具を作り続けていた。その姿にさすがにレイモンドは心配になったのだ。

「そうですね、魔石も……足りなくなりますね……」

 魔道具で助かる人がいるなら作るのは構わない。だけどそれには魔石をまた大量に手に入れなければならない。それにはランブレイユの森に行かなければ。アシュレイのいる、あの森に。

「マイアさん。魔石ならうちが仕入れますよ。数は少ないし、値段も張りますけど。だからそんな顔……しないで下さい」
「ごめんなさい、心配かけて」
「いえ、僕はマイアさんには笑っていて欲しいんです」

 レイモンドはマイアの眼を覗き混んだ。

「街の暮らしは嫌ですか?」
「そんな事はないですよ」

 マイアはそのレイモンドの目を見返しながら、答えた。

「皆さん親切ですし」

 その言葉に偽りは無かった。ただ、きっとこの暮らしに馴染むまでまだ時間がいるのだ、とマイアは思った。

「そうだ、マイアさん。久し振りにランチに行きましょう。あの海鮮料理の店はどうですか」
「いいですね」

 マイアの気分を切り替えようとしたレイモンドの提案に、マイアはにこっと微笑んだ。



「……なにか違う」

 その頃、アシュレイはシーツとシャツを持って、裏庭のベンチに座り込んでいた。

「はぁ……」

 握り混んでいる洗濯物は浄化魔法で清潔にはなっていた。だけど、違和感を覚えたアシュレイはそれをマイアがしていたように日に当ててみていた。しかしそれでも何かが違うことに苛立ちを感じていた。

『それはなぁ、この洗濯石鹸を使ってないからだな』
「カイル……ほっといてくれと言ったろう」
『マイアはこのライオン印の洗濯石鹸をいつも使っているんだ。俺が知ってるのになんでお前が知らないんだ』
「うるさい!!」

 苛立ちが頂点に達したアシュレイはカイルを怒鳴りつけた。だがそれで縮こまるような精霊カイルではない。

『……大事なものを見誤るな、と言ったろう』
「そのとおりにしたが?」
『大事なマイアを手放してしまったではないか』
「大事だから……手放したんだ」

 その言葉を聞いたカイルは大仰にため息をついた。

『それがあの子の為だと?』
「ああそうだ。こんな偏屈な魔術師と一緒に暮らしていたら、マイアはいつまでも幸せになれない」
『……本当にそうだろうか』

 アシュレイはカイルの言葉には応えず、洗濯物を掴んだまま家の中に入るとバタンと扉をしめた。

『やれやれまた結界を……この引きこもりめ。しかし……重症だな』

 カイルはアシュレイを呆れた目で見送ると、姿を消した。



「うーん、この海老のグリルぷりぷりですね」
「おいしそうだなぁ……僕もそっちにすれば良かったかな」

 その頃、マイアとレイモンドはいつか行った海鮮料理の店で昼食を取っていた。マイアの頼んだ海老のグリルはシンプルに味付けは香草とレモンだけだったがとてもおいしい。

「レイモンドさん、一口食べますか?」
「え……じゃあ」

 マイアにそう言われたレイモンドは口を開けた。マイアは切り分けた海老をレイモンドの口に放り込んだ。

「うん。これは鮮度がいいですねぇ……あ……」
「ん?」
「すみません、子供みたいなことをして……」

 満足そうに海老を食べていたレイモンドだったが、急に我に返って顔を赤くした。それをみたマイアもよく考えたらちょっと人前でやることではなかったのではと急に恥ずかしくなった。

「いや……その……気にしないでください……」
「あはは……」

 マイアとレイモンドはお互い赤面しながら気まずく頬を掻いた。それからはお互い無言で料理を平らげた。

「それじゃ、私仕立て屋にドレスの確認をしてこようかな……」
「そ、そうですか。僕は仕事に戻ります」
「ええ」

 ギクシャクと昼食を終え、マイア達は店を出た。フローリオ商会とは逆方向に向かおうとするマイアに、レイモンドは声をかけた。

「あの、僕は辛抱強い性質なんで」
「は、はい……」
「商売は忍耐も必要なことがありますから……じゃなくて!」

 レイモンドは自分の頬をパチンと叩いた。

「僕は待ちます。マイアさんが元気になるまで。その……アシュレイさんの事を忘れるまで」
「え……」
「ずっとその間、僕はマイアさんのそばにいますから!」

 そうレイモンドはマイアに告げると、くるりと踵をかえして早足で立ち去っていった。

「レイモンドさん……」

 マイアはぽかんとしてその後ろ姿を見送った。そして小さく呟いた。

「アシュレイさんの事を……忘れる……か」

 そうなのだ。アシュレイの事は忘れなければならない。そのつもりで森を飛び出してきたというのに。マイアは自分が情けなくなって道端で俯いた。

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