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7話 魔道具の購入者

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「えーっと……フローリオ商会ってどこかしら……」

 ティオールの街はマイアからしたらとても大きい。マイアは道行く人に聞きながらレイモンドのいるフローリオ商会にたどり着いた。周りの建物より一際大きなれんが造りの第一支店。そしてそのはす向かいにあるこじんまりとした第二支店。ここにレイモンドがいあるはずだ。

「ああ、マイアさん! ずいぶん早かったんですね」

 マイアの姿を見つけたレイモンドは人懐っこい青い目を大きく見開いて駆け寄ってきた。

「あの、私……嬉しくて……早すぎましたか?」
「いいえ、でも相手との約束の時間までまだありますから……そうだ一緒にランチをしましょう」
「はい!」

 街でランチなんてマイアははじめてだ。内心ドキドキとしながらレイモンドの後をついていく。

「ここのミートパイがとっても美味しくてお薦めなんですが、どうですか?」
「パイ……。はい、是非!」

 そこはこじんまりとして清潔感のあるお店だった。店先には色とりどりの花を咲かせた植木鉢。ドアを開けて中に入り、名物のミートパイのセットを頼む。
 それを待っている間にレイモンドが口を開いた。

「ええと……マイアさんはアシュレイさんの……」
「弟子、ですね。三年間魔法を習いました」
「へぇぇ……」
「私はもっと学びたいと思っているのですが……アシュレイさんはもう独り立ちできるって」
「すごいじゃないですか! あんな簡単に黒の魔女の呪いを解ける人から認められるなんて」

 素直に目を輝かせるレイモンドを見て、マイアはちょっと複雑な気持ちになった。

「認められて……いるんでしょうか」
「そうでしょうよ。あの魔道具も立派なものでした。自信もっていいですよ」

 レイモンドがそう主張したところに頼んでいたミートパイが運ばれてきた。サラダを添えたお皿の上には小ぶりな扇形のパイが二つ。バターとこんがりと焼けたパイ生地の香ばしい香りにマイアは思わず鼻を近づけて匂いを嗅いだ。

「うーん、いい香りー」
「さ、是非焼きたてを食べてみてください」
「はい!」

 マイアはパイにナイフを入れて二つに割った。すると中からとろりとチーズがあふれ出してきた。

「うわぁ……」

 ぱくんと口に入れると、ぱりっとしたパイの層の食感の向こうにあらびき肉の肉汁とトマトソースとチーズがからむ。

「……おいしい」
「気に入ってもらえたようでなによりです」

 レイモンドはマイアの反応に嬉しそうに微笑みながらパイを食べている。マイアはあっという間にパイを平らげてしまって少々ばつの悪い顔をした。

「あまり外食をしないものですから……」
「ではお食事に誘い甲斐がありますね」

 綺麗な所作でパイを食べ終わったレイモンドは口元を拭きながらそう答えた。

「では行きましょう」
「あ、今のいくらですか?」

 滅多に森から出ないマイアも小遣い程度は持ってきている。

「ここは私が出しますよ」
「いや……でも……」

 レイモンドはさっさとマイアの分も支払うと、店の外に出た。

「あの……ご馳走様でした」

 マイアが申し訳無さで小さくなっていると、レイモンドはこう言って笑い飛ばした。

「マイアさんはうちの出入りの職人さんです。これも経費ですよ」
「そうですか……」
「お返しはこれから素敵な魔道具を作る事で返してください」
「はいっ」

 その言葉に、マイアはほっと心が軽くなった。レイモンドは不思議な人だ、とマイアは思った。別に魔法使いでもないのに……。

「さて、では購入者の元に行きましょうか」
「はい」

 マイアがレイモンドの後をついていくと、そこは日当たりのいいアパートだった。

「……ここに」
「そう。では行きましょう」

 そのアパートの二階に続く階段をレイモンドは上がっていった。マイアも少し遅れてその後に続く。そして二階の一室のドアを彼は叩いた。

「ダグラスさん、フローリオ商会のレイモンドです」
「おう、開いてる。入れ」
「失礼します」

 扉を開けたレイモンドと一緒にマイアが中に入ると、そこにいたのは眼鏡をした老人だった。

「どうです、購入した魔法の筆記具の調子は?」
「ああ、いいよ」

 くるり、とこちらを向いたその老人は、右腕の肘から先が無かった。

「腕が……」
「ああ、馬車の事故でね。まったく商売道具なのに困った事だ」
「マイアさん。この人は小説家なんだよ」
「……小説家」

 見ればさほど広くもない部屋は本で埋め尽くされていた。

「この腕は物語を綴る為にあるのに……事故があってから書く気が起きなくてね。口述筆記も頼んではみたのだが……肝心の私が人がいると集中できないんだ」
「ダグラスさんの小説はすごい人気なんです。だから僕もなんとかしたいと思って」

 マイアは机の上に置かれた、自分の作った魔道具を見つけた。自分の魔道具が人の役に立っている。その姿に言い様のない喜びが体を走った。

「こちらがマイアさん。この道具を作った職人さんです」
「いやぁ、かわいらしいお嬢さんじゃないか」
「どうも……」

 レイモンドの紹介を受けて、マイアは慌てて頭を下げた。

「あの……不具合はないでしょうか」
「そうだねぇ……」

 ダグラスはしばらく考えて、引き出しからペンを取り出した。

「このペンをずっと使っていたのだがね。備え付けのペンではなくてこれに変える事は出来るだろうか」
「お安い御用です」

 マイアはさっそくペンを取り替えて筆圧を調整するために魔力制御の装置をいじった。

「これでいかがでしょう」
「あー、ああーもしもし。確かに。うん、この方がしっくりくる」

 集音口に向かって声を出し、書き心地を確かめたダグラスさんは満足そうに頷いた。

「ありがとう、お嬢さん。お嬢さんのおかげでまた書ける。いや……もしかしたら前よりももっと書けるかもしれない」
「良かった……」

 マイアはもう感無量だった。元々はうち捨ててあったゴーレムの一部である。それがこんなに喜んで貰えるとは思わなかった。

「では、ダグラスさん。また調子が悪くなったりしたら調整しますんで」
「ああ、ありがとう。あ、そうだ。そこに来週発売の新刊があるから持っていくといい」
「いいんですか?」

 街で人気の小説家の最新作を気前良くくれるという。マイアは驚いて聞き返した。

「小説はお好きかね?」
「いえ……読むのは魔導書ばかりで……」
「なら、その横から好きなのを二、三冊持っておいき」
「はい!」

 マイアは大慌てで本棚から本を引き抜いた。どれも花やリボンのデザインをあしらった可愛らしい表紙の本だ。

「ありがとうございました!」
「ははは、こちらこそありがとう」

 そしてダグラスの部屋を後にする。そこで改めてマイアは貰った本をまじまじと見た。

「ローラ・アルダーソン?」
「ああ、ダグラスさんの筆名だよ」
「女性の名前で書いているんですか?」
「ああ……ロマンス小説だからね」
「ロマンス……」

 マイアは目の前の三冊の本を見つめた。アシュレイの家には山ほど本はあっても魔導書とそれに関する本があるくらいでロマンス小説は未知の世界である。

「若い女性に大人気なんですよ。発売前に手に入るなんてみんなに羨ましがられますよ!」
「そうなんですか……」

 マイアはちょっと戸惑いながら、それをバッグにいれた。
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