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第三章

82話 罠を張る

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 そして翌日。名無しはハーフェンの村にたどり着いた。街道は罠が仕掛けられているだろうから少々大回りをしつつ、村の裏側から村に向かう。

「あ! アル!」
「リック……それはなんだ?」

 そこにはクワを持って、古くさいさびた鉄兜を被ったリックがうろうろしていた。

「これ、前の戦でうちの爺さんが被ってた兜だって。見張りなら用心しろって父ちゃんがさ……」
「変だぞ」
「だよなぁ……」

 リックはうんざりした顔で兜を脱いだ。

「で、役人は来たのか?」
「うん。だけどウサギの罠にひっかかってすごすご帰っていった! ざまあみろだ」

 名無しの時間かせぎの策は役に立ったようだ。

「で、そっちはどうだった? 手助けを呼ぶって……どこにいるんだ」

 リックは役人や衛兵を蹴散らす兵でも名無しが連れてくると思ったのだろう。周りをキョロキョロ見渡した。

「手助けはもう受けた。……リック。村の大人達を教会に集めてくれ」
「あ、ああ……」

 リックはいまいち納得していない顔で村の中に駆けていった。

***

「さて……皆さんに集まってもらった訳ですが……今回の立退き騒ぎを治める手を、アルが考えついたようです」

 司祭はちらりと名無しを見て、壇上から集まった村人達に語りかけた。その横に立つ名無しは首を振ってから一歩前に出た。

「考えたのは俺じゃない。実は俺は王都の引退した王家の護衛騎士様と知り合いなんだ。その騎士様がみんながこれから変わりなく暮らせるように考えてくれた案だ」
「ほお……アルは王都の護衛してたっていってたもんな」

 実際考えたのはイライアスだが元大臣と言われるより騎士のフレドリックの名を出した方が村人は理解しやすいと思って名無しはそう彼らに伝えた。それにイライアスは死んだふりをしているのだし。

「みんな、芝居は得意だな? 毎年やってるもんな」
「……うん?」
「これから村全体で大芝居を打って貰う。全員の協力が必要だ」
「あ、ああ……」
「いいか。次に役人が来たら、立退きの件はいったん引き受けるんだ」

 そう名無しが言うと、教会の聖堂は戸惑いのざわめきに満ちあふれた。

「それじゃ向こうの思うがままじゃないか!」
「そうだ。どうやって畑を守るんだ!」

 その声に名無しは大きく手を叩いた。

「だから言ったろ、芝居だって!!」
「あ……そうか」
「みんなで立ち退くフリをしたら役人はもう仕事がなくなる。ここにはやってこない」
「そうだな……」
「だけど、ひとつ問題がある」

 一瞬納得しかけた村人達だったが、名無しの言葉にごくりとつばを飲んだ。

「ここの村は『月の民』への褒美として明け渡されることになってる。つまり彼らがくる訳だ」
「そんなもん、追い返せばいい!」

 名無しは首を振った。

「それじゃ駄目だ。また役人がやってくる。いいか、俺達はここでも一芝居打つんだ」
「月の民に?」
「ああ。彼らは畑の耕し方を知らない。ここの畑もやり方が分からなくて持てあますはずだ」
「そりゃいかん」
「だろ? だから彼らに交渉するんだ。俺達が代わりに畑を耕してやるってな」

 村人達は顔を見合わせた。

「その料金は俺達が食べられるくらいで……つまり今とたいして変わらん。それどころか立ち退き料がまるっと手に入る訳だ」
「おお……」

 現金収入の少ないこの村にとって、それはとても魅力的に聞こえたようだった。しかし、一人の村人が手をあげた。

「彼らが交渉に乗らなかったら?」
「その時は……」

 名無しは小剣を抜いた。

「……乗るまで説得するまでさ」
「アル……そりゃちょっとかわいそうだ」
「どっちの味方なんだよ。……とにかく、これで俺達は村に住み続けられる」
「でもさ、それって俺らが雇われでそいつらが主人ってことだよね……」

 土地と畑をなにより大切にこの辺境で暮らしてきた彼らにとって、それは誇りを捨てろと言っているのに近い。納得できない気持ちは当然だ。

「……この案を出した騎士様が、王様に掛け合ってくれると。だからそれまでの辛抱だ。みんな」

 名無しはチクリ、と胸が痛んだ。これは嘘だ。何の保障もない。ただ、いつかフレドリック達がライアンを戴き、王権を取り戻せば嘘ではなくなる。これは、賭けだ。

「そっかぁ……そんな偉い人が頑張ってくれているのか」
「そうだ。俺達がしっかり芝居をしてこの計画を成功させないと、せっかく考えてくれた騎士様にも悪いだろう?」

 名無しは教会にぎっしりと集まった村人一人一人の顔を眺めた。すると、すっくとリックが立ち上がって叫んだ。

「そうだな! ここはみんな一つになってがんばろう! 大丈夫、できるさ!」
「おお!」

 その声にみな釣られるようにして、手を叩いた。

***

「ふう……すまん司祭様、水くれ」
「はい、どうぞ。……それにしても大きく出ましたね」
「世の中頭のいいやつがいるもんだ」
「私はちょっと複雑ですが……一時的と言っても異教徒をこの村に住まわせるのは」
「そうかね? 俺だってよそ者だ。神様だって信じちゃいない」

 もらった水を一気に飲んだ名無しはコップを司祭に渡して言った。

「ま、あんたは神様の話をするのが仕事だもんな。邪魔しなきゃそれでいいよ」
「もちろんアルの苦労を台無しになんてできません。……忘れてください」

 名無しは信仰に生涯を捧げた司祭が葛藤するのも無理ないと思いつつ、そう言うしかなかった。

「気にすんな。もしかしたら意外といい奴らかもしれない」
「……だったらいいですね」

 その翌日、街道のウサギの罠は全て取り払われた。村人達は息を詰めながら、再び役人が立退きを迫ってくるのを待つのだった。
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