上 下
74 / 90
第三章

73話 かりそめの本物

しおりを挟む
 名無しとその家族の住むのは平屋の粗末な家だった。ひとつきりの暖炉を中心にベッドと食卓があるだけ。そんな家にフレドリックはお邪魔した。

「荷物はその辺に置いておくといい」
「あ、ああ……」

 フレドリックはどこか浮き世離れした雰囲気の名無しがこうして慎ましく肩を寄せ合って生きている事に驚きながら返事をした。

「フレドリックさんお茶どうぞ!」
「ありがとう、クロエちゃん」

 かいがいしく働くクロエにフレドリックは目を細める。

「じゃあ畑に戻るね!」
「俺も……」
「パパはお客さんほったらかしたら駄目だよ!」

 仕事に戻ろうとした名無しにクロエはそう言うと家の外に出て行った。

「……しっかりした娘さんで」
「あれでいて苦労人なんだ。母親は病気で、父親は出稼ぎ先で死んだ」
「それで養父に?」
「まあ……なりゆきで」

 それ以上は踏み込むな、という名無しの気配を感じ取ってフレドリックは目の前のお茶に口をつけた。

「……俺の証言がいるくらい、アーロイスに攻め込む理由がないのか」
「今の所……。民の暮らしに変化がないのが何より証拠でしょう」
「ふむ……」

 そういうものか、と名無しは思った。策謀を張り巡らすのはいつだって別の人間で、名無しはただ手足となって動くだけだった。

「明日朝に出立しよう。馬を借りてくる」
「ああ……すまない」
「そんな顔しなくてもいいぞ。あいつに借りがあるのは俺もだ」

 名無しは仲間を殺された。ただ今はこの暮らしを守りたいのと、首領の残した復讐するなという言葉を守っているだけだ。首領はきっと名無しが復讐に身を滅ぼすのを恐れたのだ、と今の名無しなら思える。

「すまんが留守番していてくれ」

 名無しはリックの所に馬を借りに向かった。ひとりポツンと残されたフレドリックは所在なさげにお茶をすすった。するとふとすぐ脇のベッドが目に入った。一つだけ妙に使った形跡のないベッド。なのにそこの端にメダルがぶら下がっている。フレドリックは思わずそれを手にとった。

「エミリアからアルフレッドへ……」

 そのメダルにはユニオールの紋章と記名がしてあった。リュッケルンの宿の周りで売っていたしがない土産物である。

「いつの間にこんなものを……」

 フレドリックはなんとなく見てはいけないものを見てしまった気がしてメダルから手を離した。



「いっぱいお代わりしてください」
「ああ、ありがとう」

 そしてやってきた夕食時。体格のいいフレドリックの為に、クロエは張り切ってシチューを沢山作った。

「パパもいっぱい食べなよ、フレドリックさんみたいに大きくならないよ!」
「クロエ。俺は多分これ以上は大きくならない」
「……そうなの?」

 名無しとクロエのやりとりにフレドリックは吹きだした。

「ははは……」

 フレドリックは久々に笑った気がした。元王太子ロドリックがその地位を追われてから、ライアンを安心させようと微笑むことはあっても腹の底から笑うことはなかった。

「フレドリック」
「……こほん」
「……で、クロエ。三日ほど留守にするけど大丈夫だな」
「うん。お見舞いしてあげてね」
「そうだの、デューク」

 クロエとヨハンには知人の見舞いに家を空けると説明していた。二人とも是非行ってやれと頷いた。フレドリックはそれを見ると少し胸が痛むのだった。


 そして翌朝。ハンナが使っていたベッドを借りたフレドリックは目を覚ました。顔を洗って外に出ると、すでに名無しは黒装束に身を包んで馬に水を飲ませていた。

「おはよう」
「ああ、おはよう」

 昨日までの農夫の格好から着替えると、名無しの顔つきは少し変わったようだった。フレドリックが旅の最中に見た表情のうかがえない雰囲気が彼を包んでいる。

「朝食をとったら行こう」
「ああ」

 そして朝食をとり、昼食にとクロエが用意してくれたサンドイッチを手にしてフレドリックと名無しはハーフェンの村を後にした。

「気をつけてパパ!」
「いってらっしゃいデューク」

 後ろからクロエとヨハンの見送りの声が飛んでくる。名無しは半身を振り返ってそれに手を振った。

「……聞いてもいいですかな」
「なんだ?」
「なぜヨハンさんはアルをデュークと呼ぶのです?」
「ああ……ボケてるんだ。デュークは死んだクロエの父親の名だ」
「……そうですか。すみません」
「でもホンモノのデュークと俺とちゃんと区別はついてるみたいだ」

 そういって名無しは俯いた。この続きを口にするのは名無しは少しばかり恥ずかしかった。代わりにフレドリックが呟いた。

「家族なのですな」
「ああ」

 名無しは頷いた。それから二人は黙ったまま目的地に向かって馬を走らせた。



「イライアス! 例の人物を連れて来た」

 そして潜伏先の宿につくと、フレドリックはイライアスの名を呼んだ。

「おかえり」

 そしてフレドリックの背後にいる名無しに目をやった。

「……ふーん。確かにちょっと似ているかな? 髪の色と体格くらいだけど」
「アル、彼は元外務大臣のイライアスだ」
「ふーん……俺はアルフレッド。こいつはあんたの仲間か」
「ああ、ありがたいことにな」
「とりあえず疲れたろう、ここに座りたまえ」

 イライアスは名無しに席を勧めた。

「せわしなくて申し訳ないけれど、早速聞き取りをさせて貰う。記者ともう一人呼ぶからそのまま待っていてくれ」

 そしてしばらくすると、サイラスともう一人の男――この男がおそらく記者である――が部屋に入ってきた。

「よお」
「……っ」

 名無しがサイラスに声をかけるとサイラスは身を強ばらせた。

「サイラス、確かにこの男か?」

 イライアスはサイラスに聞いた。サイラスはギクシャクと頷いた。

「は、はい……私が洞窟前に待機した時に代わりに討伐隊に入ったのは……彼、です」
「アル、その通りか?」

 イライアスが名無しに問いただすと、名無しは口の端をちょっとあげて頷いた。

「ああ……。確かに。命拾いをしたのが一人いた。こいつだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界を【創造】【召喚】【付与】で無双します。

FREE
ファンタジー
ブラック企業へ就職して5年…今日も疲れ果て眠りにつく。 目が醒めるとそこは見慣れた部屋ではなかった。 ふと頭に直接聞こえる声。それに俺は火事で死んだことを伝えられ、異世界に転生できると言われる。 異世界、それは剣と魔法が存在するファンタジーな世界。 これは主人公、タイムが神様から選んだスキルで異世界を自由に生きる物語。 *リメイク作品です。

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

危険度SSSクラス「勇者」パーティに潜入した魔王軍の四天王。バレない様に頑張ってたら、女勇者に気に入られた

LA軍@9作書籍化(@5作コミカライズ)
ファンタジー
 女勇者が懐きすぎてウザい……。  魔王様に命じられ、勇者パーティーに潜入した俺───魔王軍四天王『隠密のヴァイパー』は今日も任務を忠実にこなす。  そう、「勇者の信頼を勝ち取れ──」という、魔王様の命令を遂行するために……!  そのためなら何でもしてやったともさ───!  ──勇者様には優しくする!  ──魔物やスケベ貴族からも護ってみせる!  ──どんな困難な任務も完遂してみせるとも!  もちろん、  味方のはずの魔王軍にも容赦しませんよ!  だけど、  勇者のために魔王軍を次々と撃破しているうちに──想像以上に女勇者に懐かれてしまい…??  毎日添い寝するはめに。 魔王「おまッ……いやさ!──そんなチャンスあるなら、勇者を殺せよッ!」  これは、  加減を知らない暗殺者と勇者による英雄譚??  魔王軍の暗殺者は、想像以上にポンコツだった……。

魔力が無いと言われたので独学で最強無双の大賢者になりました!

雪華慧太
ファンタジー
若き数学者、七神裕哉は異世界に転生した。転生先は、強い魔力を持つ者のみが将来を約束される世界。だが彼は生まれつき魔力を持っていなかった。その為、名門公爵家の跡取りだったはずの彼は、侮蔑され追放される。だが彼の魔力は皆無なわけではなく、人が使いこなすことが出来ない劣等魔力と呼ばれる物だった。それを知った彼は劣等魔力を制御する数学的魔導術式、神言語(しんげんご)を作り上げ、世界を揺るがす存在となっていく。※このたび本作品の第二巻がアルファポリス様から発売されることになりました。発売は10月下旬になります。これもいつも応援して下さる皆様のお蔭です、ありがとうございます!

(新)師匠、弟子にして下さい!〜その魔女、最強につき〜

ハルン
恋愛
その世界では、何千年も前から魔王と勇者の戦いが続いていた。 ーー世界を手に入れようと魔を従える魔王。 ーー人類の、世界の最後の希望である勇者。 ある時は魔王が、またある時は勇者が。 両者は長き時の中で、倒し倒されを繰り返して来た。 そうしてまた、新たな魔王と勇者の戦いが始まろうとしていた。 ーーしかし、今回の戦いはこれまでと違った。 勇者の側には一人の魔女がいた。 「何なのだ…何なのだ、その女はっ!?」 「師匠をその女呼ばわりするなっ!」 「……いや、そもそも何で仲間でも無い私をここに連れて来たの?」 これは、今代の勇者の師匠(無理矢理?)になったとある魔女の物語である。

落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介
ファンタジー
領主お抱えの立派な冒険者となるべく『バーグナー冒険者予備学校』へ通っていた成績優秀な少年、アストル。 しかし、アストルに宿った『アルカナ』は最低クラスの☆1だった!? 『アルカナ』の☆の数がモノを言う世界『レムシリア』で少年は己が生きる術を見つけていく。 先天的に授かった☆に関わらない【魔法】のスキルによって! 「よし、今日も稼げたな……貯金しておかないと」 ☆1の烙印を押された少年が図太く、そして逞しく成長していく冒険ファンタジー。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

「聖女など不要」と言われて怒った聖女が一週間祈ることをやめた結果→

八緒あいら
恋愛
国を守護する力を宿した、聖女のルイーゼ。 彼女は毎日祈りを捧げることで、 魔物に力を与える「魔窟」を封印しているのだ。 けれど長らく平和が続き、 巷では聖女などもはや不要だという空気が蔓延していた。 そんなある日、ルイーゼは王子であるニックに呼び出され「キミ、聖女やめていいよ」と言い渡されてしまう。 ルイーゼがいくらその必要性を訴えても、ニックは聞く耳を持たない。 ならばと、ルイーゼは一週間祈ることをやめ、聖女の力を証明しようと決意。 するとさっそく、不穏な出来事が頻発し始めて――

処理中です...