上 下
70 / 90
第三章

69話 返信

しおりを挟む
「私は虜囚になった覚えはない」

 ライアンは入浴後も部屋に張り付く見張りの僧を睨み付けた。

「ご自分がなにをされたのか、よくお考えになってからものを言って下さい」

 アーロイスを急襲した後、ライアンは離れの部屋に隔離され食事や祈祷などの際も他の僧達との接触を断たれていた。しかも窓には格子まで嵌まっている。

「とりあえず部屋から出て行け。お前の顔を見て寝たくなどない」
「はい」

 怒鳴りつけられた僧は出て行くとガチャリと外から鍵をかけた。一人になったライアンは出された食事もそのままにして物思いにふける。

「あれは……なんだったのだろうか」

 肉親であればこそ、あの不自然さは分かった。顔も同じ、声も同じ……だがあのアーロイスは別物であった、とライアンは思った。ライアンの知っているアーロイスはいつも父の後ろで気弱に笑っていて、いくら地位を手に入れたとしてもナイフを刺されて不敵に笑うような男ではなかった。

「……ライアン様」

 その時である。小さな声が窓の下からした。

「ん!?」
「あ、お声を抑えてください……」

 ライアンは窓を開け格子をつかんで下を見た。すると小柄な尼僧がしゃがみ込んでいる。ライアンはその尼僧に囁き掛けた。

「お前は誰だ」
「私はカーラ、と言います。エミリア様のお付きをしています」
「エミリアの……」
「はい。エミリア様がとても心配されていたので様子を見に……。あ、私の独断です。エミリア様は私にそんな指示を出す方ではないので……」
「だろうな」

 カーラはそっと格子の隙間から手を伸ばした。ライアンが何かを渡そうとする仕草に手を出すと、彼女は小さな飴を手渡してきた。

「ごめんなさい、こんなものしかなくて」
「いや、甘いものは好きだ……ありがとう」
「元気出してくださいね」
「ああ……」

 カーラはそれだけを言うと小走りに去っていった。ライアンはぼんやりとその姿を見送った



「はぁ……よかった。無事だった……」

 カーラは息を切らせて走りながら、エミリアの部屋に向かって走っていた。

「カーラ?」
「あ、エミリア様……」

 部屋の前でエミリアと鉢合わせたカーラは思わず飛び上がった。

「どこに行ってたの? もう就寝の時間よ」
「そのー……えっと……ライアン様の顔を見てきました……」
「えっ?」

 エミリアはその言葉に驚きつつ、カーラを部屋に引っ張り込んだ。

「どういう事なの?」
「……エミリア様が気落ちしてらしたので、つい気になって……」
「カーラったら……」
「離れの棟なら大丈夫です。あそこなら人目が少ないから逆に行きやすいです。男性の房に入るわけにはいかないですし。ライアン様は元気でしたよ、格子つきの部屋でしたけど」
「そう……」

 エミリアはそれを聞いてほっとしてベッドに座り込んだ。ライアンの様子がまったく聞こえてこなくなった事にエミリアは危惧していた。ライアンを守るはずのこの教会が逆にライアンを害する事になりはしないかと。

「カーラ……ごめんね」
「エミリア様……」

 エミリアは無力感に苛まれていた。人を守りたい、救いたい気持ちで聖女を目指したのに逆に今はがんじがらめになっている。

「あとはミール地方の訪問の許可、降りるといいですね」
「ええ……」

 ユニオールの北の国の地方では疫病が流行っていた。エミリアは聖女としてその地方に訪問する事を希望していた。エミリアの母もまた、流行り病で亡くなったのだ。その時に初めて聖女の姿をエミリアは見た。

「私も……人々を癒し勇気づける存在になりたいのです」
「それこそ聖女様の出番です! きっと大丈夫です!」

 元気に答えるカーラの姿を見て、エミリアは思わず微笑んだ。

「そうだ、エミリア様……手紙書きませんか」
「手紙?」
「その、今日大したお土産も持っていけなかったので……エミリア様からの手紙ならきっと喜ぶだろうなって」
「そうね……」

 エミリアは考えた。表向き、聖女は俗世と関わりを避けるべきとされている。一般の僧侶とも無駄に親しくすべきではないと、エミリアとして出す手紙はきっと途中で破棄されてしまうだろう。でもカーラからなら……。

「手紙……書いてみるわ。だから今日はもうお休みなさい」
「はい、エミリア様」

 カーラが下がった所で、エミリアは文机に座りペンを取った。そしてライアンへ労りの言葉を紡ぎ出す。

「ええと……封筒は……」

 棚に手を伸ばしたその時、カサリと落ちたのはクロエからの手紙だった。

「ふふ……」

 エミリアは微笑みながらその手紙を開き、クロエの拙い文字を辿る。それから名無しのそっけない言葉も。

「返事……書きたいわね……」

 エミリアはそう呟いてハッとした。この手紙の返事もカーラから出せばハーフェンに届くのではないか。
 エミリアはその事に気が付いて、再びペンをとった。



「……なぁ」
「ぐすっ、もうちょっと飲ませてくれ……」

 その頃、名無しは明日に響きそうだと思いながらリックと酒を飲んでいた。とは言え居酒屋なんてない小さな村である。村はずれの木の陰で二人は飲んでいた。周りには誰もいない。来るとしたら猪とか野犬とかそんなものだろう。

「泣く事じゃないだろう」
「だって……黙っていなくなるなんて……」
「向こうは商売を替えただけだろ」

 さっきからリックがじめじめ愚痴りながら泣いているのは、リックのお気に入りの町の宿の女給ジャンヌが急に仕事を辞めたことだった。

「今度町に行った時に、ミカエラにもう一回確かめる。それしかないだろ」
「うん……」
「ただ……」

 名無しはその先の言葉を詰まらせた。自分と立場が違うリックにこの言葉をそのまま言っていいのかちょっと迷ったのだ。

「ん?」
「ジャンヌを探して、リックはどうするつもりなんだ? 新しい店に通うのか? ジャンヌだって都合ってものがあるだろう?」
「そ、それは……」
「よーく考えろ。あと、俺はもう寝る」

 名無しは立ち上がって無理矢理に湿っぽい酒宴を切り上げた。

「ごめんアル……。俺、ちょっとちゃんと考えるわ……」
「……おう」

 とぼとぼと家に向かうリックを見送って、名無しは呟いた。

「悩み相談には向いてないな……」

 ふと、エミリアならこんな時どうするだろうと考えた。名無しの恐れも迷いも受け止めてくれたエミリアなら……。

「んー……まず、そういう店に行った事に怒るか……」

 名無しは頭を掻きながらそっと家の中に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界を【創造】【召喚】【付与】で無双します。

FREE
ファンタジー
ブラック企業へ就職して5年…今日も疲れ果て眠りにつく。 目が醒めるとそこは見慣れた部屋ではなかった。 ふと頭に直接聞こえる声。それに俺は火事で死んだことを伝えられ、異世界に転生できると言われる。 異世界、それは剣と魔法が存在するファンタジーな世界。 これは主人公、タイムが神様から選んだスキルで異世界を自由に生きる物語。 *リメイク作品です。

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

危険度SSSクラス「勇者」パーティに潜入した魔王軍の四天王。バレない様に頑張ってたら、女勇者に気に入られた

LA軍@9作書籍化(@5作コミカライズ)
ファンタジー
 女勇者が懐きすぎてウザい……。  魔王様に命じられ、勇者パーティーに潜入した俺───魔王軍四天王『隠密のヴァイパー』は今日も任務を忠実にこなす。  そう、「勇者の信頼を勝ち取れ──」という、魔王様の命令を遂行するために……!  そのためなら何でもしてやったともさ───!  ──勇者様には優しくする!  ──魔物やスケベ貴族からも護ってみせる!  ──どんな困難な任務も完遂してみせるとも!  もちろん、  味方のはずの魔王軍にも容赦しませんよ!  だけど、  勇者のために魔王軍を次々と撃破しているうちに──想像以上に女勇者に懐かれてしまい…??  毎日添い寝するはめに。 魔王「おまッ……いやさ!──そんなチャンスあるなら、勇者を殺せよッ!」  これは、  加減を知らない暗殺者と勇者による英雄譚??  魔王軍の暗殺者は、想像以上にポンコツだった……。

魔力が無いと言われたので独学で最強無双の大賢者になりました!

雪華慧太
ファンタジー
若き数学者、七神裕哉は異世界に転生した。転生先は、強い魔力を持つ者のみが将来を約束される世界。だが彼は生まれつき魔力を持っていなかった。その為、名門公爵家の跡取りだったはずの彼は、侮蔑され追放される。だが彼の魔力は皆無なわけではなく、人が使いこなすことが出来ない劣等魔力と呼ばれる物だった。それを知った彼は劣等魔力を制御する数学的魔導術式、神言語(しんげんご)を作り上げ、世界を揺るがす存在となっていく。※このたび本作品の第二巻がアルファポリス様から発売されることになりました。発売は10月下旬になります。これもいつも応援して下さる皆様のお蔭です、ありがとうございます!

(新)師匠、弟子にして下さい!〜その魔女、最強につき〜

ハルン
恋愛
その世界では、何千年も前から魔王と勇者の戦いが続いていた。 ーー世界を手に入れようと魔を従える魔王。 ーー人類の、世界の最後の希望である勇者。 ある時は魔王が、またある時は勇者が。 両者は長き時の中で、倒し倒されを繰り返して来た。 そうしてまた、新たな魔王と勇者の戦いが始まろうとしていた。 ーーしかし、今回の戦いはこれまでと違った。 勇者の側には一人の魔女がいた。 「何なのだ…何なのだ、その女はっ!?」 「師匠をその女呼ばわりするなっ!」 「……いや、そもそも何で仲間でも無い私をここに連れて来たの?」 これは、今代の勇者の師匠(無理矢理?)になったとある魔女の物語である。

落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介
ファンタジー
領主お抱えの立派な冒険者となるべく『バーグナー冒険者予備学校』へ通っていた成績優秀な少年、アストル。 しかし、アストルに宿った『アルカナ』は最低クラスの☆1だった!? 『アルカナ』の☆の数がモノを言う世界『レムシリア』で少年は己が生きる術を見つけていく。 先天的に授かった☆に関わらない【魔法】のスキルによって! 「よし、今日も稼げたな……貯金しておかないと」 ☆1の烙印を押された少年が図太く、そして逞しく成長していく冒険ファンタジー。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

「聖女など不要」と言われて怒った聖女が一週間祈ることをやめた結果→

八緒あいら
恋愛
国を守護する力を宿した、聖女のルイーゼ。 彼女は毎日祈りを捧げることで、 魔物に力を与える「魔窟」を封印しているのだ。 けれど長らく平和が続き、 巷では聖女などもはや不要だという空気が蔓延していた。 そんなある日、ルイーゼは王子であるニックに呼び出され「キミ、聖女やめていいよ」と言い渡されてしまう。 ルイーゼがいくらその必要性を訴えても、ニックは聞く耳を持たない。 ならばと、ルイーゼは一週間祈ることをやめ、聖女の力を証明しようと決意。 するとさっそく、不穏な出来事が頻発し始めて――

処理中です...