上 下
58 / 90
第三章

57話 宴の終わり

しおりを挟む
「はあ……はあ……クレン派の奴らめ!」

 舞台に上がり、聖人リアンに扮したリックは中々の迫真の演技である。

「おかげで深手を負ってしまった……私はもう駄目かもしれない」

 息荒く、がくりと膝をつくリック。チラリとガウンをめくって観客の村人に傷跡を見せる。そこにはソーセージがぶら下がっていた。くすくすと笑い声が起こる。

「も、もし……」

 そこに反対側からにゅっと名無しが顔を出した。おしろいを塗ったその顔に一瞬観客は静まり返り、次の瞬間大笑いが起きた。

「あれ、アルよね?」
「ぶぶぶっ、あの顔……っ」

 名無しが神妙な顔をしているのが余計におかしかったのか引き攣ったように笑っている者もいる。

「なにやってんの、アル! 出てきて次の台詞!」
「あ……」

 リックが小声名無しを促した。名無しは慌てて舞台に上がった。ワンピース姿のその格好にまた笑い声が起こる。

「似合ってるぞーっ」

 早速ヤジが飛ぶ。名無しはその声に早速次の台詞が分からなくなった。

「アル、坊様だ」
「あ! お坊様! どうされました!」
「そこの方、怪我をして息も絶え絶えです……どうか助けてください」
「分かりました」

 名無しはリックをお姫様でも運ぶように横抱きにした。あっさり持ち上げられたリックを見て観客はまた笑う。

「たくましいーっ」

 なぜかおかみさん方の黄色い声を浴びながら二人は退場した。そして追手達の演技が舞台上で始まる。

「アル……ひやひやさせんなよ」
「む、すまん」

 軽くリックに謝っている間にすぐに再び二人の出番がやってくる。

「わー、あなたのおかげでずいぶん具合がよくなりました!」
「まー! それはよかった! ですわ!」

 名無しのあまりの棒読みに予期せぬ笑いが起きる。名無しはへんな汗が背中を流れていくのを感じていた。

「それではお礼にあなたに神の話をしてあげましょう」
「いいえ結構です! 私は人殺しの娼婦。救う神などありません!」
「いえ、神はそんなあなたも見捨てません」
「お坊様、どうすれば私は救われますか!?」
「アル……ちょっと声張りすぎ……えー。これからは人の為に生きるのです。あなたが奪ってきた以上のものを人に与えるのです」

 リックは真っ赤になって台詞を怒鳴る名無しに呆れながら台詞を返した。やがて舞台は娼婦アリシャの独白に変わった。

「ああ、リアン様は神は私を救ってくださると言う! だけど本当かしら! そうだ! リアン様を誘惑してみよう! 娼婦の私の誘惑に負けないリアン様の言う事なら信じられる!」

 そして名無しの扮するアリシャは眠るリアンの元に向かう。アリシャがリアンに口づけするふりをしようとかがみ込んだ時だった。

「うわっ」
「ええっ」

 本当なら、アリシャの動きを察知したリアンがそれを止め、諭すというシーンだった。ところが長いスカートに足を取られた名無しがそのまま倒れ込んできた。ごちーん! と二人のおでこがぶつかる。

「ぎゃーっ!」
「わはははははは!」

 客席から悲鳴と笑い声。リックは名無しを睨み付けた。

「なーにやってんだ! アル……アリシャ!」
「す……すまん。あーえっと、神様の事は信じます……?」
「それでよし!」

 二人はアクシデントを起こしながらも強引にシーンを続ける。そしてすっかり動けるようになったリアンがまた旅に出る日が来た。

「リアン様、これから私は人の為に生きます」
「ああ、達者で」

 そこに追手がやってきた。アリシャはローブを纏いリアンのフリをして引きつける。

「リアン様、人から奪い続けた私が与えるものは私の命です!」

 そう言って岩の舞台装置から名無しが姿を消すと、客席から鼻をすする音が聞こえてきた。無事に逃れたリアンは南の地に着きそこで新しい教会を建てる。

「ああ、ここにも神の救いがきました」
「南の地の民よ。聞くがいい。神の為に死んだ尊い女性がいたのだ」

 リックの最後の台詞が終わり、村の聖人劇の幕は閉じた。割れんばかりの拍手が湧き上がった。

「お、終わった……」

 名無しは言い様のない疲労感に襲われて膝に手をついた。

「ほら、挨拶しなきゃ」

 再び舞台上に現れた演者に拍手の音が降りかかる。

「……リック達による聖人劇でした。今年はまぁ……マシ……良かったのではないでしょうか」

 司祭様からもそう言ってもらった。今年はまだまともに見て貰えたみたいである。

「パパーっ!」
「クロエ」
「ぷぷっ。そのお顔! パパもやるじゃん!」
「はは……」

 名無しはとっととおしろいを落とそうと教会の中に入った。

「おい、化粧を取りたい」
「はいはい」

 元の農民の服に戻った名無しはリックに肩を叩かれた。

「おい石頭」
「だからごめんって」
「よく頑張った! いえい!」

 リックは名無しをがっしりハグした。

「じゃあ来年からはアルが中心で頼むな」
「……はっ!?」

 リックの突然の言葉に名無しは呆然とした。

「お、俺はこういうのは向いて無い……と……」
「だってさ、俺結婚するんだもん。来年はそれどころじゃないかもしれないしさ」
「へっ!?」
「……だ・か・ら! 結婚!」

 リックが結婚なんて名無しは初耳である。

「え? いつ?」
「いやー、それは分からないけど。だってこれから見合いだからさ」
「見合い……」
「いやぁ、緊張するなー」

 名無しは大いに戸惑っていた。見合いもまだなのに結婚後の事を考えているのか……? と。しかしよく考えてきたら身の回りに結婚するような人間も今までいなかったのでよく分からなかった。

「そういうもんなのか……?」
「あっ、そうだアル着いてきてくれよ」
「俺が……?」

 リックは軽い感じでそう言ってニコニコ笑っている。名無しはなんだか面倒な事にまた巻き込まれているのでは、と口の端をひくひくさせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。  女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。  お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。  のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。   ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。  拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。  中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。 旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜

海月 結城
ファンタジー
ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。 そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。 しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。 けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

処理中です...