30 / 90
第一章
29話 聖なる旅路
しおりを挟む
名無しは襲い来る刃をサッと躱し、背後に飛びのいた。目前で光の刃がぶつかり合い四散する。
「アル……後ろ!」
しかし、放たれた光の刃は名無しの後ろにも迫っていた。それに対し名無しはただ手の甲を向ける。名無しに向かっていた光の刃はその一突きで砕け散った。
「ば、馬鹿な……上級魔法の魔法障壁……?」
「それは禁制の品のはず。王国の正規軍でもなければ手に入らないものだぞ!?」
「……生憎、お上品に決まりを守る質じゃないんでな」
名無しの手に嵌まっている手甲には魔法障壁の陣が刻んであった。
「じゃ、お喋りはここまでだ」
「ひっ」
名無しはザッと足下の残雪を蹴り上げ、拳を振り上げると男の鼻柱をへし折った。そしてその勢いを生かして後ろに回し蹴りを繰り出し、もう一人の男のみぞおちに入れる。
「……やめっ、やめてくれ」
「ずうずうしい事をいうなよ」
名無しは残った最後の男につかつかと歩み寄ると、一気に首を締め上げた。
「ぐ……ぐ……」
だらり、と男の体から力が抜けた。
「殺してないからな」
名無しは腰を抜かしたままこっちを見ているエミリアに向かって言った。
「あ……はい……」
エミリアは思わず頷いた後、ハッとして名無しを見た。
「どうしてアルがここに居るんです!?」
「……頼まれた。あんたが無事かどうか見に行ってくれと。リックと……あと坊さんまでな」
「司祭様も……?」
「ああ、神のお告げだとかなんとかって。結局、その通りだったな」
「……」
名無しは黙り込んでしまったエミリアに手を差し伸べた。
「立て。町まで送ろう」
エミリアはじっとその手を見つめたが、首を振り一人で立ち上がった。
「これは聖女になる為の巡礼です。私は徒歩で向かいます」
「そうか」
名無しはエミリアの荷物を拾いながら、道に伸びている男達を指差した。
「こいつらどうする?」
「……殺す訳にも、役人に突き出す訳にもいきません……」
「はーっ、めんどくさいな。まぁこのままにしておくか。で、あんたはなんでこいつらに襲われたんだ?」
「それは……」
口ごもったエミリアを見て、名無しはまた男達に視線を移した。
「あんたじゃなくて、こいつらに聞いてもいいんだぞ」
「……アル」
エミリアは観念したかのように目を閉じた。そして短くため息をつくと、名無しに言った。
「分かりました。道々お話しましょう。とにかくここを離れないと」
「そうだな」
名無しは馬を引いて、エミリアの後に続いた。
「……彼らは教会の者です」
「あんたの巡礼の邪魔をしてきた訳か。あの村を出るのを見計らって」
「おそらくそうです。ここまで強引な手を使ってくるとは思いませんでしたが」
「と、いう事は今までも妨害があった訳か」
エミリアは名無しをちらりと見ると、無言で頷いた。
「……ええ。ならず者をけしかけられたり、路銀を掠め取られたりした事はありました。ただ……誰が指示しているのか確信は持てなかったのです」
「じゃあ、あんたが道で倒れてたのも……」
「ええ……」
道の向こうに次の町が見えて来た。町の中に入ってさえしまえば先程のような派手な妨害行動は起こせないだろう。
「なんでそこまでしてあいつらはあんたの邪魔をするんだ?」
「……先程の顔ぶれを見て確信しました。おそらく彼らの支持する尼僧を聖女にする為だと思います。ずっと、一緒に学んできた仲間だと思っていたのですが……彼女の父親は有力貴族なのです」
エミリアはそう言って唇を噛みしめた。名無しはどこもくだらない争いばかりだ、と思った。ただ、その争いの手足となって名無しは生きてきたのだ。鼻で笑う気にはなれなかった。
「もう町です。ありがとうございました」
「……あんた、このまま旅を続ける気か? あの男達はまた何か仕掛けてくるぞ」
「承知の上です。汚いやり方がまかり通ってしまうからこそ、私は真っ直ぐに道を行かなければなりません」
エミリアはきっぱりと答えた。金糸の髪に縁取られた青い眼は強い意志を湛えている。
「……そうか」
「はい」
エミリアは名無しに背を向けて、町の入り口へと向かった。
「じゃあ、村に手紙を出さないとな。留守は数日だと言ってしまった」
「アル!? どうしてついてくるんです?」
そこで別れだとばかり思ったエミリアは、そのまま後ろをついてくる名無しを見て驚きの声をあげた。
「……理由が必要か?」
「理由というか、アルがついてくる必要はありません!」
「……俺は聖都に行ってみようかと思っているんだが……その前をたまたま巡礼者が歩いているという事もあるかもしれないな」
「なっ……な……」
エミリアはそう嘯いた名無しを見て、手を震わせ顔を真っ赤にした。エミリアにとってこの巡礼の旅は神聖なものであった。
「たった一人の力で旅してきた訳じゃないだろ」
名無しは静かに呟いた。
「人は一人じゃ生きられない、そう言ったのはあんただ」
「え……」
エミリアは名無しは聞き流しているように見えた言葉を覚えていた事に驚いた。
「あんたはあんたの道を行け。ただ……それを邪魔するやつはぶっ倒す」
「……アル」
春の初めの柔らかな夕暮れがあたりを包み込み始める中、名無しとエミリアは見つめ合った。
孤高の道を歩もうとするエミリアと拭いきれぬ過去を背負った名無し。その二人の旅がはじまろうとしていた。
「アル……後ろ!」
しかし、放たれた光の刃は名無しの後ろにも迫っていた。それに対し名無しはただ手の甲を向ける。名無しに向かっていた光の刃はその一突きで砕け散った。
「ば、馬鹿な……上級魔法の魔法障壁……?」
「それは禁制の品のはず。王国の正規軍でもなければ手に入らないものだぞ!?」
「……生憎、お上品に決まりを守る質じゃないんでな」
名無しの手に嵌まっている手甲には魔法障壁の陣が刻んであった。
「じゃ、お喋りはここまでだ」
「ひっ」
名無しはザッと足下の残雪を蹴り上げ、拳を振り上げると男の鼻柱をへし折った。そしてその勢いを生かして後ろに回し蹴りを繰り出し、もう一人の男のみぞおちに入れる。
「……やめっ、やめてくれ」
「ずうずうしい事をいうなよ」
名無しは残った最後の男につかつかと歩み寄ると、一気に首を締め上げた。
「ぐ……ぐ……」
だらり、と男の体から力が抜けた。
「殺してないからな」
名無しは腰を抜かしたままこっちを見ているエミリアに向かって言った。
「あ……はい……」
エミリアは思わず頷いた後、ハッとして名無しを見た。
「どうしてアルがここに居るんです!?」
「……頼まれた。あんたが無事かどうか見に行ってくれと。リックと……あと坊さんまでな」
「司祭様も……?」
「ああ、神のお告げだとかなんとかって。結局、その通りだったな」
「……」
名無しは黙り込んでしまったエミリアに手を差し伸べた。
「立て。町まで送ろう」
エミリアはじっとその手を見つめたが、首を振り一人で立ち上がった。
「これは聖女になる為の巡礼です。私は徒歩で向かいます」
「そうか」
名無しはエミリアの荷物を拾いながら、道に伸びている男達を指差した。
「こいつらどうする?」
「……殺す訳にも、役人に突き出す訳にもいきません……」
「はーっ、めんどくさいな。まぁこのままにしておくか。で、あんたはなんでこいつらに襲われたんだ?」
「それは……」
口ごもったエミリアを見て、名無しはまた男達に視線を移した。
「あんたじゃなくて、こいつらに聞いてもいいんだぞ」
「……アル」
エミリアは観念したかのように目を閉じた。そして短くため息をつくと、名無しに言った。
「分かりました。道々お話しましょう。とにかくここを離れないと」
「そうだな」
名無しは馬を引いて、エミリアの後に続いた。
「……彼らは教会の者です」
「あんたの巡礼の邪魔をしてきた訳か。あの村を出るのを見計らって」
「おそらくそうです。ここまで強引な手を使ってくるとは思いませんでしたが」
「と、いう事は今までも妨害があった訳か」
エミリアは名無しをちらりと見ると、無言で頷いた。
「……ええ。ならず者をけしかけられたり、路銀を掠め取られたりした事はありました。ただ……誰が指示しているのか確信は持てなかったのです」
「じゃあ、あんたが道で倒れてたのも……」
「ええ……」
道の向こうに次の町が見えて来た。町の中に入ってさえしまえば先程のような派手な妨害行動は起こせないだろう。
「なんでそこまでしてあいつらはあんたの邪魔をするんだ?」
「……先程の顔ぶれを見て確信しました。おそらく彼らの支持する尼僧を聖女にする為だと思います。ずっと、一緒に学んできた仲間だと思っていたのですが……彼女の父親は有力貴族なのです」
エミリアはそう言って唇を噛みしめた。名無しはどこもくだらない争いばかりだ、と思った。ただ、その争いの手足となって名無しは生きてきたのだ。鼻で笑う気にはなれなかった。
「もう町です。ありがとうございました」
「……あんた、このまま旅を続ける気か? あの男達はまた何か仕掛けてくるぞ」
「承知の上です。汚いやり方がまかり通ってしまうからこそ、私は真っ直ぐに道を行かなければなりません」
エミリアはきっぱりと答えた。金糸の髪に縁取られた青い眼は強い意志を湛えている。
「……そうか」
「はい」
エミリアは名無しに背を向けて、町の入り口へと向かった。
「じゃあ、村に手紙を出さないとな。留守は数日だと言ってしまった」
「アル!? どうしてついてくるんです?」
そこで別れだとばかり思ったエミリアは、そのまま後ろをついてくる名無しを見て驚きの声をあげた。
「……理由が必要か?」
「理由というか、アルがついてくる必要はありません!」
「……俺は聖都に行ってみようかと思っているんだが……その前をたまたま巡礼者が歩いているという事もあるかもしれないな」
「なっ……な……」
エミリアはそう嘯いた名無しを見て、手を震わせ顔を真っ赤にした。エミリアにとってこの巡礼の旅は神聖なものであった。
「たった一人の力で旅してきた訳じゃないだろ」
名無しは静かに呟いた。
「人は一人じゃ生きられない、そう言ったのはあんただ」
「え……」
エミリアは名無しは聞き流しているように見えた言葉を覚えていた事に驚いた。
「あんたはあんたの道を行け。ただ……それを邪魔するやつはぶっ倒す」
「……アル」
春の初めの柔らかな夕暮れがあたりを包み込み始める中、名無しとエミリアは見つめ合った。
孤高の道を歩もうとするエミリアと拭いきれぬ過去を背負った名無し。その二人の旅がはじまろうとしていた。
0
お気に入りに追加
2,444
あなたにおすすめの小説
イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)
こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位!
死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。
閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話
2作目になります。
まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。
「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」
【完結】俺様フェンリルの飼い主になりました。異世界の命運は私次第!?
酒本 アズサ
ファンタジー
【タイトル変更しました】
社畜として働いてサキは、日課のお百度参りの最中に階段から転落して気がつくと、そこは異世界であった!?
もふもふの可愛いちびっこフェンリルを拾ったサキは、謎の獣人達に追われることに。
襲われると思いきや、ちびっこフェンリルに跪く獣人達。
え?もしかしてこの子(ちびっこフェンリル)は偉い子なの!?
「頭が高い。頭を垂れてつくばえ!」
ちびっこフェンリルに獣人、そこにイケメン王子様まで現れてさぁ大変。
サキは異世界で運命を切り開いていけるのか!?
実は「千年生きた魔女〜」の後の世界だったり。
(´・ノω・`)コッソリ
転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~
柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。
想像と、違ったんだけど?神様!
寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。
神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗
もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。
とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗
いくぞ、「【【オー❗】】」
誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。
「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。
コメントをくれた方にはお返事します。
こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。
2日に1回更新しています。(予定によって変更あり)
小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。
少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_
間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎
って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!
何故こうなった…
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
そして死亡する原因には不可解な点が…
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第六部完結】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
家の猫がポーションとってきた。
熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。
ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。
瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。
始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。
流石に異世界でもこのチートはやばくない?
裏おきな
ファンタジー
片桐蓮《かたぎりれん》40歳独身駄目サラリーマンが趣味のリサイクルとレストアの資材集めに解体業者の資材置き場に行ったらまさかの異世界転移してしまった!そこに現れたのが守護神獣になっていた昔飼っていた犬のラクス。
異世界転移で手に入れた無限鍛冶
のチート能力で異世界を生きて行く事になった!
この作品は約1年半前に初めて「なろう」で書いた物を加筆修正して上げていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる