上 下
10 / 90
第一章

9話 救う者

しおりを挟む
 そんな名無しとは逆にエミリアは困ったような顔をしている。

「光魔法とは言え、暴力には変わりないですから」
「身を守る為だろう?」
「……それでも命を奪う事になりますから。それは神の教えに背きます」
「……」

 ならば、命じられるまま命を刈り続けた自分はこの女にとってどういう存在に映るのだろう。名無しは神の存在など信じていないが、それでも居心地の悪さを感じていた。

「はい、麦とお豆のおかゆだよ」

 その時、クロエが食事を持って現れた。

「ありがとう。神に感謝を」
「作ったのはクロエだ」

 エミリアは一瞬きょとんとして名無しを見た。

「……そうですね。ありがとうクロエちゃん」
「食べられるだけでいいからね! 無理するとまた具合悪くなるから」
「はい」

 そう言いながらも、エミリアは出されたかゆを全部食べた。薬がよく効いているようだ。

「お世話になって申し訳ありません」

 改めて礼を言うエミリア。ヨハン爺さんは首を振って答えた。

「遠慮せんでええよ。ゆっくり養生しなせい」
「ところでなんであんな所で倒れてたんだ?」

 名無しは思っていた疑問をエミリアにぶつけた。エミリアの倒れていた所は町からそう遠くない。町にいれば行き倒れる事もなかったのではないかと名無しは思った。

「それが、手持ちの旅費を使い果たしてしまいまして……。町では教会に泊まれたのですが、それまでの無理がたたったみたいです」

 エミリアはちょっと照れくさそうに答えた。

「本当に世間知らずで……恥ずかしいです」
「ならこれを」

 名無しはそんなエミリアに金貨を一枚差し出した。エミリアは驚いた顔で名無しを見る。

「まだ……名前もうかがってませんでしたね」
「……アルだ。そしてこの爺さんはヨハン、それからあの女の子はクロエ」
「そのお金は受け取れません」

 きっぱりとエミリアは答えた。名無しはそれを聞いて少しがっかりした。クロエの時といい、なぜ自分の贈り物は喜ばれないのか。

「俺から受け取るのは嫌なのか?」
「え……いいえ、そういう事ではありません。私はこのように看病して貰っただけで十分ですし、あとは教会に頼りますから……」

 そう言ってエミリアは少し黙った。しかし無表情な名無しをみて続けた。

「私は尼僧です。施しは受けます。しかし日々の糧の余裕のある所からです」
「……どういう事だ?」
「そのお金はヨハンさんとクロエちゃんに使ってください」

 そこまで言われて名無しはようやく理解した。この廃屋に近いあばら屋の住人から金貨を貰う訳にはいかないという事だろう。

「……分かった」
「起き上がれるようになったら教会に移りますから」
「ああ」

 そう言うとエミリアは眠りについた。それを見届けて名無しは家の外に出た。

「もう、パパったら病気の人はそっとしておいてあげなくちゃ」
「そうなのか」

 名無しは外で水まきをしていたクロエに怒られながら、自分達が寝起きしている家を見た。

「屋根もひどかったが、壁も直さなきゃな……リックに頼むか」



 秋の高く澄み切った空。その空の下、名無しとクロエはリックの元を訪れていた。クロエは勝手について来ただけだが。

「今度は壁を直したいって? ……まぁこれからどんどん寒くなるからな」
「あたしは平気だよ!」
「クロエは平気でもヨハン爺さんには堪えるだろ。うん、分かったよ。俺がやるよ」
「すまん」

 名無しは頭を下げた。リックには世話になってばかりだ。

「魔獣を退治してくれた礼をみんなでどうしようか考えていたところだ。お安いもんだよ」
「パパが出来ればいいのにね」
「素人は黙っていた方がいい」
「あははは! そりゃその通りだ」

 屋根の一件を知っているリックはそれを聞いて大笑いした。

「あー、とんぼ!」

 蜻蛉をみつけて捕まえようと駆けだしたクロエを見ながら、リックはひそひそと名無しに話しかけた。

「……なぁ。まだパパって呼んでるんだけど……」
「クロエがそうしたいと言ったんだ。本当に父親だと思っている訳ではない」
「はあ……懐かれたな」 
「ああ」

 黒尽くめの格好をやめて農夫の格好をしてはいるものの、名無しの表情の読めなさは異常だ。リックは一体なにを考えて居るんだろうと思った。

「いつかはここを出て行くんだろ。クロエが泣くぞ」
「……」

 現状名無しに行くところなどない。けれどこの村では客人扱いだし、あの素朴な同居人達に迷惑がかかるようなら名無しはいつでも出て行くつもりではあった。でもあの時、どこにも行かないとクロエに約束したのも事実だ。

「考えておく」

 名無しはようやっとそれだけ答えた。それから二日もするとエミリアは起き上がれるまで回復した。

「これからまた旅にでるのか」

 名無しがそう聞くと、エミリアはふるふると首を振った。

「いいえ、教会にお世話になろうと思ってます」
「まだ全快とは言えんしの、それがええ。無理をしたらまた倒れる」
「ええ、それもありますけど……救わなければならない者がいるところにはしばらく留まりたいと思いまして」
「救わなけければ?」
「ええ」

 エミリアは薄く微笑みつつ、教会へと移った。

「なにを救うんだ」

 名無しはエミリアの言葉の意味を理解できないまま、その後ろ姿を見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

【完結】反逆令嬢

なか
恋愛
「お前が婚約者にふさわしいか、身体を確かめてやる」 婚約者であるライアン王子に言われた言葉に呆れて声も出ない レブル子爵家の令嬢 アビゲイル・レブル 権力をふりかざす王子に当然彼女は行為を断った そして告げられる婚約破棄 更には彼女のレブル家もタダでは済まないと脅す王子だったが アビゲイルは嬉々として出ていった ーこれで心おきなく殺せるー からだった 王子は間違えていた 彼女は、レブル家はただの貴族ではなかった 血の滴るナイフを見て笑う そんな彼女が初めて恋する相手とは

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。  女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。  お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。  のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。   ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。  拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。  中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。 旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...