上 下
58 / 82

-4

しおりを挟む
「おや? そこに誰かいるのか」

 そう呼びかける声に、ランはハッと顔を上げた。

(まずい……内容がどうあれ立ち聞きとか良くないよな)

 ランは顔を見られないようにじりじりと後ずさりして、その場を離れようとした。

「何か匂いが……」
「おい!」

 しかしその噂話の主はランの姿を見つけて追いかけてきた。がっと手首を掴まれて、ランは転びそうになった。

「……何している……おや」
「どうしたんだ」
「こんなところに妃殿下だ」

 その声は笑いを含んでいて、ランに対する敬意など微塵も感じられない。

「ごきげんよう、オメガの姫君」
「くっ」

 ギリギリと強く掴まれたままの手を、ランは振り払おうとしたが相手の力は強くびくともしない。
 するともう一方の男が、ランの首元に顔を寄せる。

「これがオメガか……」
「ああ、お前は初めてか? いい匂いだろう。娼館ではこの匂いをぷんぷんさせて客を誘うんだぜ」
「なるほど。アルファを堕落させるというのは頷ける」

 匂い、と言われてランは体を強ばらせた。まだ発情ヒートには少し日にちがあったはずなのに……もしかすると過度な緊張などのせいかもしれない。

「放せ……!」

 ランは男達を睨み付けたが、それは彼らを楽しませるだけだった。ニヤリと笑った男に羽交い締めにされ、ランは壁に押しつけられた。

「はぁ、くらくらする……たまらんな」
「どれ、王太子殿下が夢中の果実を少々味わうとするか?」

 背後から恐ろしい言葉をぶつけられて、ランは背筋がぞっとするのを感じた。

「やめろっ……」

 もがくランをあざ笑うかのように、男の手が太ももを撫でさすった。

「怪我をしたくなければ大人しくしろ」
「ははは、首輪チョーカーをしてきたのは懸命だったねぇ」

 下卑た笑いとともに、酒臭い荒い息をはきかけられる。ランはなんとか男達を振り払おうと無茶苦茶に暴れた。

「大人しくしろと言ったろう」

 そんなランに向かって、男は拳を振り上げた。殴られる――とランがぎゅっと目をつぶった時である。

「何をしている!」

 怒りに満ちた大声がその場を揺らした。そこには憤怒に顔を真っ赤にしたレクスが立っている。

「王太子殿下……」

 男達に動揺が走り、ランを抑え付けていた力が揺るんだ。その隙にランは男達の元から脱げだし、レクスにしがみついた。

「何をしていると聞いている」
「いや……その……少し話を」
「消えろ!」
「はい!」

 男達はレクスに怒鳴りつけられると、慌ててばつが悪そうに立ち去っていった。

「……レクス」

 ランはまだぞわぞわと気持ちの悪さを感じて、レクスに抱きついた。

「大丈夫か」
「うん、レクスが来てくれたから……」

 そう答えると、レクスはランを抱きしめた。小柄なランはレクスの腕の中にすっぽりと収まってしまう。

「あの……ちょっと発情ヒートが始まっちゃったみたいで」
「他の男の匂いがする」

 レクスはランを強く抱きしめながら、まるで上書きをするようにランの首元に顔を埋めた。

「心配した」
「ごめん……」

 レクスがランを上に向かせ、そして唇にキスを落とした。

「ごめんね……」

 ランはレクスのキスを受け入れながら、その逞しい胸に身を預けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

BL小説大賞参加中です!
気に入ったら投票していただけると嬉しいです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

螺旋の中の欠片

琴葉
BL
※オメガバース設定注意!男性妊娠出産等出て来ます※親の借金から人買いに売られてしまったオメガの澪。売られた先は大きな屋敷で、しかも年下の子供アルファ。澪は彼の愛人か愛玩具になるために売られて来たのだが…。同じ時間を共有するにつれ、澪にはある感情が芽生えていく。★6月より毎週金曜更新予定(予定外更新有り)★

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

甘い毒の寵愛

柚杏
BL
 小さな田舎町の奴隷の少年、シアンは赤い髪をしていた。やたらと目立つためシアンには厄介な色だった。  ある日、シアンは見知らぬ男に説明もされずに馬車に乗せられ王族の住まう王宮へと連れてこられた。  身なりを綺麗にされ案内された部屋には金色の髪に紺碧色の瞳をした青年がいた。それはこの国の第三王子、ノアだった。 食事に毒を盛られて蝕まれている王子と、元奴隷で毒を中和する体液を持つ赤髪の少年の物語。

無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜

楠ノ木雫
恋愛
 朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。  テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。ある日先輩方と城下町でお酒を飲みべろんべろんになって帰ってきた次の日、ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服……!? ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

かし子
BL
貴族が絶対的な力を持つ世界で、平民以下の「獣人」として生きていた子。友達は路地裏で拾った虎のぬいぐるみだけ。人に見つかればすぐに殺されてしまうから日々隠れながら生きる獣人はある夜、貴族に拾われる。 「やっと見つけた。」 サクッと読める王道物語です。 (今のところBL未満) よければぜひ! 【12/9まで毎日更新】→12/10まで延長

処理中です...