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 どこで覚えて来たのか知らないけれど、良くもまあ小っ恥ずかしい台詞を言えたもんだな、とランが思っていると、遠慮がちに呼びかける声が聞こえた。

「ごきげんよう、レクス様……あ、もうレクス殿下ですね」
「ああ、久し振りだ」
「覚えていて下さいましたか」

 見ると、大人しそうな青年が微笑み抱えている。その顔をどこかで見たような気がして、ランは彼をじっと見つめた。

「覚えて居るとも。マールス」
「うれしい……」

 その名にランは思わずアッと声を漏らしそうになった。確か……以前にレクスのお見合いを盗み見た時にお見合い相手として来ていた子だ。

「今日は奥様をお連れって聞きました」
「ああ。ラン、こっちにおいで」

 動揺するランには気付かず、レクスはランを手招いた。

「初めまして、マールスと申します」
「あっ、ランです……」

 マールスは腰まで伸びたアッシュブロンドの髪に濃いブルーの夜会服を纏い、その全身から育ちの良い上品な雰囲気を醸し出している。

「へぇ……レクス様はこういう方がお好みだったんですね」

 マールスの少し含みのある言い方に、ランは顔を上げた。にこにこと笑顔のマールスだったが、その目の奥は笑っていなかった。

「レクス……オレ、飲み物を取ってくるよ」
「あ、ああ」

 ランは居たたまれない気持ちになって、なんとか言い訳をしてその場を離れた。

「ふう……」

 冷たいレモネードを手にすると、ランは夜風に当たろうとバルコニーに出た。白く明るい月があたりを照らしている。

「ああ、涼しい……」

 人気がないのを確認して、ランはベンチに腰掛けて空を見あげた。

「あの人、オレのこと睨んでたよな」

 ランはマールスの完璧な笑みの下からちらりと見せた顔を思い出した。ただ、マールスからしたらレクスの結婚相手候補だったのに、脇からよく分からない人間がしゃしゃり出てきたようなものなのだろう。王族との縁談が出るくらいに彼も血統が良いだろうし、やはり面白くはないだろうな、とランは思った。

「やっぱ、こういうところ……苦手だ」

 ランはそう呟いて、手元のレモネードの入ったグラスを弄ぶ。その時、突然後ろから話し声がした。

「いやぁ、見ましたか?」
(えっ、誰か来た……!)

 ランはどうしようかと一瞬考えて、慌てて植木の影に姿を隠した。

「殿下の伴侶でしょう? オメガというのは本当ですか」
「ああ、首元に首輪チョーカーをしていたよ。跡継ぎがいないからといって王族も落ちたものだ」
「おや……ということはまだ番っていないのですか」
「所詮、卑しいオメガの伴侶だ。下手に王家に入れるつもりはないのだろう」

 どこの誰がは知らないが、そこにランがいることを知らない不躾な言葉に、ランは拳をぎゅっと握りしめた。

「そうですねぇ、殿下にはいずれちゃんとしたアルファの妃を娶って戴かなくては」
「ははは、そのとおりだ」
(なにも知らない癖に……!!)

 ランはその言葉に頭が沸騰するかと思った。怒りの余りに涙がこぼれそうになる。

(レクス……!)

 いつのまにかランはレクスの名を口の中で繰り返し呟いていた。
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