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60 それから
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船での一ヵ月間は、往路と変わらずの日々だった。
往路との特筆すべき違いは、往路での特筆すべき出来事が何も起こらなかったということだ。すでに船乗りたちはドラゴンの存在を知っていたし、海賊に襲われることもなかった。相変わらず船出から一週間後の食事は不味かったし、昼間の甲板は暑かった。ウインスターズに入港する一日前にはドラゴンに運送してもらうのをやめ、そこからは通常の帆船として進んだ。
ウインスターズ入港後は、運んできた商品を売りさばいた。アリシアは船酔いでダウンしていたので、手続きはすべて私が行った。普段なら商品ごとに最高値を付けてくれそうな業者へ売りに行くのだが、今回はすべての商品を一括で単一の卸売業者へ売却した。この都市から早く出たかったからだ。
入港した日のうちにすべての商品を換金し、エルドワードに後金を支払い終え、移動用の馬の手配も済ませた。後は、明日に市場で食料品を買うだけでウインスターズから出発できる。
だが、その前に一つ、済ませなければならないことがある。
翌日の朝、宿で朝食を取っていたアリシアは復調している様子だった。
「食後、ちょっと時間をいただけませんか」
私がそう訊くと、アリシアは二つ返事で
「ええ、わかりました」
と了承してくれた。
ザリアードとヴァヴィリアについてこないように伝え、アリシアを宿から連れ出す。
「実は、前々から君に伝えたいと思っていたことがあるんです」
移動中、私は沈黙を言葉で埋める。
「伝えたいことっていうのは、私の気持ちのことなんですが、いつどのタイミングで言い出すべきか見計らっていたんです。もしかすると、君を不快にしてしまうかもしれないので、君が商人として一人立ちできるだけの知識と経験を得た今が、最適だと思ったんです」
あらかじめ探しておいた人通りの少ない空き地に到着した私は、アリシアの顔を正面から見すえ、
「アリシア、君のことが好きです。愛しています。詩人のように情熱的な美しい言葉を並べることはできませんが、この気持ちは真剣です。どうか、私の伴侶になってくれませんか」
と告白した。
アリシアの表情に驚きはなかった。私の想いに薄々気付いていたのだろう。言葉にこそしていなかったものの、立ち振る舞いの端々から出てしまう気持ちを隠し通せていた自信はない。
「なぜ、私なんですか? あなたほどの商人が、私のような亜ヒト族と結婚するなんて、デメリットしかないはずです」
アリシアの言い分はもっともだった。結婚とは極めて社会的な行為であり、結婚相手は自分と同じ身分の中から選ぶのが基本だ。
「君は、一人の人間として生きようとしています。ドラゴンの力に頼りきりになるのではなく、自らの能力を高める努力をし、実際に知識を得ていく君の姿が、とても美しいと感じたんです」
気を抜くといつもの癖で、相手を納得させるためだけの論理を話してしまいそうになるので、自分の内心を素直に言葉にするために、一度立ち止まって考えをまとめる。
「君の言う通り、亜ヒト族と結婚することによる社会的なデメリットはあります。ですが、その程度のデメリットは私の商人としての能力と財力の前にすれば無いのと同じです。今の時代、金さえあれば社会的ステータスだって購入できますから」
アリシアの質問には答えられたと思うので、私はもう一度問いかける。
「私は君が好きで、その気持ちは君の種属のせいで否定されるものじゃない。後は、君の気持ち次第です」
アリシアはしばし押し黙り、覚悟を決めたように私の目を見て、
「あなたの好意は嬉しいです。ですが、私にはまだ、あなたの人生の隣に立つ資格はありません」
なんとなく、振られるのではないかと思っていた。振られるべきだとすら思っていた。アリシアが私を振るということは、自分一人でも生きていけるという自信が芽生えている証左だからだ。悲しむべきじゃない。喜ばしいことじゃないか。うん。
「ですから、待っていてください。私があなたと対等になれたと思えるようになったら、今度は私から告白しますから」
うん? それはつまり、悪い返事ではないってことなのではないか。
真下に落としていた視線を大急ぎで上げ、アリシアを見る。
真っ赤であった。
と、とりあえず、何か言わなくては。
「わかりました」
いや、これだけでは簡素すぎる。何か言い足すべきだろう。
「その時には、敬語はやめてくださいね」
アリシアがくすっと笑った。
「そういうの、気にするタイプだったんですね」
「気にしますよ。商談のときを除けば、私の心は繊細なんです」
その笑みを見て、私も気が楽になった。
「敬語をやめるくらいなら、今からやってもいいかな。前はずっとそうだったわけだし」
「そうしてくれると嬉しいよ。ヴァヴィリアとザリアードにはタメ口で、君にだけ敬語っていうのも変だと思っていたし」
「あなたは私にタメ口を使えばよかったでしょう。ザリーとはそういう関係なんだし」
「それとこれとは話が違うんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
宿に戻ると、ザリアードと一緒に食後のコーヒーを嗜んでいたヴァヴィリアがニヤけ顔でこちらを見てきた。
「早く食料買いに行くよ。今日中にインスターズを出るんだから」
「へーい」
かくして旅は続く。
誰とどこまで行くのかはまだわからないけれど、今の皆と長く一緒にいられたらと思う。
往路との特筆すべき違いは、往路での特筆すべき出来事が何も起こらなかったということだ。すでに船乗りたちはドラゴンの存在を知っていたし、海賊に襲われることもなかった。相変わらず船出から一週間後の食事は不味かったし、昼間の甲板は暑かった。ウインスターズに入港する一日前にはドラゴンに運送してもらうのをやめ、そこからは通常の帆船として進んだ。
ウインスターズ入港後は、運んできた商品を売りさばいた。アリシアは船酔いでダウンしていたので、手続きはすべて私が行った。普段なら商品ごとに最高値を付けてくれそうな業者へ売りに行くのだが、今回はすべての商品を一括で単一の卸売業者へ売却した。この都市から早く出たかったからだ。
入港した日のうちにすべての商品を換金し、エルドワードに後金を支払い終え、移動用の馬の手配も済ませた。後は、明日に市場で食料品を買うだけでウインスターズから出発できる。
だが、その前に一つ、済ませなければならないことがある。
翌日の朝、宿で朝食を取っていたアリシアは復調している様子だった。
「食後、ちょっと時間をいただけませんか」
私がそう訊くと、アリシアは二つ返事で
「ええ、わかりました」
と了承してくれた。
ザリアードとヴァヴィリアについてこないように伝え、アリシアを宿から連れ出す。
「実は、前々から君に伝えたいと思っていたことがあるんです」
移動中、私は沈黙を言葉で埋める。
「伝えたいことっていうのは、私の気持ちのことなんですが、いつどのタイミングで言い出すべきか見計らっていたんです。もしかすると、君を不快にしてしまうかもしれないので、君が商人として一人立ちできるだけの知識と経験を得た今が、最適だと思ったんです」
あらかじめ探しておいた人通りの少ない空き地に到着した私は、アリシアの顔を正面から見すえ、
「アリシア、君のことが好きです。愛しています。詩人のように情熱的な美しい言葉を並べることはできませんが、この気持ちは真剣です。どうか、私の伴侶になってくれませんか」
と告白した。
アリシアの表情に驚きはなかった。私の想いに薄々気付いていたのだろう。言葉にこそしていなかったものの、立ち振る舞いの端々から出てしまう気持ちを隠し通せていた自信はない。
「なぜ、私なんですか? あなたほどの商人が、私のような亜ヒト族と結婚するなんて、デメリットしかないはずです」
アリシアの言い分はもっともだった。結婚とは極めて社会的な行為であり、結婚相手は自分と同じ身分の中から選ぶのが基本だ。
「君は、一人の人間として生きようとしています。ドラゴンの力に頼りきりになるのではなく、自らの能力を高める努力をし、実際に知識を得ていく君の姿が、とても美しいと感じたんです」
気を抜くといつもの癖で、相手を納得させるためだけの論理を話してしまいそうになるので、自分の内心を素直に言葉にするために、一度立ち止まって考えをまとめる。
「君の言う通り、亜ヒト族と結婚することによる社会的なデメリットはあります。ですが、その程度のデメリットは私の商人としての能力と財力の前にすれば無いのと同じです。今の時代、金さえあれば社会的ステータスだって購入できますから」
アリシアの質問には答えられたと思うので、私はもう一度問いかける。
「私は君が好きで、その気持ちは君の種属のせいで否定されるものじゃない。後は、君の気持ち次第です」
アリシアはしばし押し黙り、覚悟を決めたように私の目を見て、
「あなたの好意は嬉しいです。ですが、私にはまだ、あなたの人生の隣に立つ資格はありません」
なんとなく、振られるのではないかと思っていた。振られるべきだとすら思っていた。アリシアが私を振るということは、自分一人でも生きていけるという自信が芽生えている証左だからだ。悲しむべきじゃない。喜ばしいことじゃないか。うん。
「ですから、待っていてください。私があなたと対等になれたと思えるようになったら、今度は私から告白しますから」
うん? それはつまり、悪い返事ではないってことなのではないか。
真下に落としていた視線を大急ぎで上げ、アリシアを見る。
真っ赤であった。
と、とりあえず、何か言わなくては。
「わかりました」
いや、これだけでは簡素すぎる。何か言い足すべきだろう。
「その時には、敬語はやめてくださいね」
アリシアがくすっと笑った。
「そういうの、気にするタイプだったんですね」
「気にしますよ。商談のときを除けば、私の心は繊細なんです」
その笑みを見て、私も気が楽になった。
「敬語をやめるくらいなら、今からやってもいいかな。前はずっとそうだったわけだし」
「そうしてくれると嬉しいよ。ヴァヴィリアとザリアードにはタメ口で、君にだけ敬語っていうのも変だと思っていたし」
「あなたは私にタメ口を使えばよかったでしょう。ザリーとはそういう関係なんだし」
「それとこれとは話が違うんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
宿に戻ると、ザリアードと一緒に食後のコーヒーを嗜んでいたヴァヴィリアがニヤけ顔でこちらを見てきた。
「早く食料買いに行くよ。今日中にインスターズを出るんだから」
「へーい」
かくして旅は続く。
誰とどこまで行くのかはまだわからないけれど、今の皆と長く一緒にいられたらと思う。
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