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54 竜の登場
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アリシアが祈りを捧げると、上空からゆっくりと黒い塊が降りてくる。
直上の太陽を遮り、巨大な影が庭園に落ちる。翼の羽ばたきに応じて草花が揺れる。彼こそが自然の王者なのだと、改めて感じる。
静かに四つ足を地面に付け、翼の動きが止まると、周囲と調和の取れたその姿は彫像のようだった。
ドラゴンは長い首だけを動かし、周囲にいる人間――エルドワード、ヴァヴィリア、私、アリシアに視線を向ける。その後、腹ばいになって首まで地面に付けると、静かに目蓋を閉じる。どうやら眠ったらしい。
アリシアはドラゴンの首を背もたれにして座ったので、私も隣に座る。硬い皮膚の内側にある軟らかな肉感を背中で感じる。ヴァヴィリアもアリシアのもう片方の隣に座った。エルドワードは、ドラゴンの首に背中を預ける気にはなれなかったらしく、私たちと対面の位置に腰を下ろした。
「王様、ドラゴン見に来るのかね」
と、ヴァヴィリアが言う。真剣に尋ねてきているのではなく、雑談の起点として投げかけたのだろう。
「きっと来るよ」
と、私が答える。
「部下を見に来させるだけなんじゃないかな。だって、一国の主なんだから、簡単に自分の身を危険に晒さないでしょう」
「ここにドラゴンを呼び出した時点で、王宮内に危険じゃない場所なんてないよ」
「いや、そりゃそうなんだけどさ」
「一国の主だからこそ来るんだよ。大切なものは、自分の目で見てその実在を確かめたいと思う。それが、自分の国の命運を握るかもしれないような存在であれば、尚更にね」
「自分の国、ねぇ」
ヴァヴィリアは、国王という存在に対し思うところがあるようだ。ヤマネコ族のような少数種族が、国からどう扱われていたのか想像はできる。部外者の勝手な想像なので、間違っているかもしれないが。
しばらく静かに休んでいると、背中を預けていたドラゴンの首が動く。何事かと思ってドラゴンの頭部の方を見ると、ドラゴンの視線の先に複数の重装兵がこちらへ近づいてきていた。兵士の兜のすべてに羽根飾りが付いている。もしかするとあの羽根は、兵士の階級を示しているのかもしれない。ドラゴンの視線を受けながらも、誰一人として震えることなく堂々と歩く。
先頭の兵士がドラゴンの前足がギリギリ届かない距離まで近づいたところで、前面の兵士たちが左右に分かれると、中央で守護されていた、国王と数人の老人――恐らくは官僚のお偉方――の姿が現れた。
国王は兵士たちよりも前に出て、ドラゴンの前に跪いた。
「オウ フェッタ エァ ドレキ ハヴェース グオドムレグト(おお、これがドラゴン。なんと神々しい姿か)」
私たちの前では君主としての威厳ある態度を最後まで崩さなかった国王が、ドラゴンの前では一人の人間になっていた。ドラゴンという超常の存在を崇拝する、一人の敬虔な信徒だった。
立ち上がった国王は、私のほうへ近づいてきた。兵士たちが急いで国王の傍へ向かう。ドラゴンの前に出たときは静止していたので、ドラゴンへ近づくまでは事前に予定していたのだろう。
「カウプマオウァ エグ サムピィッキ チログ フィナ アオアン ヴィンサンェガスト ヴェイッツ フェッス ランディ ヴェーンド ドレカンス(商人どの、先ほどのあなたの提案を受け入れます。どうかこの国に、ドラゴンの加護をお与えください)」
直上の太陽を遮り、巨大な影が庭園に落ちる。翼の羽ばたきに応じて草花が揺れる。彼こそが自然の王者なのだと、改めて感じる。
静かに四つ足を地面に付け、翼の動きが止まると、周囲と調和の取れたその姿は彫像のようだった。
ドラゴンは長い首だけを動かし、周囲にいる人間――エルドワード、ヴァヴィリア、私、アリシアに視線を向ける。その後、腹ばいになって首まで地面に付けると、静かに目蓋を閉じる。どうやら眠ったらしい。
アリシアはドラゴンの首を背もたれにして座ったので、私も隣に座る。硬い皮膚の内側にある軟らかな肉感を背中で感じる。ヴァヴィリアもアリシアのもう片方の隣に座った。エルドワードは、ドラゴンの首に背中を預ける気にはなれなかったらしく、私たちと対面の位置に腰を下ろした。
「王様、ドラゴン見に来るのかね」
と、ヴァヴィリアが言う。真剣に尋ねてきているのではなく、雑談の起点として投げかけたのだろう。
「きっと来るよ」
と、私が答える。
「部下を見に来させるだけなんじゃないかな。だって、一国の主なんだから、簡単に自分の身を危険に晒さないでしょう」
「ここにドラゴンを呼び出した時点で、王宮内に危険じゃない場所なんてないよ」
「いや、そりゃそうなんだけどさ」
「一国の主だからこそ来るんだよ。大切なものは、自分の目で見てその実在を確かめたいと思う。それが、自分の国の命運を握るかもしれないような存在であれば、尚更にね」
「自分の国、ねぇ」
ヴァヴィリアは、国王という存在に対し思うところがあるようだ。ヤマネコ族のような少数種族が、国からどう扱われていたのか想像はできる。部外者の勝手な想像なので、間違っているかもしれないが。
しばらく静かに休んでいると、背中を預けていたドラゴンの首が動く。何事かと思ってドラゴンの頭部の方を見ると、ドラゴンの視線の先に複数の重装兵がこちらへ近づいてきていた。兵士の兜のすべてに羽根飾りが付いている。もしかするとあの羽根は、兵士の階級を示しているのかもしれない。ドラゴンの視線を受けながらも、誰一人として震えることなく堂々と歩く。
先頭の兵士がドラゴンの前足がギリギリ届かない距離まで近づいたところで、前面の兵士たちが左右に分かれると、中央で守護されていた、国王と数人の老人――恐らくは官僚のお偉方――の姿が現れた。
国王は兵士たちよりも前に出て、ドラゴンの前に跪いた。
「オウ フェッタ エァ ドレキ ハヴェース グオドムレグト(おお、これがドラゴン。なんと神々しい姿か)」
私たちの前では君主としての威厳ある態度を最後まで崩さなかった国王が、ドラゴンの前では一人の人間になっていた。ドラゴンという超常の存在を崇拝する、一人の敬虔な信徒だった。
立ち上がった国王は、私のほうへ近づいてきた。兵士たちが急いで国王の傍へ向かう。ドラゴンの前に出たときは静止していたので、ドラゴンへ近づくまでは事前に予定していたのだろう。
「カウプマオウァ エグ サムピィッキ チログ フィナ アオアン ヴィンサンェガスト ヴェイッツ フェッス ランディ ヴェーンド ドレカンス(商人どの、先ほどのあなたの提案を受け入れます。どうかこの国に、ドラゴンの加護をお与えください)」
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