53 / 60
53 王宮の廊下にて
しおりを挟む
最後に「それでは、失礼します」とイスティアーンス語で言い残し、謁見室から出ようとすると、アリシアとヴァヴィリアとエルドワードがポカンとした顔で私のことを見ていた。
そして気づいた。イスティアーンス語がわからない彼彼女らにとっては、突如として私が意味不明な音を延々と発した後、いきなり振り返っただけなのだ。しかも、堂々たる態度で。
そんな真剣な眼差しを向けないでほしい。恥ずかしいから。
私は小声で素早く端的に今の状況を三人に伝え、一緒に謁見室から退席する。
廊下まで出ると、アリシアが私の右手首を握ってきた。何事かと思ってアリシアを見ると、アリシアは私の手のほうを見ていた。
「その血、止めないと」
自分の掌が切れていることなどすっかり忘れていた。生々しい傷口と流れ滴る血を見ると、ズキズキとした痛みが蘇ってくる。一応、重症にならないよう気をつけて切ったつもりではあるが、後でハセークに診てもらう。
アリシアは持っていたハンカチを私の掌の傷口にあてがい、その両端を手の甲で力強く結ぶ。
「何で刃を素手で握るなんてことしたんです。何かあったとしてもヴァヴィに護ってもらえるのですから、わざわざ自分から怪我をしにいく必要はなかったでしょう」
アリシアの声は悲愴そのものだった。心配してくれているらしい。
なんだか悪いことをした気分になってくる。
「私が先に怪我をすることが大事なんですよ。そうすれば、ヴァヴィリアの攻撃が正当防衛だと主張できます。その上、双方痛み分けの形であれば禍根が残りにくいでしょう。私の右手の切り傷と、十二人の衛兵の気絶とでつり合いが取れているとは思わないですが、私も血を流したのだと知っていれば、相手の溜飲も下がるというものです」
できる限り明るく言ったのだが、アリシアは俯いて、
「すみません。私の勝手な言動で、危険な目に遭わせてしまいました。私が国王からの提案を拒否しなければ――」
「いや、君が謝る必要はまったくないです」
庭園への歩みを止めることなく、私はアリシアの謝罪を否定する。
「確かに、今回の出来事は君が原因でしょう。しかし、だからとって君に責任があるわけではありません。最も悪いのは国王ですが、この事態を予見して対策を打てなかった私にも、責任の一端はあるでしょう。つまり、責められるべきなのは私で、君ではありません」
国王の立場からすれば、長年の頭痛の種であった国防に対する銀の弾丸を見つけたのだから、多少手荒でも手中に収めたかったのだろう。
その気持ちはわからないでもない。まあ、私なら例え信頼できる筋からの情報だったとしても、この目で見ない限りドラゴンが実在するなど信じないだろうが。
「ですがーー」
「私は、君がここに残ると言ってくれて嬉しかったです」
自分を責める必要はないと伝えたいだけだったのだが、妙な雰囲気になってしまった。
ヴァヴィリアが「ひゅー」と言って煽ってくる。こいつ、今回の活躍への報奨金は普段の半額にしてやる。
「とにかく、私の軽い怪我だけで済んだんですから、君が気に病む必要はないんです。むしろ、国王と直接商談をするという珍しい経験ができたのですから、喜んでほしいくらいです」
私は早足で王宮を出て、木や花が植え付けられていない庭園の一角まで向かう。
「さ、早くドラゴンを呼んでください。意識を取り戻した衛兵たちが、軍隊を率いてやってくるかもしれませんから」
そして気づいた。イスティアーンス語がわからない彼彼女らにとっては、突如として私が意味不明な音を延々と発した後、いきなり振り返っただけなのだ。しかも、堂々たる態度で。
そんな真剣な眼差しを向けないでほしい。恥ずかしいから。
私は小声で素早く端的に今の状況を三人に伝え、一緒に謁見室から退席する。
廊下まで出ると、アリシアが私の右手首を握ってきた。何事かと思ってアリシアを見ると、アリシアは私の手のほうを見ていた。
「その血、止めないと」
自分の掌が切れていることなどすっかり忘れていた。生々しい傷口と流れ滴る血を見ると、ズキズキとした痛みが蘇ってくる。一応、重症にならないよう気をつけて切ったつもりではあるが、後でハセークに診てもらう。
アリシアは持っていたハンカチを私の掌の傷口にあてがい、その両端を手の甲で力強く結ぶ。
「何で刃を素手で握るなんてことしたんです。何かあったとしてもヴァヴィに護ってもらえるのですから、わざわざ自分から怪我をしにいく必要はなかったでしょう」
アリシアの声は悲愴そのものだった。心配してくれているらしい。
なんだか悪いことをした気分になってくる。
「私が先に怪我をすることが大事なんですよ。そうすれば、ヴァヴィリアの攻撃が正当防衛だと主張できます。その上、双方痛み分けの形であれば禍根が残りにくいでしょう。私の右手の切り傷と、十二人の衛兵の気絶とでつり合いが取れているとは思わないですが、私も血を流したのだと知っていれば、相手の溜飲も下がるというものです」
できる限り明るく言ったのだが、アリシアは俯いて、
「すみません。私の勝手な言動で、危険な目に遭わせてしまいました。私が国王からの提案を拒否しなければ――」
「いや、君が謝る必要はまったくないです」
庭園への歩みを止めることなく、私はアリシアの謝罪を否定する。
「確かに、今回の出来事は君が原因でしょう。しかし、だからとって君に責任があるわけではありません。最も悪いのは国王ですが、この事態を予見して対策を打てなかった私にも、責任の一端はあるでしょう。つまり、責められるべきなのは私で、君ではありません」
国王の立場からすれば、長年の頭痛の種であった国防に対する銀の弾丸を見つけたのだから、多少手荒でも手中に収めたかったのだろう。
その気持ちはわからないでもない。まあ、私なら例え信頼できる筋からの情報だったとしても、この目で見ない限りドラゴンが実在するなど信じないだろうが。
「ですがーー」
「私は、君がここに残ると言ってくれて嬉しかったです」
自分を責める必要はないと伝えたいだけだったのだが、妙な雰囲気になってしまった。
ヴァヴィリアが「ひゅー」と言って煽ってくる。こいつ、今回の活躍への報奨金は普段の半額にしてやる。
「とにかく、私の軽い怪我だけで済んだんですから、君が気に病む必要はないんです。むしろ、国王と直接商談をするという珍しい経験ができたのですから、喜んでほしいくらいです」
私は早足で王宮を出て、木や花が植え付けられていない庭園の一角まで向かう。
「さ、早くドラゴンを呼んでください。意識を取り戻した衛兵たちが、軍隊を率いてやってくるかもしれませんから」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる