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宿屋の前には人だかりができていた。
「ねぇ、あそこに集まっているの、衛兵だよね」
鉄製の兜に厚手の服、手には槍を携えた大柄な男が二、四、六人。服の右肩にセントノイマ国旗の刺繍が施されていることから、彼らはこの国の衛兵だとわかる。
「おい、一体俺が何したって言うんだ」
衛兵たちの中から、聞き馴染んだ声がした。衛兵たちの隙間から顔が見える。エルドワードだ。
「昨日の昼頃に入港した船の船長を全員連行しろとの御命令が国王から出ているのだ。この国にいる以上、国王の御命令には従ってもらう」
状況がよくわからないが、面倒な事に巻き込まれているのは確かだった。一瞬、すべてを見なかったことにしようかとも思ったが、エルドワードを見捨てると帰りの航海が不安だ。
「あの、彼を雇ったのは私です。彼を連れて行くより、私を連れて行ったほうが何かと説明ができると思います」
衛兵たちが一斉にこちらを向く。兜の隙間から見える目が鋭い。
兜に鳥の羽根が付いた男が集団から私のほうへ一歩近づき、アリシアのほうをちらと見て一瞬固まった。
「貴様らも来い。国王の御命令では、船長は確実に連行しろとのことだが、可能であれば船員も連行するようご命令されている」
と硬い声で言う。
貴様ら、と言われて、私の後ろにいるアリシアとヴァヴィリアを失念していたことに気づく。
刹那、考える。
船長以外は可能であれば連行するとのことなので、二人は無関係だと私が言えば、私だけが連行されることになるかもしれない。
護衛としてヴァヴィリアには付いてきてほしい。完全武装された衛兵に護衛なしで連行されたくはない。となると、後考えるべきはアリシアをここに残すかどうかだが……一人で宿に残すより、一緒に来てもらったほうがいいか。アリシアとヴァヴィリアには申し訳ないが、少々付き合ってもらおう。
「わかりました。連れて行ってください」
私がそう言うと、私たちを三人の衛兵が取り囲み、エルドワードのいる方へ連れていかれる。
エルドワードと私たちが合流すると、六人の衛兵が私たちの周りを取り囲んだまま歩き始めた。
「一体どういう状況です?」
歩きながら、私はエルドワードに小声で尋ねる。一見した限り、彼の外見に暴行された形跡はなかった。
「いや、それが全然わからないんでさ。急に宿に衛兵が乗り込んできて、『昨日の昼に入港した船の船長がここにいるはずだ。出てこい』って怒鳴りつけられたんで。宿まで特定しているってこたぁ知らん振りもできんだろうってことで名乗り出たんですが、そしたらなんの説明もなく『大人しく付いてこい』って」
昨日の昼に入港した船など何十隻もある。その船長を全員このように連行しているのだとすれば、凄まじい労力だ。おそらくは、港近くの宿を人海戦術で巡回しているのだろう。一国家がここまでの労力をかける案件としては、大規模犯罪――国内の反乱勢力への武器の密輸入とか、偽硬貨の密輸入とか――の取り締まりが真っ先に考えられる。しかし、犯罪捜査だとすれば関係者全員を拘束しようとするだろう。
他にも色々考えたが、現状では情報が少なすぎる。
「あの、これってどこへ向かっているのでしょうか」
私は私を囲んでいる衛兵のうち、最も若そうで、いかにも自分がこの国のために尽力していると信じて疑わない面構え――面の大半は兜に隠されているのだが——の男に声をかける。が、無視される。よく訓練されているらしい。
それなら、無視できない質問の仕方をするとしよう。
「私たちはウインスターズから来た商人です。ウインスターズはセントノイマの主要な貿易相手ですよね。武力による正当性なき強制連行が行われたと、私がウインスターズの商人たちに喧伝すれば、セントノイマに来る貿易商の数はかなり減るでしょう。元々、ウインスターズを含む中央の商人は、イースティア大陸の国々に対して良い印象を持っていませんからね。イースティアの国々は、我ら文明国の猿真似をしている野蛮な集団に過ぎない、と」
衛兵と目が合う。その目に冷徹な意志は宿っていない。
「あなたの沈黙により、セントノイマの税収がどのくらい減るか考えたことはありますか。自分のやっていることが本当にこの国のためになっているか、自分の頭で考えていますか。この国以外にも、セントノイマには大きな貿易港がある国がいくつもあります。そんな中で現在、中央の国の多くがセントノイマの港を利用しているのは、イースティアの他の国に比べて、セントノイマが公平な制度で運営されている国家だからです。私たちは、セントノイマを信頼していたんですよ」
衛兵と私の目は合ったまま。もう一押しといったところか。
彼一人が思わず口を開いてしまうだけの説得力を言葉に宿すには、正確な情報も明晰な論理も必要ない。ただ、彼の中の正義を揺らがせるだけでいいのだ。自分が正義だと疑わない人間ほど、一度疑い出したら止まらなくなる。純粋な正義感ほど脆いものはないのだ。
「ところが今、その信頼が揺らいでいる。国王が権力を私的に乱用し、国内の秩序が乱れようとしている。それを中央の国々が知れば、セントノイマのような小国など簡単に侵略され、中央の国々によって統治されるようになるでしょう。中央の国々は、自国の利益を守るための武力行使を厭いません。そこまで考えた上で、あなたはまだ沈黙を守るのですか。一度失われた信頼は、簡単には取り戻せません。今のあなたの無責任な振る舞いが、この国の独立を脅かしているかもしれないのですよ」
「今向かっているのは王宮だ。貴様らには、国王からの質問に答えてもらう」
私が問い詰めていた若い衛兵が口を割る前に、羽根付き兜の衛兵が答えた。
こちらに背中を向けて歩き続けたまま、男は小さく溜息を吐いてから続けた。
「大人しくしていれば危害は加えないし、今日中には開放されるはずだ。拘束時間分の謝礼は出る。突然の連行で申し訳ないとは思うが、黙って従ってほしい。こちらの指示に従わない場合、武力行使も辞さない」
事実を端的に説明し、最後に脅すのも忘れない、素晴らしい回答内容だった。
虚言妄言を織り交ぜた詭弁を弄し、若輩者を脅した甲斐があったというものだ。
「ねぇ、あそこに集まっているの、衛兵だよね」
鉄製の兜に厚手の服、手には槍を携えた大柄な男が二、四、六人。服の右肩にセントノイマ国旗の刺繍が施されていることから、彼らはこの国の衛兵だとわかる。
「おい、一体俺が何したって言うんだ」
衛兵たちの中から、聞き馴染んだ声がした。衛兵たちの隙間から顔が見える。エルドワードだ。
「昨日の昼頃に入港した船の船長を全員連行しろとの御命令が国王から出ているのだ。この国にいる以上、国王の御命令には従ってもらう」
状況がよくわからないが、面倒な事に巻き込まれているのは確かだった。一瞬、すべてを見なかったことにしようかとも思ったが、エルドワードを見捨てると帰りの航海が不安だ。
「あの、彼を雇ったのは私です。彼を連れて行くより、私を連れて行ったほうが何かと説明ができると思います」
衛兵たちが一斉にこちらを向く。兜の隙間から見える目が鋭い。
兜に鳥の羽根が付いた男が集団から私のほうへ一歩近づき、アリシアのほうをちらと見て一瞬固まった。
「貴様らも来い。国王の御命令では、船長は確実に連行しろとのことだが、可能であれば船員も連行するようご命令されている」
と硬い声で言う。
貴様ら、と言われて、私の後ろにいるアリシアとヴァヴィリアを失念していたことに気づく。
刹那、考える。
船長以外は可能であれば連行するとのことなので、二人は無関係だと私が言えば、私だけが連行されることになるかもしれない。
護衛としてヴァヴィリアには付いてきてほしい。完全武装された衛兵に護衛なしで連行されたくはない。となると、後考えるべきはアリシアをここに残すかどうかだが……一人で宿に残すより、一緒に来てもらったほうがいいか。アリシアとヴァヴィリアには申し訳ないが、少々付き合ってもらおう。
「わかりました。連れて行ってください」
私がそう言うと、私たちを三人の衛兵が取り囲み、エルドワードのいる方へ連れていかれる。
エルドワードと私たちが合流すると、六人の衛兵が私たちの周りを取り囲んだまま歩き始めた。
「一体どういう状況です?」
歩きながら、私はエルドワードに小声で尋ねる。一見した限り、彼の外見に暴行された形跡はなかった。
「いや、それが全然わからないんでさ。急に宿に衛兵が乗り込んできて、『昨日の昼に入港した船の船長がここにいるはずだ。出てこい』って怒鳴りつけられたんで。宿まで特定しているってこたぁ知らん振りもできんだろうってことで名乗り出たんですが、そしたらなんの説明もなく『大人しく付いてこい』って」
昨日の昼に入港した船など何十隻もある。その船長を全員このように連行しているのだとすれば、凄まじい労力だ。おそらくは、港近くの宿を人海戦術で巡回しているのだろう。一国家がここまでの労力をかける案件としては、大規模犯罪――国内の反乱勢力への武器の密輸入とか、偽硬貨の密輸入とか――の取り締まりが真っ先に考えられる。しかし、犯罪捜査だとすれば関係者全員を拘束しようとするだろう。
他にも色々考えたが、現状では情報が少なすぎる。
「あの、これってどこへ向かっているのでしょうか」
私は私を囲んでいる衛兵のうち、最も若そうで、いかにも自分がこの国のために尽力していると信じて疑わない面構え――面の大半は兜に隠されているのだが——の男に声をかける。が、無視される。よく訓練されているらしい。
それなら、無視できない質問の仕方をするとしよう。
「私たちはウインスターズから来た商人です。ウインスターズはセントノイマの主要な貿易相手ですよね。武力による正当性なき強制連行が行われたと、私がウインスターズの商人たちに喧伝すれば、セントノイマに来る貿易商の数はかなり減るでしょう。元々、ウインスターズを含む中央の商人は、イースティア大陸の国々に対して良い印象を持っていませんからね。イースティアの国々は、我ら文明国の猿真似をしている野蛮な集団に過ぎない、と」
衛兵と目が合う。その目に冷徹な意志は宿っていない。
「あなたの沈黙により、セントノイマの税収がどのくらい減るか考えたことはありますか。自分のやっていることが本当にこの国のためになっているか、自分の頭で考えていますか。この国以外にも、セントノイマには大きな貿易港がある国がいくつもあります。そんな中で現在、中央の国の多くがセントノイマの港を利用しているのは、イースティアの他の国に比べて、セントノイマが公平な制度で運営されている国家だからです。私たちは、セントノイマを信頼していたんですよ」
衛兵と私の目は合ったまま。もう一押しといったところか。
彼一人が思わず口を開いてしまうだけの説得力を言葉に宿すには、正確な情報も明晰な論理も必要ない。ただ、彼の中の正義を揺らがせるだけでいいのだ。自分が正義だと疑わない人間ほど、一度疑い出したら止まらなくなる。純粋な正義感ほど脆いものはないのだ。
「ところが今、その信頼が揺らいでいる。国王が権力を私的に乱用し、国内の秩序が乱れようとしている。それを中央の国々が知れば、セントノイマのような小国など簡単に侵略され、中央の国々によって統治されるようになるでしょう。中央の国々は、自国の利益を守るための武力行使を厭いません。そこまで考えた上で、あなたはまだ沈黙を守るのですか。一度失われた信頼は、簡単には取り戻せません。今のあなたの無責任な振る舞いが、この国の独立を脅かしているかもしれないのですよ」
「今向かっているのは王宮だ。貴様らには、国王からの質問に答えてもらう」
私が問い詰めていた若い衛兵が口を割る前に、羽根付き兜の衛兵が答えた。
こちらに背中を向けて歩き続けたまま、男は小さく溜息を吐いてから続けた。
「大人しくしていれば危害は加えないし、今日中には開放されるはずだ。拘束時間分の謝礼は出る。突然の連行で申し訳ないとは思うが、黙って従ってほしい。こちらの指示に従わない場合、武力行使も辞さない」
事実を端的に説明し、最後に脅すのも忘れない、素晴らしい回答内容だった。
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