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45 新しい装い

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 本を買い終え、少し早めの昼食を取ってから、裾直しを頼んでおいた服屋に戻る。
 店に入ると、若い男が近づいてきた。

「レキム様ですね。お預かりしていた商品の裾直しが完了しております。今お持ちしますので、少々お待ちください」

 どうやら男は私の顔を覚えていたらしい。

「こちらで着ていかれますか? 試着室をお使いいただけますが」

 三人分の服を持ってきた男がそう尋ねてくる。
 ヴァヴィリアを見ると、うんうんと頷いた。

「そうさせていただきます」

 久々の盛装のため、着るのに少々まごついた。
 試着室から出ると、新しい装いに身を包んだヴァヴィリアが立っていた。流石、着替えるのが早い。赤を基調としたドレスに、皮革のコルセットが見る者に華やかながらも引き締まった印象を与える。

「レキムも着飾ればそれなりにいい男なんだからさ、普段からもう少し服装に気を使ったほうがいいよ」

「私は、着飾らなくてもいい男になりたいと思っているので」

「さいですか」

 せっかく皮肉を言われたので、アリシアが着替え終わるまでの間、ヴァヴィリアと舌戦して時間をつぶそうと思ったのだけれど、ヴァヴィリアは早々に話を切り上げた。
 仕方なく無言で待っていると、ヴァヴィリアが尋ねてくる。

「何か言うことないの?」

「大変お似合いになっております」

「よろしい」

 アリシアが出てくる。薄緑のワンピースを着、白のスカーフを巻いていた。

「似合っていますね」

 褒めるにしても、もっとましな言葉を口にしたかった。アリシアの姿を見た瞬間、頭が真っ白になってしまったのだ。平静さを保ったまま自然に褒め言葉を言えたのだから、及第点ではあるけれど。

「そうですか。ありがとうございます。そちらこそ、よくお似合いです」

 私の誉め言葉に、アリシアは微笑で応じた。大人な対応だった。

「それはどうも、ありがとうございます」

 なんだか私は恥ずかしくなった。感情を顔に出さない訓練をしていて良かった。
 前着ていた服と買った本を置くため、一度宿へ戻る。代金はすでに支払っていたので、すぐに店を出る。
 歩き出してすぐに、周囲から向けられる視線の変化に気づいた。まあ、理由はわかる。見目麗しい女性が華やかな格好をして歩いていれば、思わず視線で追ってしまうのは男の性であるし、そんな女性と一緒に歩く男に羨望と憤怒の視線を向ける気持ちも理解はできる。
 アリシアとヴァヴィリアは、この視線が気にならないのか、二人とも楽しそうに歩いている。
 私が他人の視線を気にしすぎなのかもしれない。表情や視線から相手の思考を読むのが商談の鉄則だが、普段の生活で通行人の表情を一々気にしていたら疲れる。優秀な護衛がいるのだから、他人の視線など気にしなければいいのだけれど、無意識に染みついた習慣を変えるのは中々難しいのだ。もう少し歳を取り、頭が鈍ってくれば、自然と気にならなくなると信じたい。

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