43 / 60
43 セントノイマの衣服店
しおりを挟む
朝日が照らすセントノイマの街並みは、夜に見たときの印象とは大分違った。
どれだけ栄えた都市だろうとある寂れた細道から、石畳で舗装された大通りへ行く。道の両側に煉瓦造りの家々が立ち並び、宿屋から港に近づくにつれて商店の数が増える。
雑多な種類の人々がごった返している。ウインスターズよりも亜ヒト族の割合が多く、すれ違う際に時々鋭い視線を感じる。ヒト族は金持ちだと認識されているため、隙あらば財布やら装飾品やらを盗んでやろうとか考えている輩は多い。ヒト族が多い場所では復讐を恐れて襲ってくることは少ないが、そうでない場所では日常茶飯事だ。他人のモノを盗んではならない、という道徳を守れるのは、心身に神を信じるだけの余裕がある者だけだとつくづく思う。
「それで、どこへ行きたいんですか?」
朝食後すぐにヴァヴィリアにせっつかれて宿から出た私は、後ろから付いてくるアリシアとヴァヴィリアに尋ねる。
「私はとりあえず服屋かな。三ヶ月ここで生活するんなら、こんな野郎っぽい服を着続けたくないし。アリシアは?」
「私も、まずは服屋がいいかな」
服屋か。あんまり綺麗な恰好をしていると、盗人に狙われやすくなると思うのだけれど……ヴァヴィリアがいるなら関係ないか。
「荷物になるような買い物は最後にしたほうがいいんじゃないかな」
「いやいや、服を買ったら着替えるんだよ。休日までこんな格好で歩き回りたくないの。っていうか、今日はレキムも服買おうよ。私たちと一緒に歩くんだからさ」
別に今もそれほど酷い格好ではないと思うのだが、服装に気を使っていないのは確かである(もちろん、貴族や王族との商談の際などは別だが)。
というか、お洒落な格好だとされるものがまともでないのだ。どれだけ暑い日であろうとシャツの上にジャケットを羽織るなど正気の沙汰とは思えない。仲の良い貴族階級の友人に同じことを話したとき「お洒落は我慢だ」と当然の顔をして言っていたので、お洒落になろうとしてはならないと確信した。ただまあ、今日は比較的涼しいし、ちょっとくらい我慢してもいい。
「わかりました。では、服を買いに行きましょう」
「三人分ね」
「はいはい」
服屋といっても、ここは沿岸都市。商人たちの町だ。貴族御用達のブティックみたいな店があるわけでなはなく、町の人々が普段着ている売っている店が多い。何軒か軒先で商品を確認した後で、ヴァヴィリアのお気に召す店を見つけた。店構えから貧乏人お断りの雰囲気を感じる。
店内に入ると、小綺麗な若い男性が近づいてきた。男は目を細め、値踏みするように私の全身を観察した。お世辞にも綺麗とは言えない恰好なので、貴族を相手にしている店であれば、店から出ていくように言われたかもしれない。しかし、港のすぐ近くで質の高い衣服を売っているということは、この店のメインターゲットは王に謁見する予定の貿易商人とかだろうから、金さえ持っていれば問題なかろう。
迂遠な質問でこちらの懐具合を探られるのは面倒なので、私は鞄から金貨の入った袋を取り出し、一振りして音を聞かせる。男の目の色が変わった。現金な奴だ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で」
「服を一揃い買いに来たんです。オーダーメイドではなく、買ってすぐ着られるものが欲しいのですが、何着か見せていただけませんか」
「それは、お客様のお連れ様お二人の分でよろしいでしょうか」
と若い男が言うと、
「いえ、彼の分もお願いします」
と間髪入れずヴァヴィリアが言う。
「わかりました。それでは、簡単にサイズを測らせていただきます」
男が店の奥に向かって「おい」と言うと、巻き尺を持った女性が二人出てきて、アリシアとヴァヴィリアの身体のサイズを測り出す。
私の身体は男が測る。肩幅、胴囲、股下と身体の各部位の長さを丁寧にテキパキと測りながら、「どのようなデザインをご希望ですか?」、「生地の材質や色にお好みはありますか?」などと尋ねてくる。これが商談用の衣服の場合なら、事細かに注文を付けるところだけれど、今回は男のセンスに一任した。
「それでは、少々お待ちください」
と言い残し、男は店の奥へ引っ込んで数着のシャツを持って戻ってくる。
「お客様のサイズに合うものの中で、当店がおススメするシャツはこちらとなっております……」
と男は手に持ったシャツ一着一着の素晴らしさと差異を、デザイン性、機能性の両観点から語り出した。この調子で語られ続けられたら、靴を買う頃には昼過ぎになってしまうと感じた私は、礼を失しないようタイミングを見計らって「じゃあ、シャツはそれでいいです」と語りを遮る。
男は「そうですか」と言って一瞬だけ残念そうな顔をしたが、すぐに元の薄ら笑顔に戻って店奥から数本のズボンを持ってきた。私は男が語り始める前にその中から一本のズボンを選ぶ。その後も男が持ってきたベルト、ジャケット、ズボン、靴を一見しただけで即断即決する。
「こちら、追加料金をお支払いいただけばジャケットとズボンの裾直しもできますが、どういたしますか?」
「いつまでに仕上げられるかによりますね」
「お昼にまでにはお渡しできると思います」
ヴァヴィリアに意見を聞こうと彼女のほうを見ると、彼女はまだ服を選んでいるところだった。
「ま、昼までなら待ってもいいよ」
ヴァヴィリアの御許しが出たので、私は男に裾直しを頼む。気前よく前金で服の料金を支払い、服の受け取りの際のため伝票にサインをする。
後はアリシアとヴァヴィリアが選び終わるのを待つばかりとなったが、二人ともまだまだかかりそうだ。
二人の案内として付いてきているのに、二人を置いて町の散策に乗り出すわけにもいかず、二人の服選びを眺めて時間をつぶす。時々、二人からどちらの服がいいか? との質問があったが、全部右側を選んだ。私に女性の服装の細微な良し悪しを見抜く能力はない。もちろん、熟慮に熟慮を重ねて選択したように振舞ったが、結局、私の選んだ服を二人が買う確率は五〇パーセントだった。二人とも結局は自分で選んだのだ。
どれだけ栄えた都市だろうとある寂れた細道から、石畳で舗装された大通りへ行く。道の両側に煉瓦造りの家々が立ち並び、宿屋から港に近づくにつれて商店の数が増える。
雑多な種類の人々がごった返している。ウインスターズよりも亜ヒト族の割合が多く、すれ違う際に時々鋭い視線を感じる。ヒト族は金持ちだと認識されているため、隙あらば財布やら装飾品やらを盗んでやろうとか考えている輩は多い。ヒト族が多い場所では復讐を恐れて襲ってくることは少ないが、そうでない場所では日常茶飯事だ。他人のモノを盗んではならない、という道徳を守れるのは、心身に神を信じるだけの余裕がある者だけだとつくづく思う。
「それで、どこへ行きたいんですか?」
朝食後すぐにヴァヴィリアにせっつかれて宿から出た私は、後ろから付いてくるアリシアとヴァヴィリアに尋ねる。
「私はとりあえず服屋かな。三ヶ月ここで生活するんなら、こんな野郎っぽい服を着続けたくないし。アリシアは?」
「私も、まずは服屋がいいかな」
服屋か。あんまり綺麗な恰好をしていると、盗人に狙われやすくなると思うのだけれど……ヴァヴィリアがいるなら関係ないか。
「荷物になるような買い物は最後にしたほうがいいんじゃないかな」
「いやいや、服を買ったら着替えるんだよ。休日までこんな格好で歩き回りたくないの。っていうか、今日はレキムも服買おうよ。私たちと一緒に歩くんだからさ」
別に今もそれほど酷い格好ではないと思うのだが、服装に気を使っていないのは確かである(もちろん、貴族や王族との商談の際などは別だが)。
というか、お洒落な格好だとされるものがまともでないのだ。どれだけ暑い日であろうとシャツの上にジャケットを羽織るなど正気の沙汰とは思えない。仲の良い貴族階級の友人に同じことを話したとき「お洒落は我慢だ」と当然の顔をして言っていたので、お洒落になろうとしてはならないと確信した。ただまあ、今日は比較的涼しいし、ちょっとくらい我慢してもいい。
「わかりました。では、服を買いに行きましょう」
「三人分ね」
「はいはい」
服屋といっても、ここは沿岸都市。商人たちの町だ。貴族御用達のブティックみたいな店があるわけでなはなく、町の人々が普段着ている売っている店が多い。何軒か軒先で商品を確認した後で、ヴァヴィリアのお気に召す店を見つけた。店構えから貧乏人お断りの雰囲気を感じる。
店内に入ると、小綺麗な若い男性が近づいてきた。男は目を細め、値踏みするように私の全身を観察した。お世辞にも綺麗とは言えない恰好なので、貴族を相手にしている店であれば、店から出ていくように言われたかもしれない。しかし、港のすぐ近くで質の高い衣服を売っているということは、この店のメインターゲットは王に謁見する予定の貿易商人とかだろうから、金さえ持っていれば問題なかろう。
迂遠な質問でこちらの懐具合を探られるのは面倒なので、私は鞄から金貨の入った袋を取り出し、一振りして音を聞かせる。男の目の色が変わった。現金な奴だ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で」
「服を一揃い買いに来たんです。オーダーメイドではなく、買ってすぐ着られるものが欲しいのですが、何着か見せていただけませんか」
「それは、お客様のお連れ様お二人の分でよろしいでしょうか」
と若い男が言うと、
「いえ、彼の分もお願いします」
と間髪入れずヴァヴィリアが言う。
「わかりました。それでは、簡単にサイズを測らせていただきます」
男が店の奥に向かって「おい」と言うと、巻き尺を持った女性が二人出てきて、アリシアとヴァヴィリアの身体のサイズを測り出す。
私の身体は男が測る。肩幅、胴囲、股下と身体の各部位の長さを丁寧にテキパキと測りながら、「どのようなデザインをご希望ですか?」、「生地の材質や色にお好みはありますか?」などと尋ねてくる。これが商談用の衣服の場合なら、事細かに注文を付けるところだけれど、今回は男のセンスに一任した。
「それでは、少々お待ちください」
と言い残し、男は店の奥へ引っ込んで数着のシャツを持って戻ってくる。
「お客様のサイズに合うものの中で、当店がおススメするシャツはこちらとなっております……」
と男は手に持ったシャツ一着一着の素晴らしさと差異を、デザイン性、機能性の両観点から語り出した。この調子で語られ続けられたら、靴を買う頃には昼過ぎになってしまうと感じた私は、礼を失しないようタイミングを見計らって「じゃあ、シャツはそれでいいです」と語りを遮る。
男は「そうですか」と言って一瞬だけ残念そうな顔をしたが、すぐに元の薄ら笑顔に戻って店奥から数本のズボンを持ってきた。私は男が語り始める前にその中から一本のズボンを選ぶ。その後も男が持ってきたベルト、ジャケット、ズボン、靴を一見しただけで即断即決する。
「こちら、追加料金をお支払いいただけばジャケットとズボンの裾直しもできますが、どういたしますか?」
「いつまでに仕上げられるかによりますね」
「お昼にまでにはお渡しできると思います」
ヴァヴィリアに意見を聞こうと彼女のほうを見ると、彼女はまだ服を選んでいるところだった。
「ま、昼までなら待ってもいいよ」
ヴァヴィリアの御許しが出たので、私は男に裾直しを頼む。気前よく前金で服の料金を支払い、服の受け取りの際のため伝票にサインをする。
後はアリシアとヴァヴィリアが選び終わるのを待つばかりとなったが、二人ともまだまだかかりそうだ。
二人の案内として付いてきているのに、二人を置いて町の散策に乗り出すわけにもいかず、二人の服選びを眺めて時間をつぶす。時々、二人からどちらの服がいいか? との質問があったが、全部右側を選んだ。私に女性の服装の細微な良し悪しを見抜く能力はない。もちろん、熟慮に熟慮を重ねて選択したように振舞ったが、結局、私の選んだ服を二人が買う確率は五〇パーセントだった。二人とも結局は自分で選んだのだ。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
ワンダラーズ 無銘放浪伝
旗戦士
ファンタジー
剣と魔法、機械が共存する世界"プロメセティア"。
創国歴という和平が保証されたこの時代に、一人の侍が銀髪の少女と共に旅を続けていた。
彼は少女と共に世界を周り、やがて世界の命運を懸けた戦いに身を投じていく。
これは、全てを捨てた男がすべてを取り戻す物語。
-小説家になろう様でも掲載させて頂きます。
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる