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43 セントノイマの衣服店

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 朝日が照らすセントノイマの街並みは、夜に見たときの印象とは大分違った。
 どれだけ栄えた都市だろうとある寂れた細道から、石畳で舗装された大通りへ行く。道の両側に煉瓦造りの家々が立ち並び、宿屋から港に近づくにつれて商店の数が増える。
 雑多な種類の人々がごった返している。ウインスターズよりも亜ヒト族の割合が多く、すれ違う際に時々鋭い視線を感じる。ヒト族は金持ちだと認識されているため、隙あらば財布やら装飾品やらを盗んでやろうとか考えている輩は多い。ヒト族が多い場所では復讐を恐れて襲ってくることは少ないが、そうでない場所では日常茶飯事だ。他人のモノを盗んではならない、という道徳を守れるのは、心身に神を信じるだけの余裕がある者だけだとつくづく思う。

「それで、どこへ行きたいんですか?」

 朝食後すぐにヴァヴィリアにせっつかれて宿から出た私は、後ろから付いてくるアリシアとヴァヴィリアに尋ねる。

「私はとりあえず服屋かな。三ヶ月ここで生活するんなら、こんな野郎っぽい服を着続けたくないし。アリシアは?」

「私も、まずは服屋がいいかな」

 服屋か。あんまり綺麗な恰好をしていると、盗人に狙われやすくなると思うのだけれど……ヴァヴィリアがいるなら関係ないか。

「荷物になるような買い物は最後にしたほうがいいんじゃないかな」

「いやいや、服を買ったら着替えるんだよ。休日までこんな格好で歩き回りたくないの。っていうか、今日はレキムも服買おうよ。私たちと一緒に歩くんだからさ」

 別に今もそれほど酷い格好ではないと思うのだが、服装に気を使っていないのは確かである(もちろん、貴族や王族との商談の際などは別だが)。
 というか、お洒落な格好だとされるものがまともでないのだ。どれだけ暑い日であろうとシャツの上にジャケットを羽織るなど正気の沙汰とは思えない。仲の良い貴族階級の友人に同じことを話したとき「お洒落は我慢だ」と当然の顔をして言っていたので、お洒落になろうとしてはならないと確信した。ただまあ、今日は比較的涼しいし、ちょっとくらい我慢してもいい。

「わかりました。では、服を買いに行きましょう」

「三人分ね」

「はいはい」

 服屋といっても、ここは沿岸都市。商人たちの町だ。貴族御用達のブティックみたいな店があるわけでなはなく、町の人々が普段着ている売っている店が多い。何軒か軒先で商品を確認した後で、ヴァヴィリアのお気に召す店を見つけた。店構えから貧乏人お断りの雰囲気を感じる。
 店内に入ると、小綺麗な若い男性が近づいてきた。男は目を細め、値踏みするように私の全身を観察した。お世辞にも綺麗とは言えない恰好なので、貴族を相手にしている店であれば、店から出ていくように言われたかもしれない。しかし、港のすぐ近くで質の高い衣服を売っているということは、この店のメインターゲットは王に謁見する予定の貿易商人とかだろうから、金さえ持っていれば問題なかろう。
 迂遠な質問でこちらの懐具合を探られるのは面倒なので、私は鞄から金貨の入った袋を取り出し、一振りして音を聞かせる。男の目の色が変わった。現金な奴だ。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で」

「服を一揃い買いに来たんです。オーダーメイドではなく、買ってすぐ着られるものが欲しいのですが、何着か見せていただけませんか」

「それは、お客様のお連れ様お二人の分でよろしいでしょうか」

 と若い男が言うと、

「いえ、彼の分もお願いします」

 と間髪入れずヴァヴィリアが言う。

「わかりました。それでは、簡単にサイズを測らせていただきます」

 男が店の奥に向かって「おい」と言うと、巻き尺を持った女性が二人出てきて、アリシアとヴァヴィリアの身体のサイズを測り出す。
 私の身体は男が測る。肩幅、胴囲、股下と身体の各部位の長さを丁寧にテキパキと測りながら、「どのようなデザインをご希望ですか?」、「生地の材質や色にお好みはありますか?」などと尋ねてくる。これが商談用の衣服の場合なら、事細かに注文を付けるところだけれど、今回は男のセンスに一任した。

「それでは、少々お待ちください」

 と言い残し、男は店の奥へ引っ込んで数着のシャツを持って戻ってくる。

「お客様のサイズに合うものの中で、当店がおススメするシャツはこちらとなっております……」

 と男は手に持ったシャツ一着一着の素晴らしさと差異を、デザイン性、機能性の両観点から語り出した。この調子で語られ続けられたら、靴を買う頃には昼過ぎになってしまうと感じた私は、礼を失しないようタイミングを見計らって「じゃあ、シャツはそれでいいです」と語りを遮る。
 男は「そうですか」と言って一瞬だけ残念そうな顔をしたが、すぐに元の薄ら笑顔に戻って店奥から数本のズボンを持ってきた。私は男が語り始める前にその中から一本のズボンを選ぶ。その後も男が持ってきたベルト、ジャケット、ズボン、靴を一見しただけで即断即決する。

「こちら、追加料金をお支払いいただけばジャケットとズボンの裾直しもできますが、どういたしますか?」

「いつまでに仕上げられるかによりますね」

「お昼にまでにはお渡しできると思います」

 ヴァヴィリアに意見を聞こうと彼女のほうを見ると、彼女はまだ服を選んでいるところだった。

「ま、昼までなら待ってもいいよ」

 ヴァヴィリアの御許しが出たので、私は男に裾直しを頼む。気前よく前金で服の料金を支払い、服の受け取りの際のため伝票にサインをする。
 後はアリシアとヴァヴィリアが選び終わるのを待つばかりとなったが、二人ともまだまだかかりそうだ。
 二人の案内として付いてきているのに、二人を置いて町の散策に乗り出すわけにもいかず、二人の服選びを眺めて時間をつぶす。時々、二人からどちらの服がいいか? との質問があったが、全部右側を選んだ。私に女性の服装の細微な良し悪しを見抜く能力はない。もちろん、熟慮に熟慮を重ねて選択したように振舞ったが、結局、私の選んだ服を二人が買う確率は五〇パーセントだった。二人とも結局は自分で選んだのだ。

 
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