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36 空中の船上生活七日目以降

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 出航から八日目、船が空を飛んでからは七日目の朝、規則的な日々が続く船で大きな変化があった。

「とうとうか」

 思わずそう呟いた私の前にあるのは、昨日までとは何もかもが違う朝食。石だと言われても納得してしまいそうなほど堅いパン、防腐のために塩に塗れた干し肉、同じ理由で酢漬けされたキャベツ、食べ物の味をぼやかせて胃に流し込むためのラム酒。
 生鮮食品は一週間ほどで腐ってしまうため、長期の航海での食事の大半は、このような栄養補給以外の観点を度外視したものになる。この味気なさを解消する食材として、干しブドウなどといった保存のきく甘味や、釣りによって得られた魚などがあるが、そうしたものは基本的に夕食で食べる――毎食食べられるほどの量はない――ので、今日から船が港に着くまでの間、朝食はずっとこんな感じだ。
 船に乗ったときからこの日が来るのはわかりきっていたのだが、実際にこの食事を食べなければならない状態になると、どうしても心が沈んでしまう。皆も私と似た気持ちのようで、大声で不平不満を叫ぶ者こそいなかったが、昨日までよりも朝食を食べる表情は暗かった。
 ちなみに、堅いパンの食べ方には、歯が折れないように唾液で軟らかくしてから食べる派閥(私、アリシア、ハセークが属する)と、剣でパンを細かく砕いてから食べる派閥(ザリアード、ヴァヴィリアが属する)がある。スープがあれば、スープにパンを浸して軟らかく派閥が最大勢力なのだが、スープがない今朝の食事においては、二派閥の数は拮抗している。
 食事の他に、著しい変化はなかった。
 ただ、何もかもが持続していたわけでもなかった。
 船乗りたちの元気がだんだんとなくなっていく。ザリアードとハセークとの間の会話が減り、互いに一人で過ごす時間が増えていく。一日を長く感じ、昨日と一昨日の差が曖昧になっていく。
 もちろん、悪いことばかり起こっているわけでもない。
 アリシアの読み書きの能力は徐々に成長していったし、ドラゴンが運ぶ船は順調にイースティアへと近づいていった。病人や怪我人も出ていないし、食糧にも余裕がある。私が以前に経験したものとは比較にならないほど、健康で平和な船旅だ。

「お前ら、このままいけば後一週間でイースティアに到着するぞ。そうなりゃ、この貧相な食事ともおさらばだ。気張っていくぞ!」

 夕食前、淀んだ雰囲気を払拭するかのように、エルドワードが大声で鼓舞した。数日に一度のペースで、彼はこうして皆を少しでも明るくするために空元気を出す。こういうところが、彼が船乗りたちから船長としての信頼を勝ち得ている由来の一つなのだろう。
 船乗りたちは彼の鼓舞に呼応して口々に声を上げ、手に持った酒を掲げた。
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