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32 空中の船上生活一日目②

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 ハセークが離れるとすぐ、エルドワードが近づいてきた。

「レキムさん、あちらのドラゴン様がどのくらいの速さでお飛びになるかってえのを測りたいので、海面すれすれを飛んでくれるようにお願いしていただけねぇでしょうか」

 彼の後ろには二人の船乗りが、一定間隔ごとに結び目があるロープの先端に板を縛り付けたものーーハンドログーーと砂時計を持って待機していた。

「わかりました。ただし、ずっと低空飛行するわけにはいきませんからね。ドラゴンが船を運んでいる光景を他の船に見られたら大変な騒ぎになりますから」

 私の後ろで話を聞いていたアリシアが、小声でドラゴンに頼むと、ドラゴンは高度をぐんぐんと落とし、海面に竜骨が触れないギリギリのところで高度を維持した。

「おお、ありがとうございます」

 私にそう言い、上空のドラゴンに向かって深く一礼してから、エルドワードは二人の船乗りに指示を飛ばす。
 一人が板が縛り付けられたロープの一端を海に投げ込んだ瞬間、もう一人が砂時計をひっくり返す。船が進むにつれて、ロープは勢いよく海へと繰り出される。三十秒ほどで砂時計の砂が落ちきると、繰り出されていたロープを引き上げる。こうして、一定時間のうちに繰り出されたロープの長さを結び目の数を数えることで、船の進む速度を求めるのだ。

「こいつぁすげぇ! 速えとは思っていたが、二〇ノットも出ていやがる」

 結び目の数を数え終えたエルドワードが、驚きの声を上げた。

「マジですか」

「そりゃすごいっすね」

 その声に、二人の船乗りも驚きの表情を浮かべている。

「二〇ノットって、どのくらい速いんですか?」

 私の隣で、常識的な船速を知らないアリシアが問いかける。

「強え追い風を受けているときでも、この船が15ノット以上出したこたぁねえんだ。今みてぇに風の弱いときで20ノット出るってんなら、三ヶ月かかる航海が一ヵ月足らずでできちまう」

「へぇ、そのくらいですか」

 エルドワードから伝えられた事実に、アリシアを驚かせる要素はなかった。ドラゴンによる運搬を幾度と行ってきた彼女は、ドラゴン以外の移動手段がいかに鈍間なのかを熟知していた。アリシアが初めて馬車に乗った際、「普通の人の移動ってこんなに遅いんですね」と心からの驚きを込めて言ったのは、今でも鮮明に覚えている。
 反応の悪いアリシアを不思議がるエルドワードに対し、私がフォローする。

「私たちは、過去に何度もドラゴンで商品輸送を行っているので、移動時間が三分の一になる程度では驚かないんです」

 確かにそうだと合点がいったらしいエルドワードは、「それでは、失礼しやす」と言って船内に向かった。おそらく、船長室に向かうのだろう。
 到着予定が大幅に短縮されるのだから、食料の消費計画を見直す必要があるだろうし、ドラゴンの登場によって仕事がなくなった操舵手やマストの調整係を給料泥棒にしない方法も考える必要がありそうだ。私が今考えただけでこれなのだから、エルドワードの頭には解決すべき問題が山積していることだろう。
 まあ、頑張ってほしい。 
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