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25 森の民、港に現る
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本屋から宿屋に帰ってから二日間、食事と睡眠を除くほとんどの時間を使って、私はアリシアに文字を教えた。アリシアはスポンジのように知識を吸収していき、この調子なら一年もかからずに自分一人で文章を書けるようになりそうだった。
ただ、今日からは彼女との勉強だけに時間を使えるわけではない。
早朝から馬小屋の前に集まったのは、エルドワード船長率いる船乗りたち、総勢三十五名。
「お集まりいただきありがとうございます。それでは早速、船への荷入れを行っていきます。エルドワードさん、二十名ほどで毛織物や雑貨類をドレッサ商店から運んできてください。残りの方は、私についてきてください。ドロエイス商会から食糧を運びます」
あらかじめ借りていた二台の荷馬車の内一台を御し、アリシア、ヴァヴィリア、ザリアードと、十五人の船乗りたちと共にドロエイス商会へと向かう。
ドロエイス商会に着くと、番頭が出てきて私たちを商品のほうへと案内した。料金は先払いしておいたので、その際に交わした契約書と見比べて、商品が過不足なく揃っているかを確認しながら、荷馬車の荷台へと載せていく。
そのままでは塩辛くて食べられない塩漬け肉や、水に浸さなきゃ硬すぎて食べられないビスケット、塩と香辛料で味付けした酸っぱいキャベツなど、船上でなければ好んで食べたいとは思わない食べ物が荷台へと積まれていく。中には、普段食べるような食材もあるが、それは航海の最初の一週間で食べる分だ。美味しさを犠牲にしなければ、食べ物を長期間保存するのは難しい。地上と変わらない感覚で胃に入れられるのはラム酒ぐらいだ。
荷馬車にすべての商品を積み込み、船着き場へと向かうと、そこにはもう一台の荷馬車で商品を運び終えたエルドワードが待っていた。
私がエルドワードたちの運んできた商品と契約書の内容を確認している間に、他の皆で私たちが運んできた食糧を船に搬入していく。
「大変そうだの」
私が荷台に乗った毛織物の数を確認しているところに声をかけてきたのは、深緑のローブを纏った背の低い男。袖口から覗く腕は、枯れた樹木のようだった。
「おお、ハセークじゃないか。よく来てくれたね」
「お前が来いと言ってきたんだろう」
「いや、本当にあんな手段で君に連絡がついているとは思えなかったんだよ」
ハセークは、森と共に暮らす種族の中でも最も長寿なドルイド族の男。自分でも覚えていられないほどの高齢だが、ドルイド族の中ではまだまだ若者であるらしい。
彼には船医として、この船に乗ってもらおうと思っており、かなり前に連絡をしていたのだが、今の今まで本当に来てくれるとは思っていなかった。
なぜなら、彼が提示した彼への連絡手段は、「近場の森で思いっきりハセークの名を叫んでから用件を伝える」というものだったからだ。
彼の住む森には宛先などなく、手紙を送るのが困難だからといって、「近場の森で叫べば私の耳に届く」なんて言われたら、迂遠に「手紙なんて寄越してくるな」という意味に受け取るのが自然というものだ。
ドラゴンの姿をこの目で見ていなければ、実際に森に行って叫んでみようという気にはならなかっただろう。
「ま、確かに、ヒト族のお前からすれば摩訶不思議かもしれないが、俺たちからすれば、ちゃんと届くかもわからない手紙より確実な連絡手段なんだよ」
「これ、上手く使えば凄まじい利益になると思うんだけど」
「だから、信頼できる奴にしか教えていないんだ。お前なら、口を滑らせることはないだろうからな」
私が言ったのは、「この情報伝達速度を活かせば、稼ぎ放題じゃないのか?」という趣旨の質問だのだけれど、ハセークは「この能力を権力者どもが知ったら、ドルイド族を狩り出すのでは?」と受け取ったらしい。
「ま、そんなこと言ったら私の信用が失墜するからね」
「その通り。お前の善意はいまいち信じられんが、損得勘定は信頼に足る」
ただ、今日からは彼女との勉強だけに時間を使えるわけではない。
早朝から馬小屋の前に集まったのは、エルドワード船長率いる船乗りたち、総勢三十五名。
「お集まりいただきありがとうございます。それでは早速、船への荷入れを行っていきます。エルドワードさん、二十名ほどで毛織物や雑貨類をドレッサ商店から運んできてください。残りの方は、私についてきてください。ドロエイス商会から食糧を運びます」
あらかじめ借りていた二台の荷馬車の内一台を御し、アリシア、ヴァヴィリア、ザリアードと、十五人の船乗りたちと共にドロエイス商会へと向かう。
ドロエイス商会に着くと、番頭が出てきて私たちを商品のほうへと案内した。料金は先払いしておいたので、その際に交わした契約書と見比べて、商品が過不足なく揃っているかを確認しながら、荷馬車の荷台へと載せていく。
そのままでは塩辛くて食べられない塩漬け肉や、水に浸さなきゃ硬すぎて食べられないビスケット、塩と香辛料で味付けした酸っぱいキャベツなど、船上でなければ好んで食べたいとは思わない食べ物が荷台へと積まれていく。中には、普段食べるような食材もあるが、それは航海の最初の一週間で食べる分だ。美味しさを犠牲にしなければ、食べ物を長期間保存するのは難しい。地上と変わらない感覚で胃に入れられるのはラム酒ぐらいだ。
荷馬車にすべての商品を積み込み、船着き場へと向かうと、そこにはもう一台の荷馬車で商品を運び終えたエルドワードが待っていた。
私がエルドワードたちの運んできた商品と契約書の内容を確認している間に、他の皆で私たちが運んできた食糧を船に搬入していく。
「大変そうだの」
私が荷台に乗った毛織物の数を確認しているところに声をかけてきたのは、深緑のローブを纏った背の低い男。袖口から覗く腕は、枯れた樹木のようだった。
「おお、ハセークじゃないか。よく来てくれたね」
「お前が来いと言ってきたんだろう」
「いや、本当にあんな手段で君に連絡がついているとは思えなかったんだよ」
ハセークは、森と共に暮らす種族の中でも最も長寿なドルイド族の男。自分でも覚えていられないほどの高齢だが、ドルイド族の中ではまだまだ若者であるらしい。
彼には船医として、この船に乗ってもらおうと思っており、かなり前に連絡をしていたのだが、今の今まで本当に来てくれるとは思っていなかった。
なぜなら、彼が提示した彼への連絡手段は、「近場の森で思いっきりハセークの名を叫んでから用件を伝える」というものだったからだ。
彼の住む森には宛先などなく、手紙を送るのが困難だからといって、「近場の森で叫べば私の耳に届く」なんて言われたら、迂遠に「手紙なんて寄越してくるな」という意味に受け取るのが自然というものだ。
ドラゴンの姿をこの目で見ていなければ、実際に森に行って叫んでみようという気にはならなかっただろう。
「ま、確かに、ヒト族のお前からすれば摩訶不思議かもしれないが、俺たちからすれば、ちゃんと届くかもわからない手紙より確実な連絡手段なんだよ」
「これ、上手く使えば凄まじい利益になると思うんだけど」
「だから、信頼できる奴にしか教えていないんだ。お前なら、口を滑らせることはないだろうからな」
私が言ったのは、「この情報伝達速度を活かせば、稼ぎ放題じゃないのか?」という趣旨の質問だのだけれど、ハセークは「この能力を権力者どもが知ったら、ドルイド族を狩り出すのでは?」と受け取ったらしい。
「ま、そんなこと言ったら私の信用が失墜するからね」
「その通り。お前の善意はいまいち信じられんが、損得勘定は信頼に足る」
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