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15 カフェにて③

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「あんたぁ、ヨルムさんじゃねえですかい」

 一銭にもならない思索に陥ろうとしていた私の背に声をかけてきたのは、エルドワード。私が貿易商をしていた頃に乗っていた船の船長だった男だ。

「エルドワードさん、いいところに来てくれました。明日あたり、海運ギルドに仕事依頼をしようと思っていたんですよ」

 海運ギルドとは、船乗りたちを取りまとめる組織であり、自分の船を所有していない人や、自前で船乗りを雇っていない人に、船を貸与したり、船乗りを紹介してくれる。私のような中小規模の商人でも貿易という選択肢を持てるのは、このギルドのおかげだ。

「そうだったんですか。そりゃあよかった。俺も一週間前にここへ戻ってきたばっかりなんでさ」

 今回の貿易でもエルドワードの船に乗りたかったが、彼は優秀な船長なので、すでに別の商人に雇われていると思っていた。いやはや、運がいい。

「戻ってきたばかりで恐縮ですが、一週間後に船を出していただけませんか?」

「もちろん、構いませんぜ。あんたにゃ恩があるし、信頼もしているからな。もちろん、報酬は全部後払いでっていう話じゃなけりゃだが」

 具体的な仕事内容の説明もなしに、エルドワードは私からの依頼を引き受けてくれた。
 恩は売っておくものだとつくづく思う。

「当然、報酬の半分は前払いにさせてもらうよ」

 三年ほど前、私が貿易をするための船を探すべく海運ギルドを訪ねた際に紹介された三人の船長の内の一人が、エルドワードだった。
 その頃の彼は、以前船乗りとして雇ってもらっていた船長から船を譲ってもらったばかりで実績がなかった。そのため、私としては彼の実力と船の大きさの割に格安で契約を結べ、エルドワードとしても船長として最初の実績となる、お互いにとってメリットの大きい取引ができた。
 ちなみに、紹介された三人の船長の中から彼を選んだのは、単にハイリスクハイリターンを狙ったからではなく、仲間の船員一人当たりにかかる諸経費を一番高く見積もったのが彼だったからだ。
 あの時の私の第一目標は、貿易という商売がどのように行われるのかを経験すること。多少コストがかかってでも、安全性を重視した計画で渡航したかった。
 とはいえ、その船旅での死者数がゼロとなるとは思っていなかった。当時、長期間の航海をすれば船員の二割は壊血病にかかり、そのうちのほとんどは死に至るのが普通だと聞いていたからだ。
 後金を払う際、その旨をエルドワードへ告げると、彼は静かな怒りを漂わせながら、

「いい飯を食ってる船長やその周りのお偉方は、何度船に乗っても病気にならねーんだからよ。下っ端の船員たちにもそれと同じような飯を食わしてやりぁあ、病気になんねーのは道理だろうさ」

 と、吐き捨てるように言った。
 その後、船旅の成功を祝して催した酒の席で、彼は自分が船を持った理由を訥々と語った。

「俺らの多くはよ、船乗りになりたくてなったんじゃねえんだ。憲兵隊に難癖つけられて、無理やり海兵にさせられた奴がほとんどなのさ。たいして高くねぇ給料でボロ雑巾みたく働かされて、数年経って用済みになったら何の前触れもなくポイだ」

 船に乗っている間、彼はほとんど酒を飲まなかったため下戸なのかと思っていたが、この時は浴びるように飲んでいた。

「そうやって捨てられた奴が、堅気な仕事を探すのは大変でよ。俺は運良くまともな商船の下っ端として雇ってもらえたが、ゴミみたいな待遇の船で働かざるを得ない奴や、海賊になっちまう奴がほとんどだったんだ。そんな奴らを少しでも真っ当な道に戻してやりたくて、俺ぁ船長になったんでさ」

 この発言を聞き、私は彼が信頼に足る人物だと確信した。
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