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14 カフェにて②
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「ところで最近、アフィルケーンの戦争はどういう風になっているかって知っています?」
雑談が一段落したタイミングで、私は本題を切り出す。
アフィルケーンとは、海外にある大陸の名前である。この大陸では常に戦争が起こっており、武器の需要が安定して高いことから、ウインスターズの貿易商は、まずアフィルケーンに武器を輸出し、アフィルケーンからの脱出を希望する人々をイースティアという別の大陸に輸送し、イースティアの特産品である砂糖をウインスターズに輸入するというのが、鉄板の貿易ルートとなっていた。
しかし、商会支部でブルシットから言われた「最近、相場の変動が激しいから気をつけろよ」という言葉を鑑みるに、私の知っている数年前までの貿易のセオリーが変化している可能性が高い。
それを確かめるため、私はこの店に大して好きでもないコーヒーを飲みに来たのだ。
「何か変化があったって話は聞かねーな。ただ、数年前から亡命希望者が減ってるって噂はある」
「武器の価格はどうです?」
「いや、特に大きな変化はないはずだ」
戦争が沈静化して外国へ脱出する必要がなくなったのなら、武器の需要が低下し、武器価格も下がるはずだ。つまり、海外の船に対価を支払えるほどの余裕のある脱出希望者が、アフィルケーンからいなくなりつつあるのだろう。この想定が正しいとすると、今のアフィルケーンにいる人々のほとんどが、戦争の当事者たちと、脱出資金のない貧困層になっているということになる。
それは、戦争の終結が近いことを意味するのかもしれない。
戦争の長期化という形態は、膨大な数の戦争と無関係な市民の営みがあって初めて成立する。市民生活のすべてが戦争という圧力に晒されているということは、国家総動員でなければ敵の戦力に対抗できないか、国家総動員で短期決戦に持ち込もうとしているのか、どちらにせよ、そのような戦争は長続きしない。
「まさかお前、アフィルケーンの戦争は近いうちに終わると思ってんのか?」
店主が、声を潜めて私に尋ねてくる。
そうなるのは必然だろう。この予想が事実なら、ウインスターズの主要産業の一つである武器製造業の主要な供給元がなくなるのだから。
「しかし、他の貿易商はそんなこと口にしていなかったぞ」
「そりゃ、そうでしょう。ここでそんな噂を流したら、その時から武器の価格が下落し始めます。皆、自分の勝手な憶測で、この都市の武器輸出市場に混乱を招きたくはないのです。親しい仲間内では情報共有をしているのかもしれませんが、店主はお喋りですから」
私が予想できるということは、現場で物を売っている貿易商の中には気づいている人も多いはずだ。しかし、発言の責任を取りたくないから、沈黙を守っているのだろう。
ある商品の価格が暴落すると予測された瞬間から、その商品を買いたいと思う商人はいなくなり、価格の暴落が始まる。市場予測のパラドックスとでも呼ぼうか。
「最近、ここに来る貿易商が減ってる感覚ってあります?」
「いや、そんなことはない。むしろ、貿易に関わっている商人の数は増えているはずだ。輸出用の武器の調達が難しくなっているせいで、既存の貿易商が武器調達のために行商人を雇うケースが多くなっているからな」
「なぜ、武器の調達が難しく?」
「さあな。ウインスターズの武器製造が滞っているって話は聞かないから、外からの供給が減ってるのか、武器の輸出量が増えたのか」
恐らく前者だろう。
最近、市民が政権の転覆を企んでいるという噂が立っている国がいくつもある。市民階級の中から資本家が登場し、特権階級に匹敵する力を備えるようになったからだ。
「それなのに、武器の価格は変わっていないんですよね」
「ああ。だがそれは、アフィルケーン側がこれ以上、武器の購入価格を上げられないと言っているからだ。あっちも、自分たちが武器を買わないとウインスターズが困るってことがわかってるんだろ」
「アフィルケーンにも、大きく二つの勢力があるわけじゃないですか。この価格で買わないなら、敵側の勢力のほうに武器を売り渡すぞっていえば、嫌でも上昇した価格を受け入れるんじゃないですか?」
「俺も最初はそう思っていたんだが、向こうさん、両勢力で結託して価格交渉をしているみたいでな」
一瞬、私は店主の言っている意味が理解できず、固まってしまった。
「そういうことができないから、戦争をしているのでは?」
当然の疑問を投げかけたつもりの私に対し、店主はやれやれとでも言いたげなジェスチャーをした。
「戦争は、二つ以上の国家が、お互いの正義を妥協できないときに発生する、外交の最終手段だ。逆に言えば、お互いの正義が合致する部分であれば、戦争中であっても協力できるんだろうさ」
「……なるほど」
合理的な発想ではあった。だが、それだけ合理的な発想ができるのならば、いつまでも戦争なんぞを続けないだろう……と思ったが、私より賢いであろうかつての偉人たちが、過去に何度も戦争の火蓋を切ってきたという歴史を思い出した。
雑談が一段落したタイミングで、私は本題を切り出す。
アフィルケーンとは、海外にある大陸の名前である。この大陸では常に戦争が起こっており、武器の需要が安定して高いことから、ウインスターズの貿易商は、まずアフィルケーンに武器を輸出し、アフィルケーンからの脱出を希望する人々をイースティアという別の大陸に輸送し、イースティアの特産品である砂糖をウインスターズに輸入するというのが、鉄板の貿易ルートとなっていた。
しかし、商会支部でブルシットから言われた「最近、相場の変動が激しいから気をつけろよ」という言葉を鑑みるに、私の知っている数年前までの貿易のセオリーが変化している可能性が高い。
それを確かめるため、私はこの店に大して好きでもないコーヒーを飲みに来たのだ。
「何か変化があったって話は聞かねーな。ただ、数年前から亡命希望者が減ってるって噂はある」
「武器の価格はどうです?」
「いや、特に大きな変化はないはずだ」
戦争が沈静化して外国へ脱出する必要がなくなったのなら、武器の需要が低下し、武器価格も下がるはずだ。つまり、海外の船に対価を支払えるほどの余裕のある脱出希望者が、アフィルケーンからいなくなりつつあるのだろう。この想定が正しいとすると、今のアフィルケーンにいる人々のほとんどが、戦争の当事者たちと、脱出資金のない貧困層になっているということになる。
それは、戦争の終結が近いことを意味するのかもしれない。
戦争の長期化という形態は、膨大な数の戦争と無関係な市民の営みがあって初めて成立する。市民生活のすべてが戦争という圧力に晒されているということは、国家総動員でなければ敵の戦力に対抗できないか、国家総動員で短期決戦に持ち込もうとしているのか、どちらにせよ、そのような戦争は長続きしない。
「まさかお前、アフィルケーンの戦争は近いうちに終わると思ってんのか?」
店主が、声を潜めて私に尋ねてくる。
そうなるのは必然だろう。この予想が事実なら、ウインスターズの主要産業の一つである武器製造業の主要な供給元がなくなるのだから。
「しかし、他の貿易商はそんなこと口にしていなかったぞ」
「そりゃ、そうでしょう。ここでそんな噂を流したら、その時から武器の価格が下落し始めます。皆、自分の勝手な憶測で、この都市の武器輸出市場に混乱を招きたくはないのです。親しい仲間内では情報共有をしているのかもしれませんが、店主はお喋りですから」
私が予想できるということは、現場で物を売っている貿易商の中には気づいている人も多いはずだ。しかし、発言の責任を取りたくないから、沈黙を守っているのだろう。
ある商品の価格が暴落すると予測された瞬間から、その商品を買いたいと思う商人はいなくなり、価格の暴落が始まる。市場予測のパラドックスとでも呼ぼうか。
「最近、ここに来る貿易商が減ってる感覚ってあります?」
「いや、そんなことはない。むしろ、貿易に関わっている商人の数は増えているはずだ。輸出用の武器の調達が難しくなっているせいで、既存の貿易商が武器調達のために行商人を雇うケースが多くなっているからな」
「なぜ、武器の調達が難しく?」
「さあな。ウインスターズの武器製造が滞っているって話は聞かないから、外からの供給が減ってるのか、武器の輸出量が増えたのか」
恐らく前者だろう。
最近、市民が政権の転覆を企んでいるという噂が立っている国がいくつもある。市民階級の中から資本家が登場し、特権階級に匹敵する力を備えるようになったからだ。
「それなのに、武器の価格は変わっていないんですよね」
「ああ。だがそれは、アフィルケーン側がこれ以上、武器の購入価格を上げられないと言っているからだ。あっちも、自分たちが武器を買わないとウインスターズが困るってことがわかってるんだろ」
「アフィルケーンにも、大きく二つの勢力があるわけじゃないですか。この価格で買わないなら、敵側の勢力のほうに武器を売り渡すぞっていえば、嫌でも上昇した価格を受け入れるんじゃないですか?」
「俺も最初はそう思っていたんだが、向こうさん、両勢力で結託して価格交渉をしているみたいでな」
一瞬、私は店主の言っている意味が理解できず、固まってしまった。
「そういうことができないから、戦争をしているのでは?」
当然の疑問を投げかけたつもりの私に対し、店主はやれやれとでも言いたげなジェスチャーをした。
「戦争は、二つ以上の国家が、お互いの正義を妥協できないときに発生する、外交の最終手段だ。逆に言えば、お互いの正義が合致する部分であれば、戦争中であっても協力できるんだろうさ」
「……なるほど」
合理的な発想ではあった。だが、それだけ合理的な発想ができるのならば、いつまでも戦争なんぞを続けないだろう……と思ったが、私より賢いであろうかつての偉人たちが、過去に何度も戦争の火蓋を切ってきたという歴史を思い出した。
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