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6 アリシアとの出会い②

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「では、アリシアさん。私と取引をしませんか。私があなたの欲している食べ物を売る代わりに、私はあなたの、正確には、あなたとあなたの後ろにいる方の労働力を買いたいのです」

 ゼロから始める交渉の鉄則として、まずは簡潔に結論を述べる。
 そして、間髪入れずに説明を始める。

「私でなくても、あなたに食べ物を恵んでくれる人は現れるでしょう。しかし、あなたとあなたの後ろにいる方の両方に、食べ物を買うためのお金の稼ぎ方を教えられる人は、そうはいないと思います。私はあなたたちに魚を渡したいのではなく、魚の釣り方を教え、あわよくば私と一緒に魚釣りに出かけてほしいのです」

 アリシアの瞳に猜疑心が浮かんできたのがわかり、私は一安心する。少なくとも、私の言っていることが伝わらず、交渉にならないということはなさそうだ。
 ただ、別の問題はあった。私がこれからどのように話を展開していけばいいか考えていないのだ。つい先ほどまで、ドラゴンに護られた少女と交渉しているなどとは露ほども考えていなかったのだから、当然ではあるのだが。
 まあ、見切り発車でここまできた以上、うまくまとめてみせよう。

「ところで、一つ訊きたいのですが、あなたとあなたの後ろにいる方のご関係は?」

 一旦、会話の主導権を相手に渡し、状況を整理するための時間を確保する。

「彼とは私が幼い頃から一緒に暮らしてきたんです。信じられないかもしれませんが、私の住んでいた村では、ドラゴンと共に生活をするのが普通だったので」

 彼女の目的は、食料の確保。
 丁寧な言葉遣いから、最低限の教育は受けているだろう。
 食べた分は自分で働いて返すという意図の発言から、ドラゴンで我々を脅して食料を強奪する気はなさそう。
 ドラゴンに恐怖する村人に配慮した発言があったことから、ドラゴンの威光を使って交渉を優位に進める気もなさそう。このことから、ドラゴンを傭兵として貸し出すといった商売は好まなそうだ。

「いえ、信じますとも。神話上の存在だと思っていたドラゴンが目の前にいるのですから、今なら大抵のことは信じてしまえそうです」

 状況を整理したところ、まだ情報が足りない。

「しかし、アリシアさんはどうして村を出てきたのです? わざわざこの村に食べ物を恵んでもらいにきたということは、もう自分の村からはかなり離れてしまったのでしょう」

 少々強引だが、これを訊かなければ、アリシアの望んでいる提案ができないと思った。
 こちらから交渉を始めた以上、相手の望み通りの提案をしなければ、交渉は成立しない。
 個人的な事情に踏み込んでいる自覚はあったので、私はアリシアとの距離を縮め、外の村人に聞こえない声量で会話できるように配慮した。護衛の二人が近づいてこないよう、手で制しておく。

「私は、あの小さな村で一生を終えるのが嫌だったんです。せっかく、こんなに広い世界に生まれてきたのに、外は怖いところだと決めつけて、自分の知っている範囲だけで生活する大人にはなりたくなかったんです。だから、彼と共に飛び出してきました」

 そういう思いがあるのなら、彼女が満足できる提案をできるだろう。

「ならば、私と共に来ませんか。私は商品を運んで世界中を飛び回ることを生業とする商人です。あなたとあなたの後ろにいる方が、私と私の商品を運んでくださるのであれば、あなたがたを世界中の街々へと案内できます。あなたの後ろにいる方なら、多少の荷物を持って飛ぶことくらいわけないでしょう」

 渾身の熱量で具体案を提示した私は、最後に結論を述べる。

「私はあなたがたに、空飛ぶ荷馬車と、その荷馬車の御者となってほしいのです。そうしていただけるのであれば、この広い世界の歩き方をお伝えしましょう」

 ドラゴンを空飛ぶ荷馬車と喩えるのは失礼な気がしたが、私の言いたいことは伝わったはずだ。
 アリシアはしばらく考えていたが、やがて顔からふっと力が抜け、微笑みを浮かべた。

「わかりました。あなたに賭けてみます」

 その微笑みは、私への信頼というより、私以外への諦めを意味しているのだろうと思った。

「私に賭けたことを後悔させないと、商業の神ヘルメスに誓います」

 手を伸ばし、硬く握手をした。
 彼女の筋張った手の冷たい感触は、今でも鮮明に思い出せる。

「まずは食事にしましょう。この村のマッシュポテトはとても美味しいんです」

 かくして、私とアリシアは出会った。
 今のところ、私に賭けたことを後悔させてはいない、と信じたい。
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