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第28話 伝えたい言葉
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31センチのカットでばっさりと短くなった髪。隆二さんは驚くだろうな。
ほんの1時間ほど前までは私の身体の一部だった髪の毛をレターパックに入れて、面倒な書類は母親に書いてもらい、すぐに事務局宛に送った。
明日の朝の配信ではこの話をすればいい。そう気付いた私は、久しぶりにあまり悩みのない夜を迎えることができた。
***
隆二さんから預かったスマートフォンには視覚補助ツールは入っていない。入れようにも、インストールするための画面を読むためのツールが入っていないのだ。誤操作にはじゅうぶんに気を付けなければならない。
――そんなことを考えながら迎えた朝7時。ちゃんとビデオ配信のままであってくれるよう、祈りながら配信をスタートした。
「みなさまおはようございます。配信側ではもしかしたら初めまして、昨日来てくださった方は一日ぶりです、花と申します。枠主の入院中、代理を務めさせていただきます」
コメントの読み上げが止まらない。いちばん多く聞こえる単語は――
”髪型似合う”
――似合うと言う人が一人でもいるのなら、思い切って切ってしまってよかった、私はそう思った。
「えぇと……すみません、私配信2日目なので、みなさま少し手加減していただけませんか?」うまく作れない笑顔で、笑ってみせる。
彼のようにうまくコメントを拾って話題を広げることができないという弱点を補うため、一方的に喋り続けようとした。
「私が髪を切った理由を話させていただきますね」コメントが少し静かになった。
「失恋じゃありませんよ? 枠主とは、ラブラブですから」コメントがざわついた。
「ふふ、みなさまありがとうございます。では、理由をお話しします」コメントが止まった。
「私が髪を切った理由は、お見舞いに行く前に切っておけば驚くだろう、という理由、ではありません」どういうこと? というコメントがたくさん聞こえる。
「ヘアドネーション、って知っていますか? 私も昨日知ったんですけどね」私はまた、慣れない笑顔を作る。
「手続きは面倒ですけど、長い髪を無駄にしないために、寄付できるための切り方をしてくれるサロンでカットして、事務局に送ったんです。それが、髪を切った理由です」コメントがどよめきの声であふれて、止まらない。
「以前枠主がお話した、白い杖のお話、覚えてらっしゃる方、いますか?」
「ノ」と挙手するコメントが多数。私は後ろ手に隠し持っていた白杖を顔の前に持ってきて、話を続ける。
「これは、私の白杖です。枠主と私の馴れ初めは、きっかけは、この白杖なんです」
一体何百人が視聴しているのかもわからない状態で、コメントの読み上げが止まらなくなってしまった。そもそも、私から話してよかったんだろうか、と少し後悔もした。
「今まで黙っていてすみませんでした。私は。”花ちゃん”は。目が見えません。それでも、私は社会の役に立つことができることを知りました。どうかみなさま、少しだけ優しい心を持って、今日一日頑張ってお過ごしください」
枕元の時計のボタンを押すと、「午前7時28分デス」という音声が流れた。
私はほっとして布団に潜り込んでしまい、隆二さんのお見舞いに行きそびれてしまった。
ほんの1時間ほど前までは私の身体の一部だった髪の毛をレターパックに入れて、面倒な書類は母親に書いてもらい、すぐに事務局宛に送った。
明日の朝の配信ではこの話をすればいい。そう気付いた私は、久しぶりにあまり悩みのない夜を迎えることができた。
***
隆二さんから預かったスマートフォンには視覚補助ツールは入っていない。入れようにも、インストールするための画面を読むためのツールが入っていないのだ。誤操作にはじゅうぶんに気を付けなければならない。
――そんなことを考えながら迎えた朝7時。ちゃんとビデオ配信のままであってくれるよう、祈りながら配信をスタートした。
「みなさまおはようございます。配信側ではもしかしたら初めまして、昨日来てくださった方は一日ぶりです、花と申します。枠主の入院中、代理を務めさせていただきます」
コメントの読み上げが止まらない。いちばん多く聞こえる単語は――
”髪型似合う”
――似合うと言う人が一人でもいるのなら、思い切って切ってしまってよかった、私はそう思った。
「えぇと……すみません、私配信2日目なので、みなさま少し手加減していただけませんか?」うまく作れない笑顔で、笑ってみせる。
彼のようにうまくコメントを拾って話題を広げることができないという弱点を補うため、一方的に喋り続けようとした。
「私が髪を切った理由を話させていただきますね」コメントが少し静かになった。
「失恋じゃありませんよ? 枠主とは、ラブラブですから」コメントがざわついた。
「ふふ、みなさまありがとうございます。では、理由をお話しします」コメントが止まった。
「私が髪を切った理由は、お見舞いに行く前に切っておけば驚くだろう、という理由、ではありません」どういうこと? というコメントがたくさん聞こえる。
「ヘアドネーション、って知っていますか? 私も昨日知ったんですけどね」私はまた、慣れない笑顔を作る。
「手続きは面倒ですけど、長い髪を無駄にしないために、寄付できるための切り方をしてくれるサロンでカットして、事務局に送ったんです。それが、髪を切った理由です」コメントがどよめきの声であふれて、止まらない。
「以前枠主がお話した、白い杖のお話、覚えてらっしゃる方、いますか?」
「ノ」と挙手するコメントが多数。私は後ろ手に隠し持っていた白杖を顔の前に持ってきて、話を続ける。
「これは、私の白杖です。枠主と私の馴れ初めは、きっかけは、この白杖なんです」
一体何百人が視聴しているのかもわからない状態で、コメントの読み上げが止まらなくなってしまった。そもそも、私から話してよかったんだろうか、と少し後悔もした。
「今まで黙っていてすみませんでした。私は。”花ちゃん”は。目が見えません。それでも、私は社会の役に立つことができることを知りました。どうかみなさま、少しだけ優しい心を持って、今日一日頑張ってお過ごしください」
枕元の時計のボタンを押すと、「午前7時28分デス」という音声が流れた。
私はほっとして布団に潜り込んでしまい、隆二さんのお見舞いに行きそびれてしまった。
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