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第16話 アップルパイ
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「あの、アミタニさん。透析、してるんですよね? スイーツって、食べて大丈夫なんですか?」
私から言葉を発することにした。きっと私の涙がアミタニさんを苦しめているだろうから。その苦しみを断ち切る第一歩は、私が踏み出した方がいいだろうから。
「あぁ、アップルパイはね、透析患者にはすごくいい食べ物なんだよ。パイ生地にはリンやカリウムが少ないから身体への負担も少ないし、透析で疲れた心を癒やしてくれるし」
そんなことを考えながら食事をしたことなどない私は、なんだか恥ずかしくなってしまった。パソコンを買い替えて、アミタニさんの病気のことをもっと知りたい、そう思った。
「レシピエント登録はされてるんですか?」私は思い切って訊いた。
「いや……まだ悩んでいてね。自分の体に他人の臓器を入れることに抵抗もあるし、万が一拒絶反応が出たらと思うと怖いし、だけどおそらく移植をしないとそう長くは生きられないだろうし……」
「すみません、立ち入ったことを訊いてしまって。忘れてください」私はまた泣いていた。
「泣かないでよ。アップルパイもそうだけど、ひかりちゃんだって僕を癒やしてくれる存在なんだよ」
――どういう意味?
ふと、マスターの足音が近付いて来ていることに気付く。
「ひかりちゃん。アップルパイの焼き上がり時刻を今はアミタニちゃんにだけお知らせしてるんだけど、今から作るグループLINEに入らないかい? 毎朝9時に送ってるよ」
店舗公式LINEではなく、個人的なLINEだったのか。アミタニさんとマスターは、一体どういう関係なんだろう。
「ええと……今日のところは遠慮しておきます、ご厚意はありがたいのですが……」
グループLINEに入ってしまえば、アミタニさんと個人でやり取りすることもできてしまう。だから、私はアミタニさんの許可を得なければならないと思ったのだ。改めて、アミタニさんと話してから考えよう、そう考えていた。
***
恋心を抱いている相手とのLINE交換の機会を逸してしまった私は、フクザツな気持ちで帰路へとついた。
ふと腕時計を触ると、長針は7を過ぎたあたり、短針は4を示していた。19時20分か。……母親に怒られそうだな、と思ったが、言い訳などどうとでもできるという開き直る心も持っていた。
私から言葉を発することにした。きっと私の涙がアミタニさんを苦しめているだろうから。その苦しみを断ち切る第一歩は、私が踏み出した方がいいだろうから。
「あぁ、アップルパイはね、透析患者にはすごくいい食べ物なんだよ。パイ生地にはリンやカリウムが少ないから身体への負担も少ないし、透析で疲れた心を癒やしてくれるし」
そんなことを考えながら食事をしたことなどない私は、なんだか恥ずかしくなってしまった。パソコンを買い替えて、アミタニさんの病気のことをもっと知りたい、そう思った。
「レシピエント登録はされてるんですか?」私は思い切って訊いた。
「いや……まだ悩んでいてね。自分の体に他人の臓器を入れることに抵抗もあるし、万が一拒絶反応が出たらと思うと怖いし、だけどおそらく移植をしないとそう長くは生きられないだろうし……」
「すみません、立ち入ったことを訊いてしまって。忘れてください」私はまた泣いていた。
「泣かないでよ。アップルパイもそうだけど、ひかりちゃんだって僕を癒やしてくれる存在なんだよ」
――どういう意味?
ふと、マスターの足音が近付いて来ていることに気付く。
「ひかりちゃん。アップルパイの焼き上がり時刻を今はアミタニちゃんにだけお知らせしてるんだけど、今から作るグループLINEに入らないかい? 毎朝9時に送ってるよ」
店舗公式LINEではなく、個人的なLINEだったのか。アミタニさんとマスターは、一体どういう関係なんだろう。
「ええと……今日のところは遠慮しておきます、ご厚意はありがたいのですが……」
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ふと腕時計を触ると、長針は7を過ぎたあたり、短針は4を示していた。19時20分か。……母親に怒られそうだな、と思ったが、言い訳などどうとでもできるという開き直る心も持っていた。
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