円環

Pomu

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見慣れた草原に立つと、心地よい風が吹いた。



この風が、なぜこんなに優しいのか…

この場所が、なぜこんなに懐かしく感じるのか…



今の私には、わかる。





ゆっくりと歩いていくと、見慣れた後ろ姿が見える。

私と変わらない背丈の、後ろ姿。





そう言えば、私は…彼のことを、呼んだことがなかった。

名前のわからない彼のことを、どう呼べばいいのかわからなくて。

でも今なら、それもわかる。







「…お兄ちゃん」





振り向いた彼の顔に掛かる白い靄が、晴れる。



私と同じ顔が、微笑んでいる。





「…円」



私たちは、ずっと、一緒に生きてきたのだ。

同じように歳を重ねて、同じ両親の元で、育ってきた。

ずっと、違う場所で。







「…バレちゃったのかな、全部」



寂しそうな笑顔は、母にそっくりだ。




 
「……私…何も知らなかった…」

「良いんだよ。それで良かったんだ」



戸籍に名前がないということは、彼は、生まれる前に亡くなってしまったということだ。

母のお腹の中で、私たちは双子として育って…そして、私だけが、この世に生を受けた。



その後、母と父は、兄の存在を無かったことにした。

私が生まれる前に買ったと言っていた服やおもちゃ、きっと全て、もう一つあったはずだ。

それを、隠したのか、捨てたのか…徹底して両親は、私から、兄の存在を見えないようにした。





「…良くないよ、こんなの…」



この携帯電話がなかったら、私は一生知らないままだった。

大切な、もう一人の家族の存在を。

そんなことが、許されるはずがない。





「…少なくとも、僕はそれで良かった。円に、ほんの少しでも…僕を犠牲にして自分が生まれたなんて、思ってほしくなかったから。

でもお母さんは、ずっと悔やんで…ずっと、自分を責めてた。

だから、この世界が出来たんだよ」



彼はゆっくりと、この世界で母と過ごした日々のことを話し始めた。



私の知らない、母の秘密を。
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