円環

Pomu

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家の中は、母が亡くなったその時から、何も変わっていない。

鏡台に置かれた淡い色の口紅や、キッチンに吊られたままのエプロンを見ると、母の生きている姿が、ありありと浮かんでくる。

思えば母は、いつもどこか寂しげな雰囲気を持った人だった。





クローゼットの中には、母の古い服がいくつか入っていて、まだ着られそうなものは、形見として持って帰ることにした。

化粧品やアクセサリー、手紙や書類などを、捨てるものと取っておくものに選り分けるだけでもかなり時間がかかり、気がつけば、外は夕陽に染まっていた。

そして、最後の引き出しを開いた時、私はある不思議なものを見つけた。








「これ…」



それは、古い型の携帯電話だった。

母は普段、お年寄りや子供が使いやすい簡易的な作りのスマートフォンを使っていた。

昔はこういった形の携帯電話を使っていた記憶もあるが、これは、それとはまた違う種類のものだ。

何の、誰の、携帯電話だろうか?

そしてなぜこんなものを、使わなくなった今も、母は引き出しの奥にしまっていたのだろうか。





試しに電源ボタンを押してみると、それは速やかに起動した。

引き出しにずっとしまわれていたはずなのに、充電量を示すマークは満タンだ。



メールや、画像フォルダ、電話帳には、何のデータも残っていなかった。

ただ一つ、発信履歴だけが、その電話が使われていたことを示す唯一の証拠だった。





同じ電話番号に、定期的に何度も電話をかけている。

最新の履歴は、三月二十日の午後三時十五分。

母が亡くなる、一時間前の時刻だった。
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