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蒼乃の過去①

1、香川の煎れた珈琲

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 藤原組長と最初に出会った印象は最悪だったが、その後、色々と
世話になり、今では父親の様に慕っている。もちろん面と向かって
礼を言った事はないが喜怒哀楽はそれなりにあるつもりだ。只、こ
ちらが家族だと思っている人には感情を上手く表現するのが苦手な
だけだ。事務所の外では鉄面皮を脱いで対応しているが組長を含め
て殆どの構成員は知らないだろう。組長との出会いの話はまた別の
機会にするとして今は、目の前に出された後輩である香川の煎れた
珈琲に手を出して香りを充分楽しんでいた。気分がある程度上がっ
た所で一口含み、いつもの言葉を吐き出した。
「お前の煎れた珈琲は相変わらず美味い」
「お褒め頂きまして、ありがとうございます!」
 香川はいつも感謝を前面に出すタイプでお辞儀は欠かさなかった。
決して武闘派では無いが細かい作業が行き届くので組長からの信頼
も厚かった。

「おいっ蒼乃。言葉と表情があってないんだよっ。もう少し笑顔が
出来ないもんかね~」
 組長は新聞を読みながら蒼乃に話しかけた。
「自分は不器用なんで勘弁して下さい」
 蒼乃には鉄面皮の紐を緩める気持ちが無いので淡々と言葉にして
無難に済ませようとする。

「あっ組長。俺は全く気にしてないんで蒼乃さんを責めるのはちょ
っと……」
 香川は蒼乃に特に可愛がって飯を奢って貰っているので頬を少し
ばかり膨らませて組長に意見した。
「バカヤロー。俺は別に意地悪で言ってんじゃないんだよ。アイツ
の為を思って言ってるんだ!」
「香川。もう何も言うな。組長のおっしゃる事はもちろん。分かっ
てますからっ」
 言い終わってから冷めないように並々と注がれた珈琲を飲み干し
て合掌した蒼乃。 

「なら別に、こっちも揉める気はない。香川の煎れた珈琲は、特に
美味いのは俺も認めるところだからな」
 組長と蒼乃の付き合いが長いので組長が直々に説教をするという
事は滅多になく、不穏な空気が取り払われたので香川は二人の皿を
下げながら、いつもの藤原組の活気が戻ってきた事を感じていた。

 
 もちろん。この後、蒼乃が飲食店の個室で香川を説教した事は、
組長の知る事ではないが褒める時は、皆の前で褒めて叱る時は二人
だけで叱るのが蒼乃の流儀だった。ちなみにこの時は植田も恩田も
居ない。こじんまりとした事務所だった。

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