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捜査最終日

108. 十一日目(謹慎三日)、知り過ぎた男からの着信

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 後藤は小さい頃から煙草の匂いが服に付くのが苦手だった。なので
自らが煙草を吸うという選択肢が最初から無かった訳だが自室に移り
香が残らなければ相手に禁煙を要求するタイプでは無かった。自身の
衣類に付着したなら、お客が帰宅した後、急いで着替えて洗濯機に、
放り込み、多めの柔軟剤を入れてスイッチを動かす癖がついていた。
その行為は自分の城に対する防衛本能と言って他ならなかった。

 帰宅後に、ちゃんとした食事をした訳ではないので思考は正常には
程遠い処理速度を保っており、行動に移す為の切り替えが明らかに、
鈍くなってもいた。糖質が不足してるとも言えたが無理に胃に流し込
めば数分後に吐くことは目に見えていたので冷蔵庫に入っている物を
取り出したいとは思わなかった。しかしながら昼に食べた苺シューク
リームは果肉が酸っぱいお陰でホイップクリームの甘さを中和させる
働きをしてくれており、違和感なく食べる事が出来た。東病院へ出掛
けて帰宅する際はまた買おうとすら思う程、気に入ってしまった。

 時刻を見ると18時10分を指していた。
(もう、そんな時間か)
 心の中で呟きながら午後からの時間の経つのが早過ぎる事に驚いた
位だった。

 その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「テロンテロン、テロン、テロンテロン、テロン、テロン、テロン、
テロンテロン、テロン、テロンテロン、テロン、テロン、テロン……」
 この時、今までの着信音より何故か違う金属質の高音を思わせるよ
うな音色に聴こえた。電話に出なければいつまでも鳴り止まない気配
を漂わせていて相手の心理を測り兼ねていたが携帯の表示画面には、
”非通知”の文字が浮かんでいる。緊急性が高い用事とも考えられたが
右のこめかみがズキズキと疼き出していた。この状況下での突発的な
痛みを体験していなかったので真っ先に電源を消す事も考えたが長押
しするだけの力が残ってはいなかった。
 誰なのかの検討は全くついていないが良い相手という気持ちには、
どうしてもなれなかった。

 頭痛を我慢しながら電話に出ると相手は猫なで声で話し始めた。
「やっと出てくれたね。後藤さん。本当に冷たいんだから」
「どっどちら様でしょうか?」
 相手の野太い声に幾分気圧されるも声の主に心当たりは無い。相手
はこちらを知っていて、こちらが分かっているのは男性だろうという
事だけだ。
「どうして朱美や山城先生の所へは出向いて俺の所には来てくれない
のさ~。結構待ってたんだぜー。本当、嫌になっちまうくらいにさ」
 具体的な名前が挙がった事で魔の三角地帯の地図が頭の中に浮かび
上がってモヤが掛かったような脳の処理速度は急激に加速して頭の中
をグルグルと周り、電話の相手の名前を導き出して行く。
「話の内容からすると虻沼さんですか?」
「そう、その待たされ続けてる虻沼だよ。待ちくたびれて、こっちの
方から電話したんだって。後藤さんは本当に冷たい人だ」
「何もこちらから出向くなんてのは一言も言ってないですし、そんな
に責められるほど面識もありませんよ」
 どんな事を言ってくるのかとヒヤヒヤしながら相手の出方を伺う後
藤だった。
「きっとそういうだろうとは思っていましたが朱美の店には顔を出し
てますよね?」
「えぇ、それは行きました。否定はしません」
「そこで幼馴染みだと聞きましたよね?」
「はい」
「じゃぁ、良い事を教えて上げますよ。アイツを女として見てないで
すし肉体関係もありませんよ。只の幼馴染みです。安心して捜査を続
けて下さい」
「どういう意味ですか!?」
 朱美の事での気掛かりをさらっと話してくる虻沼に対して読心術で
もあるのかと疑いたくなる程に動揺していた。
「いや、もしそこが気になっているとしたら誤解を解いて置きたかっ
たんですよ。捜査に集中が出来なくなるような不確定要素はなるべく
排除して全力で取り組んで欲しいですから、それに、あなたに不審に
思われてるんじゃないかと心配になりましてね。例の動画の件でした
らアクセス数を増やす為の芝居ですよ! 今時、現職の警察官に復讐
するなんて在り得ませんよ。しかも警部ですよっ。ナイナイ。」
 何故、虻沼は暴行した相手が警部であると知っているのかが解せな
かった。それに山城先生の事も筒抜けになっている。その怪訝な表情
がバレたのか虻沼はまくし立てるように話し続けた。
「あっ私の事、疑ってるんですか? 私は庭村じゃないですよ。でも
同期の小林君が嗅ぎまわってる事は知っています。こっちには優秀な
探偵がおりますからね。そこから色々な情報を仕入れています」
「話はそれだけですか?」
「えぇ、私は誤解が解きたかっただけで捜査の事には一切関知しない
主義なんですよ。だって私は只の民間人ですから、捜査を調べるのは
警察の仕事だと思ってますし……」
「分かりました」
 有力な情報を知らせて来たかった訳では無い事が分かると必要以上
に緊張していた自分が馬鹿らしくなってくる。声だけでは、どうにも
判断できない話ばかりであったが妙に納得する部分も在り、この電話
は一体何だったのかと真剣に考えようとしたが相手の狙いにハマるの
も不本意なので深く考える事を止めた。一つだけ確かなのは意表を突
かれた事に間違いなかった。

 
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