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捜査開始

44. 十日目(謹慎二日)、裏通りにて黒沢の素行

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 黒沢は階段を降りる最中に足を踏み外しそうになるも左手で手摺りを掴み取
り、怪我を免れていた。お酒やギャンブル依存になっていても反射神経が鈍る
事はなかった。大学まで続けた野球の経験が身を結んでいるんだと本人は思っ
ている。

 道路に足を降ろして歩行に支障がない事が分かると暫く真っ直ぐに進んでか
ら裏通りに入る。警察官になってからは権力を行使する事が生き甲斐となり、
若い頃は無理矢理、下っ端のチンピラを逮捕する事を毎週のように繰り返して
いた。木島と組んでからは相棒が優秀過ぎる故に活躍できる機会が徐々に減っ
ていき、仕事への取り組みも次第に冷め、亡くなってからは大物を逮捕したい
という情熱も持ち合わせていない。思考に残ったのは現実から目を背ける為に
必要な金を集める方法を見つけ出す事だった。方法はすでに完璧に作り上げて
いたが誰でも良いという訳では無かった。条件が揃っている好青年でなければ
いけなかったからだ。全ては借金地獄から脱出する為だと自分に言い聞かせて
からは罪の意識は薄れて今日に至る。

 飲食店の裏側に来たのかポリバケツに入り切らない生ゴミが道路に、はみ出
していた。左手をズボンのポケットに突っ込みながらポリバケツを蹴り倒して
行く。
(黒庭の奴、昔から過敏になり過ぎなんだよ。新米の刑事に、さっきの場所が
分かる筈はない。下手に動くと余計にこっちが怪しまれちまう)
 如何わしい看板から放たれるネオン下で足を止めると服に酒が飛び散ってい
ないかを確認して右手に持っていた酒瓶の残量を目視した。一口で終わってし
まう量だ。蓋を探したが背広やズボンのポケットにも入ってはいなかった。蓋
をするまでもないと口に含んでいく。だらしなくなった口元から雫が垂れた事
が分かると勿体無さそうに右手の甲で綺麗に拭って雫が付着した甲を眺めた後、
ゆっくりと舌で舐めた。
「今日は、散々だったな」
 お気に入り銘柄のウィスキーをしっかりと握り締めると五メートル離れた行
き止まりの壁に向かって全力投球の如く放り投げた。壁に激突する前に背を向
けて何事も無かったかのように歩き出していた。

「ガシャン」
 粉々に飛び散った欠片を想像しながら一瞬だけ口元をニヤリと動かしていた。
近くで酔いを醒ましていたサラリーマンだけが何事が起こったのかを興味深々
な表情で、その場所へと向けていた。
(銃声じゃあるまいし、瓶が割れる位の音じゃあ店側も滅多に出てこない街だ)

 黒沢は、サラリーマンの驚いた表情を思い出しながら自宅で酒盛りする事を
決めた。
「人の驚いた顔は俺達みたいな奴には極上のさかなと同等だ。何度観ても飽きる事
がない」
 今夜は自分の言葉に酔ってる気がしてならないと感じた黒沢だった。
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