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捜査開始
32. 九日目(謹慎初日)、自宅への来訪者Ⅲ ①
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「ピピピッピピピッ……」
「カチャ」
目覚まし機能を止めるとベッドから起き上がる。そこから、両手を左右一杯に
伸ばして身体を解した後、冷蔵庫からミネラルウォーター入りのペットボトルを
取り出して喉を潤していく。次に時刻を確認する。午後九時を過ぎている事が分
かると思わず笑みが浮かぶ。
「こんなにも熟睡したのは久々だ」
昼間から八時間以上の熟睡は警察学校に入校してからは全くなかった。常に緊
張感が支配している性なのか中々深い眠りに入れずにいた。小腹が空いたので、
キッチンの棚上の扉を開けてカップラーメンを一個掴むと湯を沸かして割り箸を
用意する。湯を注いで三分待つ間、テレビのニュースを観て時間を潰す。目立つ
事件が無い事が分かると一気にラーメンを胃袋に押し込んで空腹を満たしていく。
「ピンポーン」
「こんな時間に誰だろう?」
玄関へ行き、突然の来訪者の顔を確認する。襟を立てているので顔全体が良く
見えないがスキンヘッドである事は分かった。
「早く、中に入れてくれ」
「顔をしっかりと見せて貰えますか」
「それは済まなんだな。これでええか?」
来訪者は襟を元に戻すと左頬に傷がある大男だと分かった。知っている顔だと
分かると大男を中へと招き入れた。
「おう、久しぶりだな。元気しとったか?」
「一応、元気です。教官は元気そうですね」
後藤は、挨拶を手短にしてクローゼットから座布団を出して教官に手渡すと飲
み物を準備するからと席を外した。教官と呼ばれた男は飲み物が来るまでの間、
無言で部屋の隅々を観察している。冷蔵庫から紙パックに入ったアイスコーヒー
(来客用)と牛乳を取り出して3対1の割合でグラスに注ぐとガムシロップ三個
分を持って大男の好みの味に対応できるようテーブルへと運ぶ。目の前に出され
た物を見詰めながら教官と呼ばれた男は沈黙を破り、話を始めた。
「俺の好みを正確に覚えていてくれたとは嬉しいよ」
「不器用な私を可愛がってくれた教官ですから。当然ですよ」
「俺は、もう教官じゃないから違う呼び方にしてくれるか?」
「分かりました。ピース先輩」
「お前達、好きだよな。その名前」
「何言ってるんですか。名字の綾部で呼べる人の方が圧倒的に少ないですよ」
特製アイスコーヒーを飲みながら本題に入る綾部。
「一時間前に黒沢から電話が入ってな……」
「大人しく家に居るか観て来て欲しいって言われたんですね?」
歯切れが悪い綾部の心情を察して話しやすい空気を作り出す後藤。綾部と黒沢
が同期である事は承知の事実だった。
「まぁ。そんな所だ」
「じゃあ、黒沢警部に伝えといて下さい。私は心配要らないって」
「分かった。ちゃんと伝えとくよ」
綾部のアイスコーヒーが残り僅かとなったのを確認すると再び継ぎ足しに行く
後藤。後を追うようにして席を立ち上がる綾部。
「後藤。個人的な質問で悪いんだが、どうしても、この事件から手を引けないの
か?」
「また~。先輩まで恐い顔して。そういうのは困るなー」
「俺は真面目に聞いているんだぞ!」
綾部がカウンターテーブルの端に左の拳を強めに叩きつけたので思わず持って
いたグラスを零しそうになる後藤。
「私は仕事を途中で放り出したくないんです」
綾部は後藤の考えが変わる事を頭に思い描きながら背中を向けるとベランダ側
のカーテンの側に移動して語り始める。
「教え子の中で二人だけに特別な感情を持っている。一人は最初の教え子で完璧
に習得した木島。そして最後の教え子で物覚えの悪かった後藤。お前だ」
「心配して貰えるのは有難く思っています」
「お前は何も分かっちゃいない。木島程の男が謎の自殺を遂げた意味を!」
「カチャ」
目覚まし機能を止めるとベッドから起き上がる。そこから、両手を左右一杯に
伸ばして身体を解した後、冷蔵庫からミネラルウォーター入りのペットボトルを
取り出して喉を潤していく。次に時刻を確認する。午後九時を過ぎている事が分
かると思わず笑みが浮かぶ。
「こんなにも熟睡したのは久々だ」
昼間から八時間以上の熟睡は警察学校に入校してからは全くなかった。常に緊
張感が支配している性なのか中々深い眠りに入れずにいた。小腹が空いたので、
キッチンの棚上の扉を開けてカップラーメンを一個掴むと湯を沸かして割り箸を
用意する。湯を注いで三分待つ間、テレビのニュースを観て時間を潰す。目立つ
事件が無い事が分かると一気にラーメンを胃袋に押し込んで空腹を満たしていく。
「ピンポーン」
「こんな時間に誰だろう?」
玄関へ行き、突然の来訪者の顔を確認する。襟を立てているので顔全体が良く
見えないがスキンヘッドである事は分かった。
「早く、中に入れてくれ」
「顔をしっかりと見せて貰えますか」
「それは済まなんだな。これでええか?」
来訪者は襟を元に戻すと左頬に傷がある大男だと分かった。知っている顔だと
分かると大男を中へと招き入れた。
「おう、久しぶりだな。元気しとったか?」
「一応、元気です。教官は元気そうですね」
後藤は、挨拶を手短にしてクローゼットから座布団を出して教官に手渡すと飲
み物を準備するからと席を外した。教官と呼ばれた男は飲み物が来るまでの間、
無言で部屋の隅々を観察している。冷蔵庫から紙パックに入ったアイスコーヒー
(来客用)と牛乳を取り出して3対1の割合でグラスに注ぐとガムシロップ三個
分を持って大男の好みの味に対応できるようテーブルへと運ぶ。目の前に出され
た物を見詰めながら教官と呼ばれた男は沈黙を破り、話を始めた。
「俺の好みを正確に覚えていてくれたとは嬉しいよ」
「不器用な私を可愛がってくれた教官ですから。当然ですよ」
「俺は、もう教官じゃないから違う呼び方にしてくれるか?」
「分かりました。ピース先輩」
「お前達、好きだよな。その名前」
「何言ってるんですか。名字の綾部で呼べる人の方が圧倒的に少ないですよ」
特製アイスコーヒーを飲みながら本題に入る綾部。
「一時間前に黒沢から電話が入ってな……」
「大人しく家に居るか観て来て欲しいって言われたんですね?」
歯切れが悪い綾部の心情を察して話しやすい空気を作り出す後藤。綾部と黒沢
が同期である事は承知の事実だった。
「まぁ。そんな所だ」
「じゃあ、黒沢警部に伝えといて下さい。私は心配要らないって」
「分かった。ちゃんと伝えとくよ」
綾部のアイスコーヒーが残り僅かとなったのを確認すると再び継ぎ足しに行く
後藤。後を追うようにして席を立ち上がる綾部。
「後藤。個人的な質問で悪いんだが、どうしても、この事件から手を引けないの
か?」
「また~。先輩まで恐い顔して。そういうのは困るなー」
「俺は真面目に聞いているんだぞ!」
綾部がカウンターテーブルの端に左の拳を強めに叩きつけたので思わず持って
いたグラスを零しそうになる後藤。
「私は仕事を途中で放り出したくないんです」
綾部は後藤の考えが変わる事を頭に思い描きながら背中を向けるとベランダ側
のカーテンの側に移動して語り始める。
「教え子の中で二人だけに特別な感情を持っている。一人は最初の教え子で完璧
に習得した木島。そして最後の教え子で物覚えの悪かった後藤。お前だ」
「心配して貰えるのは有難く思っています」
「お前は何も分かっちゃいない。木島程の男が謎の自殺を遂げた意味を!」
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