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生倉 湊
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それから数日は散々だった。
友達にバレる
これ見よがしに慰められる
友達じゃない女子に陰でバカにされる
心配していた親友に泣かれる
毎日のように尚弥と女を見る
・・・
この1週間、バラード以外に私の心を癒してくれるものはなかった。
教室でも休み時間にはずっとイヤホンをつけてバラードを聴いていた。
授業中は・・・私、これでも一応真面目な高校生。
そしてちょうど1週間。
本当なら早く帰って寝てしまうのが一番良かったのだろうが、もう一度あの演奏を聴きたいと思った私は、ピアノの音が聞こえる時間まで、町田の街をうろうろしていた。
ビルのシャッターが降りた後、その場所を遠巻きに見ていると、この前のオネエと弾いていた人がセッティングを始めて、準備が整うとピアノの演奏が始まった。
あれ?この前の曲じゃない。
私は、がっかりして、でも次に弾いてもらえるかもと期待して動くこともできず、その場でじっと聴き続けていた。
4曲くらい聞いた後だろうか。私は勇気を持って、オネエに近づいていった。
「あの。バラードって弾かないんですか?」
「え?ああ、あんた。今日は違う曲やってるの、ほらこのリストご覧なさい。バラードはないわよ」
オネエは小さな黒板を指差した。
「え?これって、曲名なんですか?」
「あんた、そんなことも知らないで聞いてたの、おばかさんねえ」
「す、すいません!今日はバラード弾かないんだ・・・」
私はがっくりと肩を落とした。
「残念だったわね。今日は違うCDだから。このCDに入ってる曲弾いてるのよ」
とオネエは小さなテーブルに置いてあるCDをちらっと見た。
「そういうこと、なんですね」
どうやら、CDに収録してある曲を弾いて買ってもらおうという魂胆らしい。クラシックなんて知っている人少ない筈だから、その方が売れるのだろう。
「今はなんていう曲弾いてるんですか?」
「今はね、これ」
とオネエは『ピアノソナタ1番 第3楽章:ベートーベン』を指差した。
「この前のとは全然違う感じですね」
「当たり前でしょ。こっちはソナタよ。バラードとは違うわ」
「そ、そうなんですか」
ソナタとバラードの違いなんてわからない私は、ただ返事することしかできなかった。
「でも、なんか明るい感じですね」
「そう?まあ、バラードよりは明るいのかもね」
私たちがそんな話をしていると、一瞬ピアニストがこちらを向いたような気がした。
「さすがに1週間もあると少しは元気になるのね」
「は、はい・・・」
長いスパンで同じメロディーを繰り返して曲が終了した。
と、私の聴きたかったメロディーが流れてきた。
今日は弾かないと聞かされていた私は、驚いて演奏している男の子を見た。
「奏、あんた何やってんの?曲違うじゃない」
オネエが小さな声でピアニストに訴えかけたが(そうというのだろうか?)ピアニストはそんなオネエの言葉などまるで聞こえないように、私のバラードを弾いてくれた。
「同じ・・・」
「当たり前でしょ。あの子が作ったCD聞いてたんだから」
「それでも!CDと全く同じなんですね」
「ええ。ちゃんと曲に向き合って、あの子が最高だと思う演奏を入れてあるんですもの。当然よ」
とおオネエが誇らしそうに胸を張った。
「でも、本当に同じですよね」
「そうね。普通は練習してないとちゃんと表現しきれなかったりするんだけど、1週間ぶりなのに、今日はいいわね」
とオネエも不思議そうな顔をしながら聞きいていた。
そのあと、私はただただあの曲に聞き入った。私に語りかけるみたいに弾いてくれているバラード。演奏を聴いていて胸が熱くなってきた。
それからしばらくして、私のバラードは終わった。と、同時にピアニストが立ち上がってこちらにやってきて、置いてあったペットボトルを口にした。
「今なら、4番の方が合うんじゃないか」
私たちのそばで、ボソッとそれだけ言い残すと、彼はまたピアノの前に戻り、どうやら予定通りの曲を弾き始めた。
「4番って?」
リスト通りの曲を弾き始めたことにホッとしたオネエが答えてくれた。
「バラードの4番聴けってことじゃない?」
「4番?私、そんなの持ってませんよ!」
また買えと脅されるのかと思った私は、ビクビクしながらオネエを見た。
「あんた持ってんじゃない。この前買ったCDの4曲目よ!」
「あ・・・」
私はこの1週間バラード1番だけをひたすらリピートしていた。
「か、帰って聴きます」
「スマホに入れてんじゃないの?」
「あ、そ、そうでした!」
ダメダメな私は、結局最後まで彼の演奏を聴き、帰りの電車の中でバラード4番を聞いてみた。
「始まりは、静かなんだ」
いきなり大きな音からはじまる1番と違い、4番は静かな始まり方だった。
どちらも3拍子でメインのメロディーが流れるんだけど、1番の方が劇的な要素が多いみたいで、先週の泣きたいわたしにはぴったりだった。
でも、今週の、やっぱり沈んではいるけど泣きたいほどではない私には、前半には劇的な要素の少ないバラードの4番の方が合う気がする。メインのメロディが何度も出てくるんだけど、少しずつ形を変えてきて、どんどん心に染み込んでくる。いつのまにかどんどん盛り上がっていって、気がつくとクライマックスに・・・そして、やっぱり劇的な終わり方をするんだ。
友達にバレる
これ見よがしに慰められる
友達じゃない女子に陰でバカにされる
心配していた親友に泣かれる
毎日のように尚弥と女を見る
・・・
この1週間、バラード以外に私の心を癒してくれるものはなかった。
教室でも休み時間にはずっとイヤホンをつけてバラードを聴いていた。
授業中は・・・私、これでも一応真面目な高校生。
そしてちょうど1週間。
本当なら早く帰って寝てしまうのが一番良かったのだろうが、もう一度あの演奏を聴きたいと思った私は、ピアノの音が聞こえる時間まで、町田の街をうろうろしていた。
ビルのシャッターが降りた後、その場所を遠巻きに見ていると、この前のオネエと弾いていた人がセッティングを始めて、準備が整うとピアノの演奏が始まった。
あれ?この前の曲じゃない。
私は、がっかりして、でも次に弾いてもらえるかもと期待して動くこともできず、その場でじっと聴き続けていた。
4曲くらい聞いた後だろうか。私は勇気を持って、オネエに近づいていった。
「あの。バラードって弾かないんですか?」
「え?ああ、あんた。今日は違う曲やってるの、ほらこのリストご覧なさい。バラードはないわよ」
オネエは小さな黒板を指差した。
「え?これって、曲名なんですか?」
「あんた、そんなことも知らないで聞いてたの、おばかさんねえ」
「す、すいません!今日はバラード弾かないんだ・・・」
私はがっくりと肩を落とした。
「残念だったわね。今日は違うCDだから。このCDに入ってる曲弾いてるのよ」
とオネエは小さなテーブルに置いてあるCDをちらっと見た。
「そういうこと、なんですね」
どうやら、CDに収録してある曲を弾いて買ってもらおうという魂胆らしい。クラシックなんて知っている人少ない筈だから、その方が売れるのだろう。
「今はなんていう曲弾いてるんですか?」
「今はね、これ」
とオネエは『ピアノソナタ1番 第3楽章:ベートーベン』を指差した。
「この前のとは全然違う感じですね」
「当たり前でしょ。こっちはソナタよ。バラードとは違うわ」
「そ、そうなんですか」
ソナタとバラードの違いなんてわからない私は、ただ返事することしかできなかった。
「でも、なんか明るい感じですね」
「そう?まあ、バラードよりは明るいのかもね」
私たちがそんな話をしていると、一瞬ピアニストがこちらを向いたような気がした。
「さすがに1週間もあると少しは元気になるのね」
「は、はい・・・」
長いスパンで同じメロディーを繰り返して曲が終了した。
と、私の聴きたかったメロディーが流れてきた。
今日は弾かないと聞かされていた私は、驚いて演奏している男の子を見た。
「奏、あんた何やってんの?曲違うじゃない」
オネエが小さな声でピアニストに訴えかけたが(そうというのだろうか?)ピアニストはそんなオネエの言葉などまるで聞こえないように、私のバラードを弾いてくれた。
「同じ・・・」
「当たり前でしょ。あの子が作ったCD聞いてたんだから」
「それでも!CDと全く同じなんですね」
「ええ。ちゃんと曲に向き合って、あの子が最高だと思う演奏を入れてあるんですもの。当然よ」
とおオネエが誇らしそうに胸を張った。
「でも、本当に同じですよね」
「そうね。普通は練習してないとちゃんと表現しきれなかったりするんだけど、1週間ぶりなのに、今日はいいわね」
とオネエも不思議そうな顔をしながら聞きいていた。
そのあと、私はただただあの曲に聞き入った。私に語りかけるみたいに弾いてくれているバラード。演奏を聴いていて胸が熱くなってきた。
それからしばらくして、私のバラードは終わった。と、同時にピアニストが立ち上がってこちらにやってきて、置いてあったペットボトルを口にした。
「今なら、4番の方が合うんじゃないか」
私たちのそばで、ボソッとそれだけ言い残すと、彼はまたピアノの前に戻り、どうやら予定通りの曲を弾き始めた。
「4番って?」
リスト通りの曲を弾き始めたことにホッとしたオネエが答えてくれた。
「バラードの4番聴けってことじゃない?」
「4番?私、そんなの持ってませんよ!」
また買えと脅されるのかと思った私は、ビクビクしながらオネエを見た。
「あんた持ってんじゃない。この前買ったCDの4曲目よ!」
「あ・・・」
私はこの1週間バラード1番だけをひたすらリピートしていた。
「か、帰って聴きます」
「スマホに入れてんじゃないの?」
「あ、そ、そうでした!」
ダメダメな私は、結局最後まで彼の演奏を聴き、帰りの電車の中でバラード4番を聞いてみた。
「始まりは、静かなんだ」
いきなり大きな音からはじまる1番と違い、4番は静かな始まり方だった。
どちらも3拍子でメインのメロディーが流れるんだけど、1番の方が劇的な要素が多いみたいで、先週の泣きたいわたしにはぴったりだった。
でも、今週の、やっぱり沈んではいるけど泣きたいほどではない私には、前半には劇的な要素の少ないバラードの4番の方が合う気がする。メインのメロディが何度も出てくるんだけど、少しずつ形を変えてきて、どんどん心に染み込んでくる。いつのまにかどんどん盛り上がっていって、気がつくとクライマックスに・・・そして、やっぱり劇的な終わり方をするんだ。
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