パイライトの誓い

藜-LAI-

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本当の決別

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 修が部屋に戻ると面会終了時間ギリギリまで他愛無い会話をして過ごし、憬が笑う度に何度も笑う姿を写真に収めた。
 くだらない冗談で憬を笑わせると、三人で肩を組んで最高の笑顔の写真も撮った。兄弟水入らずの写真も撮るべきだと、龍弥は修のスマホで何枚もシャッターを切った。
「ほら、もう俺に構ってないでサクッと家に帰れ」
「憬はこの後どうせ独りで泣くんだろうね」
「ステフ、お前は本当に意地悪だね」
 兄弟が肩を揺らしている。龍弥が一緒になって笑うには、もうガソリンになる燃料が足りなかった。
「憬……修と会わせてくれて感謝してる」
「そうだろ、これでも自慢の弟だからな。お前ならパートナーとして認めてやるよ龍弥」
「はあ?勘弁してくれよ、こいつと俺がかよ」
「憬、龍弥は照れ屋さんなの知ってるでしょ」
「はは、確かに。これは照れてる顔だな」
「おい誰が照れてんだ、誰が」
 龍弥が揶揄われて笑われる形でまたひとしきり笑うと、いよいよ看護師が声を掛けに来たタイミングで部屋を出る。
 身を裂かれるような強烈な切なさが込み上げるが、肩を落とすその後ろ姿にしっかりしろと声を掛けたのは憬だった。
 また来る。また今度。気軽にそう言えたらどんなに良いだろう。多分これが憬に会う最後の機会。後ろ髪を引かれる龍弥の手を修が力強く握り締める。
 龍弥は一度だけ振り返って憬を見る。堪らなく好きだった屈託のない笑顔が見送ってくれる。
 なにか言い残そうとして言葉よりも嗚咽がこみあげそうになって慌てて口籠ると、歯を食いしばって精一杯笑顔を作り、結局何も言わずに部屋を後にした。
 脚が重たい。やっぱり引き返して何かまともな会話をしてくるべきだったんじゃないだろうか。
 鬱陶しいくらい女々しくそんな事ばかりが頭を駆け巡って、振り返りそうになる度に修の手が龍弥を引き留め、これ以上は蛇足だと無言で諭しているようだった。

 ホスピスを出てすっかり陽が落ちた駐車場で車に乗り込むと、やっと無駄に入っていた力が抜けるようだった。
「来てくれてありがとう。僕のワガママは龍弥のためになったかな」
 修が少し掠れた声で呟く。
「少しな」
「僕のお節介も役に立つでしょう?」
「どうだろうな」
「憬も喜んでた。辛いことを頼んでごめんね」
「本当だよ」
 伸ばされた腕に縋るように抱き付くと、龍弥は修の肩に顔を埋めてしばらく泣いた。情けない声を上げたかも知れない。けれどそんな瑣末なことはどうでも良かった。
「……アンタの思う兄孝行は出来たのか?」
「ああ、思った以上にね。ありがとう」
「そうか。なら良いんだ」
 確認せずとも互いに唇を寄せ合って深い口付けを交わす。鈍い水音を立てて性急に貪り合った。
 口端に溢れた唾液を舐め取るように修の下唇に舌を這わせ、追い掛けるように柔く食む。緩やかにようやく唇を離すと、何を言うでもなく額を重ねて離れたばかりの口元を見つめ合う。
「龍弥、ここに長居は出来ない。とりあえず車を出さないかい」
「……そうだな」
 返事をして修の唇を啄むと、小さく息を吐いて腕を解き、エンジンを掛けて車を出した。

 帰りは少しスピードを出し過ぎたかも知れない。
 行きと同じく二人とも押し黙ったように会話が少なく、手を握り合って互いの温もりの重味や意味を考えていると車窓に映る景色が流れ、片道2時間弱掛かったはずの道のりは1時間少し走れば見知った街の景色が広がった。
「疲れたろ。晩飯はどこか外で食べるか」
「ううん、大丈夫だよ。僕が何か作る、そうさせて。今夜も冷えるから鍋にでもしようか」
「……帰る前に買い物していくか」
「そうだね、スーパーに寄らないと。龍弥の家の冷蔵庫にはなにも入ってないから」
「まあ、そうだな」
 少し郊外に車を走らせ、駐車場の広いホームセンターが隣接した大型スーパーに車を停めると、カートを押して広い店内を歩き回って買い物をする。
 食材以外にも土鍋やガスコンロを買い込むと、想定以上に荷物が膨れ上がって自然と笑みが溢れた。
 うっすら白くなる息を吐きながら車に戻って荷物を積み込むと、カートを戻しに行った修を待つ間、車にもたれて空を眺める。
 訳もなく空虚な苦しさが龍弥を襲った。
 分かっている。今更どうしようもない。この気持ちは愛情でなく同情や憐れみの類のもので、龍弥が憬に出来ることは今日してきた。もうそれ以上は無い。分かってはいる。
 情けなさと虚しさで目元がじんわりと涙で滲む。自分の無力さを思い知った。
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